第24話 委員長と台パン野郎

 ゲーセンの自動ドアが開くと、まず押し寄せてくるのは圧倒的なヤニ臭さ。


 ついで無秩序に響き渡る電子音。


 決して居心地のいい空間ではない。


 俺は、遠目に委員長を探した。


 いた。


 熱心に他の人間がプレイしている新作の格ゲーの筐体を見つめている。


 店の規模にしては格ゲーに力を入れているらしく、同じような筐体が六つもあった。


 俺は、店の隅に追いやられるようにしてあった、『1プレイ 50円』の旧式のゲームの筐体に腰かける。


 委員長のいるのとは真反対側だ。


 この距離なら、眼鏡をかけてるくらいの視力の委員長には、俺を見つけられないはずだ。


 まあ、その前に格ゲーの方に夢中で、こっちに興味を抱くことなどなさそうだけど。


 格ゲーの筐体は、新作のゲームにありがちなことに、いわゆる『連コイン禁止』らしく、やがて委員長の順番が巡ってきた。


 スカートが捲れないように押さえてから椅子に座り、電子マネーのカードをタッチする。


 そして――、まるで拘束具を脱ぎ捨てるかのように、眼鏡を外す。


 キャラクターを選択して、ゲームが始まった。


 委員長が選んだキャラは、テスト中落書きしていたコンボを使うことができる、前作に引き続いて登場するおっさんのキャラだった。


 攻撃力は大きいが、技の隙や攻撃のテンポが独特なため、シリーズを通して、上級者向けのキャラとされている。


 委員長は、プレイヤーには乱入せず、普通のCOMモードでゲームを始めた。感触を確かめるようにジョイスティックを動かし、ボタンを叩いていく。


 玄人が集まりそうなここの店の雰囲気からいって、CPUのレベルは強めに設定されているはずだが、委員長は難なく敵キャラを屠っていく。


 技が決まる度、委員長の口元が緩んだ。


(多分、勉強以外の全部の時間をこれにつぎ込んでるんだろうな)


 そう一目で分かる指使いだった。


 確か、委員長は生徒会にも入っていたはずだが、よくこれほどやり込んだものである。


 やがて、対面のプレイヤーが席を立つと、次の人間がコインを投入する。


 『挑戦者現る!』の文字と共に、委員長のプレイ画面にカットインが入った。


 そして、対人戦が始まる。


 二勝一敗で、委員長が勝った。


 段々と調子が上がってきたのか、次の乱入者はストレートで下し、その後も連勝の山を築いていく。


 JKの格ゲーマーは珍しいこともあって、徐々にギャラリーが増え、腕に覚えのあるものが次々に彼女に挑みかかっていった。


(今日はおもしろいものを見れたな)


 しばらく委員長を観察し、好奇心を満足させた俺は、椅子から立ち上がり、こっそりと出口に向かって歩き始める。



 バン!


 その時、乱暴な打突音が聞こえた。


(おいおい、台パンかよ)


 俺は歩みは止めず、横目で音のした方向を見る。


 委員長の斜向かいに座っていた男が、突如立ち上がり、画面を殴り、飲み物の缶を踏み付ける。


 さらに、椅子を蹴り、しまいには灰皿を委員長に向かって投げつけた。


「お前、&&%$$ハメ技&%#$“!」


 呂律の回らない口調で声を荒らげ、委員長に詰め寄り、腕を掴んだ。


「ちょっ、店の人を呼んでください! 早く!」


 委員長が顔を白くして叫ぶ。


「今日って、べえちゃんいるっけ?」


「いるけど、この時間は大体、ラーメンか、パチっしょ」

 常連らしいギャラリーが、無情に委員長から距離を取りつつ、冷めた調子でそんな会話を交わす。


 そこは、小汚いゲーセンにありがちな馴れ合いで、管理も適当らしい。


 他のギャラリーも、蜘蛛の子を散らしたように委員長から離れて行く。


 委員長はすがるような目線で、辺りを必死に見渡すが、みんな顔を背むけるばかりだ。


 都会って怖い。


 そんなことを思いつつも、俺もやっぱり都会の人間の一味なので、委員長を見捨て、ゲーセンからの退散を試みる。


「あっ、見城くん! 見城くんでしょ!? 私、クラスメイトの宮園真那(みやそのまや)! 分かるでしょ? 助けて! 見城くん!」


 うげっ。見つかった。


 眼鏡を外しているのに意外に視力がいいな。


 しかも、室内は結構薄暗いのに。


 そういえば委員長のフルネームって久々に聞いた気がする。


(どうするか)


 刹那、判断に迷う。


 できればトラブルに巻き込まれるのは避けたいが、かといって無視するのは難しい。


 委員長のクラス内での信頼度は、その立場と日頃の行いも相俟って、かなり高い。


 もし『俺が委員長を見捨てた』なんて悪評をまき散らされたら、俺の政治力ではそれを打ち消すのはかなり困難だ。


 仕方ない。


 助けてやるとしよう。


「え? 委員長!? わかった! 今、警察を呼ぶよ!」


 俺はさも今気が付いたような顔で、携帯を懐から取り出した。


 『警察』の部分を殊更強調して言う。


 DQNが公権力にびびって引いてくれれば、一番平和的だ。


「ほら、聞いたでしょ? 手を放しなさいよ」


「俺を=&%¥?+なめて%$#$#“殺&%$!」


 しかし、その委員長の言葉は、男をより一層興奮させただけだった。


 さらに激昂して委員長の肩を揺さぶる。


 アカン。


 DQNじゃなくて、キチ○○の方の御方でしたか。


 しゃあないからガチ通報しよ。


「だ、ダメ! 見城くん! 本当に警察を呼んじゃダメ! 親にバレる!」


 俺がスマホを耳に当てたその瞬間、委員長が切羽詰まった声で叫んだ。


「ええー、そう言われても……、店員さんはいないみたいだし」


 一体俺にどうしろと言うのか。


「大丈夫! 見城くんなら、ステゴロでもこの男に勝てる!」


 委員長が根拠ない励ましをしてきた。


 つーか、教室にいる時と全然キャラが違う。


 日頃の『クラスメイトの誰にも優しい委員長』の表情は、猫かぶりらしい。


「&%$#!>&!」


 ついに男は興奮の余り、椅子を両手で持ち上げた。


(やってみるか)


 肉体を限界レベルまで強化し、一気に男に迫る。


 全力で振り下ろされる椅子のパイプを右手で掴んだ。


「見城くん!」


 委員長が悲鳴にも近い声を上げる。


(いけるじゃん!)


 痛みどころか、痺れすらこない。


 っていうか。


(やべ。ちょっとパイプ曲がってる)


 ダメージを受けるのが怖くて限界まで筋力を盛ってしまったのがまずかったらしい。


 パワーを弱めて、左手で男の腕をきつく握り、睨み付ける。


「=&%……」


 腕の痛みに萎えたのか、それとも本能的に力の差を感じ取ったのか、男はパイプ椅子を手放し、ぶつくさ何事かを呟きながら、店を出て行った。


「ふう……」


 俺はため息一つ、椅子を元の位置に戻す。


「ありがとう! 見城くん! 見城くんがこんなに強いなんて、私知らなかった!」


 委員長が慌てて眼鏡をかけて、少女マンガ風のキラキラエフェクトが出そうな勢いでお礼を言ってくる。


「今更キャラ取り繕っても遅くない?」


 俺は苦笑した。


「やっぱ、無理かー。じゃあ、もういいわ。実は伊達眼鏡なのよね。これ」


 委員長はまた眼鏡を外して、鞄にしまう。


「ええ……。まじかよ」


 だから裸眼でも俺の顔を視認できたのか。――と、いうか、個人的には、伊達眼鏡は偽乳と同じレベルの詐欺アイテムだと思います!


「だって、眼鏡の方が教師受けがいんだもん。――仕方ない。隠すのは諦めるから、見城くん。私が格ゲー好きなことは誰にも言わないでね。これが唯一の息抜きなんだからさ」


 そう言う委員長の顔が、一瞬、お局OL並みに老け込んだように見えた。


 色々苦労しているらしい。


「バラしたら?」


「見城くんの悪評を、全力で捏造して言いふらす」


 委員長が真顔で断言する。


「クラスメイトに?」


「ううん。先生に。そっちの方が、ダメージ大きそうだから」


 委員長は、そう言って悪どい笑みを浮かべた。


「ふーん。でも、なんかそのチクリ魔っぽい発言すごく委員長のキャラっぽい」


「やめてよー! 私だって好きで委員長やってる訳じゃないんだから。内申とか、成績とか、親が色々うるさいの。外面ばっかり気にしちゃってさ」


 俺が冗談めかして言うと、委員長が苦笑した。


「そっかー、委員長も大変だな」


 俺は無難な相槌を打つ。


「まあね。今日も、英語のテストとか、ラストの数分意識がどっかにとんでだし」


 それ、確実に俺のせいです。サーセン。


「まじかよ。病院行った方がいいかもな」


 俺は眉をひそめ、委員長を心配してみせる。


「ま、あんまり続くようならね。それで? どうして、見城くんはここに? クラスメイトに見つからないようにわざわざこんな場末のゲーセンを選んだのに、計算外だわ。まあ、今回はおかげで助かったけど」


「ああ。ここ、レトロゲームがあるだろ? たまに無性にやりたくなるんだよ。こういうの。学校の近くのゲーセンにはないじゃん?」


 俺は適当に嘘をついた。


 日頃から、クラス内でも小林とゲームの話はしてるから、そこまで不自然ではないはずだ。


「へえー、見城くんってゲーム好きなのね。ね、ね、じゃあ、『クロ闘』もやる?」


 委員長は、放置されたCOMに負け、LOSE画面になった筐体を指差して言った。


「アーケード版は金がかかるからあんまやらないけど、この前のシリーズの家庭版なら少しはやるよ」


「本当!? じゃあ、私と対戦してよ。助けてくれたお礼にプレイ料金はおごるからさ」


「いいけど……。あんなことがあったのによくプレイを続行する気になるな」


 俺は呆れと感心が入り混じった視線で、委員長を見つめる。


「だって、あの騒動のおかげで今はプレイ待ちの人がいないから、連続プレイするチャンスじゃん。私は、帰宅部の見城くんみたいにいつでも、ゲーセンにこれるような時間はないんだからね」


「帰宅部馬鹿にすんな――、つーか、多分、俺の腕じゃあ委員長の練習相手にすらならないぞ」


 対戦相手をぶちきれさせるレベルでやり込んでいる奴に、片手間の俺が勝てるようにも思えない。


「大丈夫大丈夫。私は、モンとかの弱キャラを使うからさ。見城くんは、ゲンでも凶鬼でも、好きな強キャラを使いなよ」


「えー、でもなー」


「わかった。もし、私に勝ったら、何でも一つ言う事を聞いてあげるから!」


 俺が渋っていると唐突にそう提案してきた。


 格ゲー仲間が見つかったのがよほどうれしいらしい。


「俺が負けたら?」


「うーん、その時は、缶ジュース一本おごってよ。それくらいならいいでしょ?」


「そうだな、それくらいなら、まあいいか」


 缶ジュース一本をケチる男だとは思われたくないので、俺は承諾する。


「じゃあ、決まりねー」


 委員長はそう言って、ホームルームをまとめる時のような仕切り口調で、やや強引に俺を席につかせ、勝手に料金を投入した。

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