26# 昼抜きの晩餐
飛空挺イフリート、船内の一室。
《緋の風》リーダーのシギルが、俺に対して無様な土下座を晒していた。
それを部屋の隅で気まずそうに見つめる構成員3名。
名前は…あった様な気がするが忘れたな。
因みにリルカは、茶を断ったら肩を落として出て行った為、この場には居ない。
しかし…ふむ、数が合わんな。
リーダーのシギル、男の構成員3名、そしてリルカ。
俺が知る限り、物語だと他にもう一人、女の構成員が居た筈だ。
別行動中か、或いはイフリート船内に潜んでいるのか。
女構成員も確か魔力を持たない平民である為、魔力探知に反応しない。
もしも船内に隠れているなら、探しようが無い。
それとも、この時点ではまだ仲間では無いのか?
物語では《緋の風》の内情はそこまで詳しく見えなかった為、詳細が分からん。
まさか、隠れ潜んで俺の寝首を掻こうなどとは思っていないだろうが。
だが、全てにおいて油断出来ん。
《初代の墳墓》より、《緋の風》の奴等を助けてやった事で確信した。
俺の介入が無ければ、《
つまり物語では、こいつらは《初代の墳墓》に侵入した事実は無かったと言う事。
物語でも俺が助けたとは考え難いし、父上ならばもっと無いだろう。
祖父ならば道楽で助ける可能性はあるが、隠居している身で出張るとも考え難い。
何故、《緋の風》は本来とは違う行動を取ったのか。
それは俺以外の、物語の夢を見た者による、何かしらの介入があったからに他ならない。
それは誰なのか、何の目的で《緋の風》を《初代の墳墓》に向かわせたのか、疑問が尽きん。
そして現在、俺はリーダーのシギルから、《初代の墳墓》に来るに至った経緯を聞き出していた。
「言え。隠し立てすれば殺す」
「お、俺はどうなっても良い、です。でも他の奴等は助けてやってくれ…頼む、です」
態々上げさせた頭を、またも床に擦り付けて懇願するシギル。
俺は額に青筋を立てる。
何だその頓珍漢な敬語もどきは。
語尾にですを付ければ問題無いとでも思っているのか?
そもそも情報を吐けと言う要求に対して何故懇願で返している。
会話が成り立っていないだろうが。
「普通に喋れ。それに、話せば殺さん。だから、全てを話せ。あの遺跡の存在を何処で知ったのか、何故あそこに侵入するに至ったのか、それらの経緯を全てだ」
「……分かった」
俺の言葉に、シギルは暫しの沈黙の後承諾し、ぽつりぽつりと語り出した。
まず、《初代の墳墓》の存在は《トレジャーギルド》で知ったそうだ。
《トレジャーギルド》とは、トレジャーハンター達が集って出来た非公式の組織であり、主に古代遺跡やダンジョンの情報交換をする場らしい。
《トレジャーギルド》と言う組織の存在は初耳だ。
物語でもそれらしい話は出なかった。
だが、思い返せば納得出来る部分もある。
物語第一章において、リルカが主人公の仲間に加わってからは、飛空挺での移動が可能になり、王国各地を飛び回る様になっていた。
その際、リーダーのシギルより各地の遺跡やダンジョンの情報を得られるのだが、それが幾らなんでも詳し過ぎたのだ。
いくら飛空艇を持つとは言え、王国全土に存在する遺跡やダンジョンの数は膨大。
たったの数人で構成された空賊《緋の風》だけで、各地の遺跡やダンジョンの特徴、魔物の種類、罠の傾向等、そんな凄まじい量の情報を集められる筈も無かった。
だが、それも《トレジャーギルド》と言う組織の存在が裏にあったのであれば頷ける話だ。
だが、《初代の墳墓》の情報は、随分と前からあったらしい。
まあ、当然《初代の墳墓》と言う名称では呼ばれていないようだが。
情報が殆ど無く、何より場所がライトレス領の本都付近。
近づける者も殆どおらず、危険度は最高のS級に指定され、掲示板に埃を被るほど長く貼られていたそうだ。
「そんな昔から知られていたのか…」
うちの先祖の墓を勝手にS級ダンジョン認定か。
一応、王家すら知らないライトレスの極秘情報なのだがな。
父上が知れば卒倒しそうな話だ。
俺の呟きに、シギルが首を傾げる。
「やっぱ、ライトレス家が暗黒神の神殿を守ってんすか?」
「あ? だから違うと…いや、そもそも何故あそこが暗黒神の神殿になっている。情報が無いんじゃなかったのか」
暗黒神の神殿、リルカもそんな事を言っていたな。
どうもライトレスは巷で暗黒貴族などと呼ばれているらしいし、何処かで暗黒神と混同されたのか?
シギルは気まずそうに目を逸らす。
「すんません、俺も詳しくは…噂ですが、別の六神の神殿にあった石板に、ここの記載があったとかなんとか。まあ、眉唾ですがね」
「古代文字はまだ完全には解読されていない筈だが?」
「《トレジャーギルド》にも研究専門のチームがいるんすよ。そこだと、結構解読が進んでるとか。俺はそっちはカラキシなんで、聞かれても答えられませんがね」
非公式の組織が、王国の研究機関よりも進んでいるとは思えんが。
まあ、俺もその辺はよく知らん。
シギルはその後も話を続けた。
そもそも本来は、情報が殆ど無く、危険度が高いとされる《初代の墳墓》に来る予定は無かったらしい。
ただ、どう言う訳か、行く先々の遺跡やダンジョンでアイテムが取り尽くされていたらしく、直ぐに金が必要でやむを得ず《初代の墳墓》に侵入したそうだ。
これが、《初代の墳墓》に侵入するに至った経緯。
「…アイテムが取り尽くされているのは、よくある事なのか?」
「…まあ、珍しくはないっすね。トレジャーハンターは俺達だけじゃないっすから。ただ…今回は運が悪過ぎたと言うか、十件近く回って全滅だったもんなぁ…」
苦々しく頭を掻くシギル。
行く先々でアイテムが根こそぎ奪われていた…運悪く、ね。
それは偶然か?
その結果《初代の墳墓》に侵入する事になったのであれば、それが偶然かすら疑わしく思えるな。
それにだ、人間が造った遺跡は兎も角、ダンジョンは時間が経てばアイテムも魔物も再出現する。
何故そうも無理して探索に乗り出したのか、まるで何かを急ぐ様に。
或いは、誰かがそう仕向けたのか?
「何故、ダンジョンの再生を待てなかった? そんなに急いだ理由はなんだ」
「あ…いや、それは…」
シギルは、何やら言い難い事でもあるのか、露骨に目を逸らす。
「なんだ、さっさと言え。隠せば殺すと言っただろう」
それを見かねたのか、部屋の隅に並んでいた一人、丸縁のサングラスを掛けた奴が近づいて来た。
「待ってくれ、それは……ッ」
俺は魔力を放出して丸縁グラサンを黙らせる。
「貴様には聞いていない。…それとも貴様か? ライトレスの遺跡に行こう等と言ったのは」
「い、いや…」
俺の魔力に当てられ、冷や汗をだらだらと流す丸縁グラサン。
「ち、違う、俺だ。ライトレスの遺跡に行こうって言ったのは、俺なんだよ!」
丸縁グラサンを庇う様に、シギルが間に入って来た。
丸縁グラサンは崩れ落ちそうになり、急いで駆け寄って来たデカいのと長髪の二人に支えられる。
俺はそれを、冷ややかに見下ろす。
「貴様はリーダーだ。決断したのは当然貴様だろう。だが、最初に言い出した奴がいるんじゃないのか」
「違っ…本当に俺が…」
シギルを問い詰めていると、部屋の扉が勢い良く開かれた。
「ちょいと。あんまりうちの男共を虐めないでやってくれないか」
凛とした女の声。
部屋に入って来たのは、やけに顔色が悪い赤髪の女だ。
立っているのがやっとなのか、左右からリルカと、物語で見た女の構成員が支えている。
俺は赤髪の女を見据え、目を細める。
「…誰だ貴様」
初めて見る女だ。
物語でもこんな女は見た事が無い。
《緋の風》の関係者なのか?
「あたしゃ、イズ。《緋の風》のサブリーダーをしてるもんだよ。可愛いお貴族さん」
赤髪の女は、体調の悪さを感じさせない凛々しい笑みを浮かべた。
「サブリーダー…?」
はて、《緋の風》にサブリーダーなんていたか?
リーダーのシギルと、その他の構成員と言ったイメージだったが。
しかしイズと言う名は、何処かで聞いた事があった。
物語で、確かリルカが昔話をした時に出た名前だ。
物語では故人の様に話していた印象を受けたが。
イズは、俺を見て微笑む。
「話は聞いてたよ。そのボンクラ共は、あたしの為に遺跡に潜ったのさ」
「…貴様の為?」
見ると、顔色の悪いイズの肌には、黒い豹紋の様な痣が見て取れた。
俺の視線に気付いたイズは、首を傾げる。
「——話、聞くかい?」
「…あぁ」
俺は首肯し、顎で椅子に座るよう促した。
*
イズが入って来た当初、男連中は慌てた様にベッドへ戻る様にと騒いだが、イズを左右から支えていたリルカや、女の構成員(エルマと言うらしい)に一蹴されていた。
事の事情は、イズの口から直接話された。
イズが病に侵されている事。
その特効薬が高額である事。
最近イズの病状が悪化し、特効薬の購入に金が必要だった事。
こいつらの抱える事情は大体分かった。
シギルが事情を話すのを渋っていたのは、病気で身動きが取れないイズの存在を隠したかったからか。
最悪、俺と面識の無いイズやエルマを逃す腹積りだったのかも知れんな。
いや、そんな所まで頭は回らんか。
イズの病状を聞く限り、魔素が身体に蓄積するタイプの病だ。
魔力を持たない人間にとっては、魔力や魔素は有害だ。
もし蓄積すれば、身体が拒絶反応を起こして痛みや苦痛が伴うのも道理。
だが、普通は魔素が身体に蓄積するなんて事は起きない。
魔素はそんな性質を持っていない。
あまり風土病には詳しくは無いが、そう言った特性を持つ特殊な魔素が発生する地域があると言う事だろう。
それは良い、そう言う病気があっても別に不思議では無いからな。
だが問題は特効薬だ。
なんだ特効薬って、どうやって薬で身体から魔素を抜くのだ。
マナポーションの様に、魔素を補充して魔力を回復するのは分かる。
魔法使いも、高度な魔力操作技能があれば、他人に魔力を分け与える事が出来る。
それ位なら俺にも出来るしな。
だが、魔素や魔力を抜き取るなんて事は出来ない。
人工呼吸と同じだ。
こちらから酸素は送り込めても、酸素を吸い取るのは無理だ。
それは薬でも同じ事。
身体から魔素や魔力を抜く薬が存在する等、聞いた事が無い。
万が一あるなら、魔法薬の学会は大騒ぎになるだろう。
それに、その特効薬の値段も聞いたが、万能薬と呼ばれるエリクサーよりも高い。
どんな特効薬だそれは、家が建つぞ。
そもそも物語の《緋の風》にイズの姿は無かった。
つまり、必死の金策虚しく、イズは助からなかっと言う事か。
結局金を集められず特効薬を買えなかったのか、或いは…。
「話は分かった。矛盾も感じられん」
まだ聞きたい事はあるが、一旦話に区切りをつける。
結局、俺以外の物語を知る者の存在も分からず終いだ。
「話は終わりだ、貴様はもう休め」
そう言ってイズを下がらせる。
イズは説明している間も、終始顔色が悪かった。
本来なら、ベッドから起きるのも厳しいのだろう。
「あら、心配してくれるんだ? 恐い貴族さんかと思ったけど、案外優しいんだね」
ニヤリと笑うイズ。
俺は隣に立つエルマを睨む。
「おい、こいつをさっさと連れて行け」
俺にせっつかれ、エルマは慌てた様子でイズを支え、部屋を後にした。
リルカも慌てた様子でそれを追いかける。
男だけが残った部屋で、俺は所在無さ気に佇むシギルを見る。
「どちらがリーダーか分からんな」
嫌味を言ってやると、シギルは「うっ」と胸を押さえてよろけた。
「それは言えてる」
「確かになあ」
「…右に同じ」
他男三人も俺の言葉に同意を示した。
「お、お前らなあ!」
心外だと三人に掴み掛かるシギル。
シギル、貴様物語の時よりも人望が無いのではないか?
そんな感想を抱いていると、ふと懐の中の念話結晶が魔力を発したのを感じた。
これは、紐付けされたもう一方の念話結晶から連絡が入った時の反応だ。
大方、父上が俺の帰りが遅いと連絡を寄越したのだろうと、結晶を手に取る。
「あ?」
念話してきた相手は父上ではなかった。
クリントンの後釜、傀儡化している代官役人からだ。
今は定時連絡の時間では無い。
緊急の連絡か?
俺は念話結晶に魔力を通す。
「なんだ」
『突然の連絡、申し訳ありません』
「口上は良い。要件はなんだ」
『は、それが…ローグベルトに、ワイバーンが現れました』
「…は?」
俺の間の抜けた声が、部屋に響いた。
*
「はぁ…」
思わず漏れる溜息。
俺は、イフリートの甲板に居た。
雲の上を凄まじい速度で飛行するイフリート。
風は多少あるが飛ばされる程強くはない。
これだけの速度が出ていれば受ける風圧も相当なものの筈なのだが、どうやらイフリートの周囲に魔法障壁の様なものが張られているらしく、風圧の大部分が相殺されている様だ。
お陰で甲板の上は程よい風が吹き、実に快適だ。
俺は甲板の手摺りに凭れながら、夕焼けに染まる地平線を眺める。
こうなった理由は、当然傀儡化した代官役人からの連絡にある。
ローグベルトに突如現れたと言うワイバーン。
即座に討伐隊を組んだらしいが、ローグベルトの住民数名による妨害に遭い、討伐は失敗したとの事。
ワイバーンは人を襲う様子は無く、岩山の頂上で鳴き続けているらしい。
それはまるで、何かを呼ぶ様に。
そんな事があり、俺の判断を仰ぐ為連絡を寄越したそうだ。
ふむ、色々と確認すべき事はあるが、ローグベルトにワイバーンと言うと、三ヶ月前にステリア領から帰還した時の事を思い出すな。
と言うか、心当たりがあるとすれば、その時にヴァルムから借り受けたあのワイバーンしか居ないのだが。
ヴァルムのワイバーンであるなら、何故またローグベルトに来たのか。
しかもローグベルトの住人数名による妨害だと?
誰か知らんが、何をやっているんだあいつらは。
まあ、どうせフォルとかログとか、その辺だろうがな。
そんな事情があり、俺は直ぐにでもローグベルトに行かねばならなくなった。
と、そんな折だ。
俺の目の前には、丁度、空を高速で飛行する船があるではないか。
ローグベルトまで送れ。
そうシギルに命令——もとい、お願いをすると、快く了承してくれた。
その代わりに遺跡に侵入した件をチャラにして欲しい、なぞと抜かすものだからどうしてやろうかと思ったがな。
そんなものは貴様ら次第だ。
そう返してやったら凄い微妙そうな顔をしていたな、あの無礼者は。
奴は自分達の置かれている立場を正しく理解していないと見える。
しかし、当然だが、飛空艇の速度は恐ろしく早く、この分だと陽が沈む頃にはローグベルトに着くだろう。
本来なら馬車で丸二日の所を、ものの数時間か。
良い、非常に良い。
この飛空艇、可能ならば量産して個人的に持ちたい程だ。
そんな事を考えていると、甲板の戸が開いた。
「うっわ、さむっ! うひゃー、よく外にいられるねローファス君。風邪引いちゃうよー?」
出て来たのはリルカだ。
手にはトレイを持っている。
「紅茶飲む? あったかいよー」
「いらん」
即座に断るが、リルカは気にした様子も無く近寄って来る。
「…もしかして、紅茶嫌いなの?」
「ああ。妙な匂いが鼻につく」
「それが良いんじゃん。ジャムとか入れたら美味しいよー」
ジャムだと? そんな甘ったるいものを入れる等、何を考えている。
「…なんだそれは、気色悪い飲み方だな」
「イズ姉がよくやっててさ、この前試したら意外と美味しかったんだよコレが」
「知らん」
話すのにうんざりして目を逸らすと、リルカは俺に何かを押し付けて来た。
「これ、あげる」
「…なんだ、これは」
リルカが渡してきたそれは、手の平に乗る程の金属の箱だ。
その箱を訝しみながら見ていると、リルカはにっと笑う。
「昼から何にも食べてないし、お腹空いてるでしょ? それ、缶詰って言うの。帝国産の保存食」
この小さな箱が保存食?
こんなもので腹が満たされるのか?
しかし、言われてみれば今日は昼食を食べる暇が無かった。
腹もまあ、減ってはいる。
いや、と言うか…。
「…貴様等、帝国とも繋がりがあるのか?」
「んー、繋がりって言うか、たまに買い物したりね。王国では売れないものが、案外高値で売れたりするんだよ。それに、帝国にも遺跡やダンジョンはあるし」
「国を跨いでトレジャーハントか」
飛空挺があるから出来る事だな。
国境を無断で行き来するのも王国法、と言うか国際法違反なのだが、こいつらからしたら今更か。
「まあ、帝国では魔力持ちは迫害されてるから、私は毎回バレないか冷や冷やだけどね。肩身が狭いから、あんまり行きたくは無いかなー」
そう言いながら、リルカは自分の分の金属の箱——缶詰を取り出す。
そして、ブーツから仕込ナイフを抜くと、缶詰に刃を入れ、表面を器用に開いた。
缶詰の中には、煮浸した魚の切り身が入っていた。
そしてリルカは「ん」と手を出す。
「あ?」
「缶詰貸して。あけたげる」
「あ、ああ」
素直に渡すと、リルカは器用な手付きで缶詰を開け、俺に返してきた。
「お、中身ステーキだよ! おめでと! 大当たり!」
缶詰の中には肉厚のステーキがあった。
俺は顔を顰め、リルカを見る。
「貴様、ステーキが好きなのか?」
「え、まあそりゃ好きだよ、大好き」
「ならくれてやる。そっちの魚を寄越せ」
俺の要求に、リルカは目をパチクリとさせる。
「え、いやそれは全然良いけど、寧ろ良いの? まさかだけど、ステーキが嫌いとか?」
「牛肉は好かん。それは海魚だろう、俺はそっちが良い」
俺が缶詰の取り替えを要求すると、リルカは突然吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「プッ、アハハハ! 何それ、ローファス君まるで子供じゃん! 紅茶も嫌い、牛肉も嫌いって、好き嫌いしたらダメだよー。アハハ、あーおかしっ」
誰が子供だ、誰が。
俺よりも貴様の方が子供体型だろうが。
リルカはケラケラと一頻り笑うと、魚の缶詰の方を渡してきた。
「はい。しょーがないから交換したげる。次は好き嫌いしたらダメだよー?」
おちょくった様に言うリルカ。
「貴様…」
俺は青筋を立てつつ、ステーキの缶詰を渡す。
そして魚の缶詰を受け取ろうとするが、リルカは手を離さない。
「…おい」
「はい」
苛立って声を荒げると、リルカは懐からスプーンを取り出して渡してきた。
「あ?」
「無い左手の代わりに持っててあげる。あ、それか食べさせてあげようか?」
「…要らぬ世話だ」
本当に要らぬ世話だ。
確かに左腕が無いのは不便ではあるが、この生活にも大分慣れた。
俺は無い左腕の肘から
「うわ、その手一杯出してた奴じゃん。そんな風にも使えるんだね。魔法って便利ー」
墳墓で無数の
俺はそれを無視して魚を食べ、リルカもそれに続いて食べた。
魚の味は、塩味が濃いが中々に美味かった。
帝国は技術が進んでいると聞くが、想像以上だな。
食事を終えた俺は、静かにリルカを見る。
リルカは俺の視線に気付くと、首を傾げた。
「どしたの?」
「何故、俺に関わる? 遺跡で殺されかけたと言うのに、俺が恐くないのか」
俺の問い掛けに、リルカは真っ直ぐに俺を見る。
「ローファス君にはあの遺跡を守る使命があったんでしょ? 私達を殺そうとしたのも、その使命の為。元々、悪いのは法を犯してる私達の方だし、もし殺されても、それでローファス君を恨むのは筋違いな気がするんだよね」
「…えらく達観しているな。だが、問いの答えにはなっていない。俺は恐くないのかと聞いたぞ」
「あ、うん。だからね、恐がる気にもなれないって事だよ? 実際命を救われてる訳だし、感謝はしても、恐がる事は無いよ」
「…ほう」
リルカの言い分は、筋が通っている様に聞こえ、その理屈も思想も十分に理解出来る範疇のものだ。
だが、それはあくまでも理屈の話。
殺されそうになれば、理屈もクソも無く恐怖するのが自然であり、どれだけ理屈をこねようと、人間の感情はそんなに単純に出来てはいない。
リルカのこの考えは、不気味な程に達観した思想であり、それは俺の疑惑を深めるには充分過ぎるものだった。
それに、目の前にいるこいつは、物語でのリルカ・スカイフィールドとは、あまりにも印象が異なる。
リルカ・スカイフィールドはもっと子供っぽく、バカで感情的だったと記憶している。
物語のリルカを知るが故に感じる違和感。
やはりこいつ、俺と同様に物語の全容を知る者なのではないか?
俺は即座に行動に移った。
無防備を晒すリルカを甲板上で押し倒し、即座に
そんな状態でも、リルカは叫び声一つ上げず、その目には恐怖の色すら浮かんでいない。
少し驚いた様に目を開いているのみだ。
「え。なに、急に。どしたの、ローファス君…」
俺はリルカに馬乗りになり、リルカのその金色の瞳を覗き込む。
「この状況で、随分と落ち着いたものだな」
「いや、そりゃビックリはしてるよ? 急に押し倒すんだもん」
リルカは気色悪い程に落ち着いていた。
やはりビンゴか?
俺以外の、物語を知る者。
《緋の風》が物語の道筋とは違う行動を取っていた以上、考えられるのはメンバーの中の誰かが、物語の夢を見た者であると言う事だ。
そして、俺が最も恐れる展開は、物語の夢を見た者が、物語の主要人物、それも主人公勢力の誰かだった場合だ。
その点から、俺はリルカの事は最初から警戒していた。
だが、未だ確信を持てるだけの情報は無い。
ならば、物語の夢を見た者しか知り得ない事をリルカが知っていれば、俺の疑惑は確信に変わる。
俺はリルカに顔を近付ける。
「貴様、最近妙な夢を見たのではないか?」
「…夢?」
「今から三年後の未来の夢だ。そこで貴様は、ある男と出会う」
リルカは眉を顰める。
「…未来? 男? えっと、何の話?」
「惚ける必要は無い。この《影狼》のローファスは、全て分かっている」
「かげ…? …うん?」
四天王時代の二つ名を出してみたが、リルカの反応は乏しい。
ふん、中々しぶといじゃないか。
「認めぬならば、あの男を殺しに行くぞ。奴を——アベル・カロットをな。今の奴ならば、容易く殺せる」
俺は手に
これで貴様のポーカーフェイスも終わりだ。
愛する男を殺すと言われれば、多少なりとも動揺する筈だ。
だが当のリルカは、意味が分からないと言った調子で首を傾げた。
「あべ…? えっと、誰?」
「…」
…うん?
リルカの顔に浮かんでいるのは、単純な疑問符。
まるで、本当に何も知らないかの様な反応。
これが演技なら大したものだが…まさか、本当に知らないのか…?
「…馬鹿な、ならば貴様、何故そんなに落ち着いて…貴様はもっとガキっぽい筈だろう」
「ローファス君はさ、一体私の何を知ってるの?」
「…」
露骨に眉を顰めるリルカ。
これは、本当に俺の勘違いなのか?
貴様、物語であれだけ主人公のアベル・カロットにべたべたと好意を示していたではないか。
では本当に物語の夢を見ていないのか?
「…貴様、アベルは…好いている男はいないのか?」
「え、好いて…? え………あっ、そう言う事…?」
リルカは、急に何かを察した様に狼狽し、見る見るうちに顔を赤く染めていく。
あ? 何だこの反応?
顔をまるでトマトの様に赤く染めたリルカは、気恥ずかし気に俺から目を逸らした。
「ご、ごめんねローファス君…私、察し悪くて…好きな人は、いないよ? 出来た事も無いし…」
「あ?」
「あ、あのね。ローファス君の気持ちは、とっても嬉しいよ? でも、まだ私そう言うの、よく分からなくて…いや、別にローファス君の事が嫌って訳じゃ無くて——」
もじもじしながら早口で言葉を並べるリルカ。
あ? 待て、まさかこいつ、妙な勘違いを…。
「と、友達から! …でも良い? 私そう言う経験とか全然無くて、キスとか、手を繋いだ事も無——」
「違う」
何やら妙な事を口走り始めたリルカの言葉を遮る。
きょとんとするリルカ。
「…違うって、何が?」
俺はリルカから離れ、即座に
「何もかもだ。兎に角、貴様のそれは誤解だ」
「…へ?」
「悪かったな、忘れてくれ」
「…」
未だ理解が追い付いていない様子のリルカを置いて、俺はそのまま船内に戻る。
直後、甲板の方から、羞恥に満ちた甲高い叫び声が聞こえた。
俺は耳を塞ぎ、速やかにその場を後にする。
どうやら、全ては俺の勘違いだったらしい。
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