第12話 恋はズルく
とりあえずカフェくらいたまに行けるお金を貯めるために、私はバイト探しを始めた。
バイトを探しているときに、たまにあるのが。
『私が働いているところどう?』ってやつである。
良かれと思ってだと思う。
いつメンの白雪ちゃんがそういってきた。
人間関係いいよ~とかバイトのメリットを話してくれるんだけど。
以前の私なら、知り合いがいたほうが楽かな? ってなったかもしれないけれど。
今の私はノーセンキューだ。
白雪ちゃんにはあっていても、私には合わないかもしれない。
何よりちょっとなって思った時に辞めることも考えるようになったせいか、友達の紹介で入ったせいで、辞めにくいのはちょっと困ると思ってしまった。
誘いを大人の対応で断ったときに思った。
前の自分だったら、あわなくてやめたいってときのことちっとも考えていなくてすごく悩む羽目になったことを回避したって、以前なら気が付かない危機回避に気が付いて、前よりも生きやすくなってると思う。
なんだかんだ選り好みしてバイトがきめれていないまま3週間が経過したんだけれど、ちょっとした変化が起こった。
「おはよ」
廊下ですれ違った時に、声を掛けられたのだ。
と言っても、女の子だけど。
「おはよ~」
同じ授業を受けている子で、今まで話すこととかなかった子だし。私もおはよう~って言って去っていく、本当に短い挨拶だけのやり取りだったんだけど。
今ままで挨拶する子なんてごく限られた子だったから、ちょっと驚いた。
挨拶してくれた子とは、それ以降すれ違ったらお互い挨拶するような仲になった。
そんな感じで、すれ違ったらちょっと挨拶する子ってのがぽつぽつ増えてきた。
全員女の子だけれど。
今までの私にはない現象だった。
そういえば、朋ちゃんは私とは違ってよく挨拶だけする子ってのがいたかもとか思い出す。
そしてとうとうその日はきた。
「おはよう」
挨拶されたのは、男の子だった。
ただ挨拶されただけなんだけれど。私にするとそれは大きな進歩だった。
「おはよう」
挨拶を返してちょっとドキドキする。
好きな男の子ってわけではないけど、今まで男の子と学校で挨拶なんてことはなかった自分にするとかなり大きな1歩だったし。
すぐ古屋さんに男の子から挨拶されたことを送った。
休み時間に
『男の子と友達になるための第一歩だね』って返事がきた。
確かに、今まで男の子とはほとんど話すことがなかったから、友達にはどうやってなればいいの? って感じだったけれど。
自分からちょっと声を掛けれるときにかけるだけで、挨拶くらいはできるようになるとは思わなかった。
この勢いに乗らなきゃと思った私は、新しいバイトを決めた。
沢山男の子に自分から話しかけるのはきついけれど、とにかく挨拶くらいは男女問わず自分からしようと心がけたし。
そして、レベルアップしたことを感じた私は、ふたたびヨッシー先輩に会いに行くことにした。
あれから一か月たっちゃったし、もしやめてたらどうしようと思ったけれど。
まだ働いている二人の姿を見てホッとする。
「割引券使いに来たよ~期限ぎりぎりセーフ」
私はリリコちゃんにさらっとそう言えた
確かに少し緊張するけれど、とにかくちょっと話しかけて必要なことを聞くくらいはしようって続けてきた成果かもしれない。
「来てくれたんだ~」
「100円割引は大きいもん。えっと、抹茶フラペチーノのスモール1つテイクアウトで。ところでさ、ずっと気になってて今度あったら聞こうって思ってたんだけどさ……」
「何?」
「ヨッシー先輩とは付き合ってるの?」
これは、流石に聞くときにドキドキした。
聞きたくなくて先延ばしにしてきていた、でも先に進むためには避けて通れないことだ。
「実は……」
そういってリリコちゃんがうなずいたと同時に、私の恋が終わった。
「え~おめでとう。いつの間に~」
ニコニコ笑いながらも、私の心の中はやっぱり失恋したか……ってことで一杯だった。
「ありがとう。このバイトを始めてしばらくしてからなんだけどね……」
『さのさの』をやめて働いたらって誘われたって言ってたから、私が去年の年末悶々としていたころには、二人でここで楽しくして、付き合うことになったのか。
私は適度なところでリリコちゃんとの会話を切り上げて、緑のランプの下で注文した商品を待つ。
リリコちゃんとちょっと話していたので、私がランプの下にやってきたタイミングに合わせるように奥から、抹茶フラペチーノを持ってヨッシー先輩が現れた。
周りよりも頭一つとびぬける長身。
ニコっと笑うとかたほうだけに出るエクボ。
私のくだらない話にも、相槌してくれて。
酔っ払い客は俺が行くからって変わってくれて。
皆で遊ぶからおいでよって遊びにも混ぜてくれて。
頭の中に、ヨッシー先輩との思い出が走馬灯のように流れた。
「ミクちゃん久しぶり。お待たせいたしました。抹茶フラペチーノ1点になります」
ニコっと笑うと、相変わらず片方だけエクボが現れた。
ミクちゃんって呼ばれるの嬉しかったんだよなぁ。
「ヨッシー先輩おつかれさまです~今度からは気持ち量多めでお願いします!」
「ホイップなら、沢山盛れるから~」
「じゃぁ次トッピングしないと。じゃぁ~」
私はこの前のようにフラペチーノを持って、カフェを後にした。
そして、お店から離れたベンチに座って小さくため息をついた。
リリコちゃんと付き合ってたんだ。
どっちから告白したのかわからないけれど。
リリコちゃん可愛いもんな。
私の恋また終わっちゃった。
しんみりとした気持ちで抹茶フラッペを飲みほして、気持ちを整理して夜になってから相談していた古屋さんにヨッシー先輩との恋の結末を報告すると電話がかかってきた。
「今回は残念だったね。でも別れた後ならまたアプローチしてもいいんだからね。幸いまだ告白してないから」
そう私はヨッシー先輩に告白していない。
彼女がいることを知り、告白することなく恋の結果は無情にも出てしまったのだ。
『別れたあとならまたアプローチしてもいい』っていう古屋さんの言うことはわかるけれど、そんなのいつになるかわからない。
すぐ別れるとは限らないし、これから1年、2年下手をしたら結婚してしまったら、待っていた時間は全部無駄になる。
「いや、忘れることにする……いつ別れるかもわからないし。ずっと待ってたけれど、二人は結婚しましたとかだったら悲惨だから……」
「え?」
しんみりといった私に古屋さんが、普通に素で疑問形のえ? を発した。
「え? って……え?」
古屋さんの『え?』の意味がわからなくて、聞き返したら変なことになる。
「えーっと、石井さんはヨッシー先輩と別に付き合ってないよね?」
「付き合っているのは元同僚のリリコちゃん」
「そうだよね。あのね、恋愛のすごく大事なこと言い忘れてたんだけど。一人に絞るのは、相手と付き合ってからでいいんだよ」
すごく大事なことをいい忘れていたって言われたんだけれど。
一人に絞るのは相手と付き合ってからでいいってのは……
「一人にしぼるのは付きあってから?」
思わず復唱してしまった。
「そうそう、付き合ってない人を好きだからって、一途に追いかけないといけないわけじゃないんだよ。付き合うまでは他の男の子とも遊びにいっていいし同時進行してOK。付き合ってから、異性の関係綺麗にするんだよ」
古屋さんにそう言われて、思い出したのは麗奈のことだった。
サークル同じ子とバイト先の子がご飯に誘ってきて、そのどっちも気分が向いたらご飯にいくって確か言ってた。
「私の友達も二人の男の子からご飯誘われてて、まだどっちかと付き合うわけじゃないけどご飯に行くって言ってた」
「でしょう。結局一人に絞って一途にした結果、付き合えなくて時間が無駄になると怖いじゃない。だから付き合ってないなら、他の子から誘われてもご飯とか言ってもOKなんだよ」
私が麗奈の話を友達の話として言ったことで古屋さんが安堵のようなため息をついてそういった。
ちょっとそれっていいのって思っている自分がいたけれど。
古屋さんの次の一言で撃沈した。
「今はまだ若いから1年くらい無駄にしてもいいかもだけど。20代後半で同じように無駄に一途して1年無駄とかしてたらかなりまずいでしょ」
30が近くなって、そろそろ周りも結婚していくし私も結婚考える相手と付き合わなきゃ……
そんな時に、一途さをアピールしたけれど、付き合わなくて1年無駄にして私は年を重ねましたってことを考えて、ヤバッ!? となる。
「確かに……」
「ヨッシー先輩のことは今回は残念だったけど。相手が別れたときに、もしまだいいなって思うなら。声かけたらいいいと思うよ」
「そうか……も」
こうして、私は一つの恋が終わって。
恋愛の恐ろしいルールを知った。
付き合う前から一途になる必要はなく、付き合ってないのだから他の男の子とも遊びにいって大丈夫。
むしろ、そういうのをしないと、どんどん時間ばかりを無駄にする……と。
そのアドバイスは私の恋愛の見方をガラッと変えた。
これは、女の子だけじゃない。
男の子にも言えることで、もしかしたら私を誘っている相手は、私以外にも友達として声をかけているかもと考えるきっかけになったのだ。
まだ、具体的な恋愛の結果は得られてないけれど。
付き合っているわけではないからってことで、私はヨッシー先輩のことはすごくすごくショックだったけれど。
もし、別れたらを思って動くことにした。
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