第2話 尽くしてもらう権利

ここは人馬迷宮の地下2階層にある闘技場。

大きなすり鉢状の空間が広がっていた。

天井に設置している照明が全体を明るく照らし、換気用のファンの音が僅かに聞こえてくる。

空気は循環しているものの、血生臭い臭気が漂っていた。

天井は20m程度あり、闘技場を囲むようにアリーナ席が配置されている。

数えたことはないが、見た感じ1000以上の席が確保されているだろう。

大型のレイドボス戦が十分に行えるくらいの大きさだ。

元々この部屋は、階層主フロアーボスが戦う場所として設計されたものと聞いている。

つまり、黒髪麗人のためだげに用意させた舞台ということだ。


その階層主であるがアリーナ席へリラックスした様子で座っていた。

黒髪が照明の光でキラキラと輝いている。

通称、黒髪麗人。

その名は奈韻ナイン

年齢だけなら俺と同じくらい。二十歳前か。

前髪を揃え、長い髪を後頭部で一つにまとめて垂らしている。

いわゆる髪の長いポニーテールというやつだ。

ひたいが広く、左右対称の完璧かつ綺麗な顔立ちである。

ラフはTシャツにロングパンツを履き、お洒落には一切興味がないといった感じだ。

武器の類は見当たらない。

体の線が細く、武闘系の職業ではないように見うけられる。

まるで重いものを持ったことがない貴族のお姫様のようだ。




激しく俺を罵倒しながら、グリグリと踏み潰してほしいものだぜ!




高貴でプライドの高い美少女に踏みつけられるのは、全世界の男に共通した願望の一つだ。

そもそもであるが、俺がここの迷宮の雑兵になったのは奈韻のせいだろ。

冒険者として人馬迷宮を攻略しようとしたときの記憶は抜け落ちているものの、圧倒的戦力差で敗北し、洗脳支配されてしまったからだ。

洗脳が解け、冷静に物事を考えてみると、俺には黒髪の美少女に尽くしてもらう権利があるはず。

マジで文句を言ってやりたい。

奈韻は女子にありがちな勘違いをしているようだが、女は少しくらいの贅肉をつけて、男に媚びる方が可愛いらしいんだぜ!


俺はこのままでは絶対に死ねない。

むさ苦しい冒険者に殺されるって最悪の結末だ。

そうだ。ここは普通に考えて階層主が戦うところのはずじゃないか。

奈韻。その辺の冒険者なら、お前だったら余裕で勝てるんだろ。

人類の最高到達点が、Level40の『C++』級と言われている。

奈韻ナインのステータスは、流石にそこまでではないにしても、Level29の『D+』級くらいはあるだろう。


余談ではあるが、最強生物とされているドラゴンはLevel50の『A−』級からと設定されている。

だが、人類がLevel50以上のドラゴンに勝利する手段は存在する。

その一つが俺の特技でもある『戦術』の活用だ。

『戦術』とは、使用することで各個のLevelを引き上げてくれる。

つまり『高度な戦術』を用いれば、理論上はLevel50の『A−』級まで引き上げられるわけだ。

とはいうものの、Level40からLevel50まで引き上げる『戦術』など、この世界に存在するのか疑問である。

何にしても、黒髪麗嬢の奈韻は、俺の歯のたつ相手ではない。


闘技広場を見ると、俺を含めた30名がそれぞれ自由にしていた。

雑兵達の中には槍使い(男)と拳闘士(男)、弓使い(男)の3人の姿もある。

この闘技場は30名が戦う大きさとしては充分だ。

あまりに大きい空間故、俺達雑兵全員がここで侵入者を迎え撃つことに最適なのだ。

床は土で固められ、障害物のような物は一切ない。

観客のようにアリーナ席に座っている者は黒髪麗嬢ただ1人。

一番奥に見える両開き扉の向こうにある通路は、地下1階層へ昇る階段に繋がっている。

俺達は、迷宮攻略を開始している冒険者が、その両開き扉から入ってくるのを今か今かと待っていた。

俺以外の雑兵達には緊張した様子は見られない。

それぞれがこれから始まる戦闘に向けて士気を高めている。

俺を含む雑兵は、Level19の『E+』級。

Level20へ限界突破は出来ないでいる者達の集まりだ。

これから戦う冒険者達のLevelが、俺達と同じ『E+』級であることを祈るしかない。


闘技場の端には、掃除係と言われている機械人形達が待機をしていた。

1個体の大きさは約50cm。

これから始まる戦闘にて戦闘不能になった者に治癒または蘇生処置を施し、駄目だった者達についてはその死体を焼き払う役目をもっている。

特に俺達に危害を加える奴等ではないが、何だか死神の手下のように見えていた。


俺達雑兵には、集団戦という概念は無い。

つまり、数が多いだけの烏合の衆ということだ。

だが、俺を含む気が合う4名だけは違っていた。

これまでの戦闘において俺は『戦術E』を発動させており、その効果をよく理解してくれていた。

とはいうものの、俺が扱えるものは『相乗効果』くらいのもの。

Level19の『E+』が示すように、初級編に近い『戦術』だ。

だがそれでも、実力が均衡している場合は、これがものをいう。

槍使い(男)達3人が俺の方へ近づき話しかけてきた。



「青髪。いつものやつを頼むぜ。」



いつものやつというのは、俺の特殊能力『召喚E』のことを指している。

俺が使う『召喚』には『E』と書かれているように制限がある。

つまり俺が召喚できる個体は召喚主と同格となるLevel19の『E+』級まで。

唯一神である『ラプラス』が定めたこの世界の理では、俺よりも格上となる個体は召喚できないのだ。

仲間達のため、自身が生き残るため、特殊能力を発動するための宣言をした。

―――――――――俺は聖職者3個体を召喚する。

宣言と共に、土で固められた闘技場の地面に3つの魔法陣が刻まれ、薄暗い光を放ち始めだした。



イルカが海中から浮上してくるように、地面に描かれた魔法陣よりLevel9の神官E(cost2)×3個体が現れてくる。



『rare種』と呼ばれている個体は明確な意志を持っている者だときく。

当然だが、俺には『rare種』という個体は召喚できない。

現れた3個体には意志はなく、俺の命令でしか動くことはない。

それ故、多くの個体を召喚しても扱えないのが現実なのだ。

現在、俺は『cost6』の個体までしか召喚できない。

今しがた召喚した個体は『cost2』が3個体だが、『cost6』の個体を1体召喚する方が戦力は高いのが実際だ。

だが今回、『cost2』の聖職者3個体を呼び出した理由は至極簡単。

――――――――俺は『cost2』を超える召喚個体を持ち合わせていないからだ。

『召喚』はある意味最強だ。

全ての属性や職種が使用できる可能性がある。

とはいうものの、実際はそう簡単にいかないのが現実だ。

強力な個体は何らかの手段を用いて集めないとならないのだ。

とはいうものの『低cost』の個体でも『戦術』を発動させることにより戦力を引き上げることができる。

俺が扱いる『戦術』は『相乗効果』。

それは、同個体のものを召喚し、特殊効果を発動させること。

神官E(cost2)×3個体の『相乗効果』により、槍使い達に『永続回復E』の効果を与えることが出来るのだ。

戦力が拮抗している場合の戦闘は、長期戦に持ち込み、相手の体力を少しずつ削ることが有効であり定石となる。

そして長期戦において聖職者の存在が、大きく戦局を左右する。


見てのとおり、俺が発動させた特殊能力『召喚』は万能である。

先にも述べたように、召喚により全職業の能力を使用出来る可能性があるからだ。

ハイクラスの『召喚者』は、強力な召喚個体を多く集めることが出来れば、単体にしてパーティ並みの戦力を生み出しことが可能なのだ。

そう。あくまでも強力な個体を集められればである。

そしてもう一つ。

召喚者には大きな欠点があった。

それは召喚主自身のステータスが上がらないこと。

つまり、『異能』の効果が優れているものの、召喚主自身のステータスは低Levelのままなのである。

特に『速』が上がらないのは致命的だ。


その時である。

闘技場の扉が開かれた。

扉の向こうに冒険者達の姿が見える。

そのパーティ人数は4人。

全員が純白の装備品を身に着けている。

その装備品には『十字架』のデザインが刻まれていた。



全員が『正騎士候補』だ!



正騎士候補だと!

俺の記憶では、正騎士とは地上を統治している教会が定めた最強の騎士。

Level30の『C』級以上であることが条件のはず。

そして、正騎士候補達は、Level20の『D』級以上であることが条件だ。

Level19の俺達より格上じゃないか。

恐れていた事態が起きてしまった。

やはり俺は、ここで死んでしまうのか。

いや。待て。落ち着くんだ。

奴等のLevelが『D―』級だったなら、まだ何とかなるかもしれない。

だが、それ以上だとしたら、さすがに手がつけられないだろう。

条件反射のように俺が持つ異能の一つ『鑑定E』を発動させていた。

正騎士候補等のLevelを現す画面が目の前に浮かび上がってくる。



・黄金盾士(正騎士候補)

・Level29(D+)


・蒼穹聖職者(正騎士候補)

・Level29(D+)


・龍狩槍使(正騎士候補)

・Level29(D+)


・雷剣士(正騎手候補)

・Level29(D+)



全員が『限界突破』前のLevel29の状態なのかよ!

これは流石に無理ゲー過ぎだろ。

当たり前だが、俺達雑兵よりも遥か格上。

しかも全員が『rare職』と呼ばれている『ネームド職』だ。

それは、俺達とはLevel差以上に実力差があることを指していた。

殺されると分かっていて、なんで迎撃しないといけないんだよ。

これはもう戦いにもならない。

あり得えねぇ。

『限界突破』を図るために迷宮主を狩りに来たのかとでも言うのか。

―――――――――――――正騎士候補達の姿を見て、何故だか分からないが、強い怒りと憎しみ感情が湧き上がってきた。

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十二迷宮戦。「戦術」と「雑兵」と「女王陛下」 @-yoshimura-

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