第75話

 アンクロ探索者組合資料室で三人が迷い込んだ洞窟に類似する場所の情報を集めていたんだけどそれらしいところが二箇所あった。 

 近いのはアンクロ側の洞窟で街から徒歩で二日程度。もう一箇所はルゥビス側なんだけどルゥビスの街からはそれなりに距離が離れている。それに唯奈ゆいな達が黒いサーベルタイガーを誘導したダンジョンからはそれなりに距離があるはずだった。

 この二箇所とも違うという可能性もあるが里依紗りいさが伝えてきた発光苔の特徴と一致しそうなのはルゥビス側の洞窟だった。

「でも、ルゥビスの探索者組合でも魔法を使う粘液上の生物スライムがいるなんて話は聞いたことがないよ」

「それは私も一緒だけど…… エイシャは聞いたことある?」

「ん、無い。セリシェールは?」

「見たことはない。でも、昔語りで『異形のものが魔法に似た能力を行使していた』という話は聞いたことがある」

「それって、どんなの!」

「ち、近いっ。どんなのって言われても…… 私達より大きくて頭の左右から巻き角が生えた三対の黒い翼を持つ存在って話だったと思うけど。あ、あと一際大きなものの中に腕が二対あるものがいたって言ってたかな」

 安直にも頭に浮かび上がったのは『悪魔』だった。いや、でもそんなのがいれば人間の方にもなんらかの伝承があるはずだし、それもないとなると…… 情報の隠蔽なんていう想像まで頭に過ったけどまさかねぇ……

「一先ずその件は置いておいていいんじゃないか? それよりもいまは三人の捜索が優先されるべきじゃないか」

「そうだね。それじゃあルゥビスの洞窟に向けて捜索するという方向でいいかな?」

「手がかりがない以上は可能性のあるところからだな」

「ん、わかった。必要なものを補充して明日の早朝出発?」

「……そうだね。これから買い出しに行って準備を整えていれば午後も遅くなるだろうし、エイシャが言うように明日の早朝出発がいいんだろうな」

「そんな顔をするな。焦る気持ちはわかるがレオが無理をしてもしょうがないぞ」

「あ、ああ、わかってる。わかってるつもりなんだけど……」

「ん、できることをひとつづつ。無理をしても二人に怒られるだけ」

 このあと三人に向けてルゥビスの洞窟に向かう旨とアンクロで手に入れた地図(といっても元の世界にあったようなものじゃなくてこの辺りっていうのがわかる程度のもの)を収納に納めた。


 資料室をあとにした俺達は露店区画でそれぞれが購入する物を話し合って二組に分かれた。

 俺とエイシャ、アフェクトとセリシェール。アフェクトが少々緊張気味だけど能力的にこの組み合わせがベストだと思う。エイシャと二人っきりになりたかったとかそういうわけじゃないからそんな目で見ないでアフェクト!

 アフェクトのジトーっとした視線を背中に感じながらエイシャと一緒に買い物をしてまわった。事前に必要なものを打ち合わせしていたんだけど想定していたより時間がかかった。

「思ったより時間がかかったね」

「ん、まだ二人も戻ってない」

 待ち合わせの場所に先に戻っていると思っていた二人がまだ来ていなかったのだ。トラブルに巻き込まれてなければいいんだけど……

 そんな心配をしていると木箱を抱えてやってくる二人の姿が見えた。

「すまない。遅くなった」

「疲れたぁ」

「お疲れ様」

「ん」

「レオ、エイシャ、買い物は?」

「えっと、ここ」

「ん、ここ」

「はぁ〜〜〜っ」

「えっと、どうしたの?」

「ん?」

「ちょっと……」

 アフェクトにこいこいと手招きされて俺達は顔を近づけた。

 呆れた表情を浮かべたアフェクトが小声で言った「街中で収納魔術を使ったら目立つでしょ」という言葉に俺とエイシャがそのことを失念していたと気付かされた。

 なるほど、それで二人は木箱を抱えていたわけか。

 今度折りたたみのキャリーカート作ろう。

 幸いにもアフェクトが想像していたようなことは起きなかったけど宿に着いたあとで収納魔術を付与したバッグを譲って欲しいという者が二組やってきた。その申し出はどちらも丁重にお断りしたけど確かにこれはめんどくさい。

 今後は自重しよう。うん。


 夕食後に宿のご主人に明日の早朝に出立する旨を伝え、早々に眠ることにした。それなのに寝付けない。

「まいったなぁ……」

 同室の三人に視線を送るが既に寝ているのか寝息が聞こえてくるだけ。

 そして俺が何にまいっているかというと眼前に浮かび上がったぼんやりとした何かが何かを訴えかけようとしていたからだ。

 自分でも何をいっているのかわからなくなりそうだがこのぼんやりとした何かは実態がないんだと思う。その証拠に向こう側が透けて見えている。かといって悪意があるようには感じられない。

 身振り手振りで何かを訴えかけているらしいことだけが伝わってくる。

 他の三人を起こそうと声を出しても起きる気配がない。

「もしかして、声が出てない? それとも、これ自体が夢?」

 結局、一時間ほど身振り手振りで何かを訴えたあと、その何かは腕らしいものを伸ばして姿を薄れさせ消えてしまった。

「方向的にはルゥビスだけど何を伝えたかったんだろう」

 この頃になると流石に眠気が襲ってきたけどここで寝たら起きれないという自信があったので起きておくことにした。

 最初に目覚めたアフェクトに「寝てないのか?」と心配されたけど「詳しいことは皆んなが起きてから話すよ」と断りを入れた。

 最後まで寝ていた(自発的には起きなかった)のはセリシェールだった。

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