第73話

 うろに落ちた私達だったけど幸いなことに大きな怪我はせずに済んだ。とは言っても、ミドヴィスが落ちている時に左腕を打ちつけていたので私達の擦過傷とあわせて治療した。

 その間も周囲の警戒をしていた唯奈ゆいなが小さな声で告げてきた。

「黒いサーベルタイガーの気配はないみたい」

「よかった…… それで、ここが何処かわかる?」

 落ちてきたはずの上を仰ぎ見ても闇があるだけで光が差していない。

 感覚的にはそんなに落下してないようにも思うんだけど。そもそも、その感覚が間違ってて実際にはとても深い穴に落ちたんだろうか。いや、でも、それならもっと大きな怪我をしているはずだし…… 疑問がどんどん膨らんでいく。混乱に近い感覚を抱く里依紗唯奈ゆいなも『わからない』と首を振った。


 駄目だ。一旦落ち着こう。

唯奈ゆいな、松明に火をつけて。ミドヴィスは松明を持って」

 ぼんやりと淡く光る苔? それとも植物? のおかげでお互いは判別できていたけど本格的に周囲の探索をするには光量不足は否めない。

 それにこのままだと何処かに黒いサーベルタイガーが潜んでいたとしたら不意打ちをくらうのは避けられないだろうし。相手からも見つけやすくなるだろうけど、そもそも向こうはこの明るさでも私達を見つけそうだし、もし見えてなくても臭いで見つかりそうだし、そう考えれば光源を準備するのは悪い手じゃないはず。


 そうして探索を始めた私達だったけど、どれだけの時間が経過したか……

 食べ物なんかは礼央れおくんが収納魔術経由で送ってくれている。だからその面では普通の探索よりは恵まれていた。それに状況も共有しているけどここが何処かは誰もわからない。礼央れおくんが言うには探索者組合にもあのダンジョンの近くに他のダンジョンや洞窟があるという話は聞いたことがないらしい。

「できる限りのサポートはするから無茶はしないように」

 そう言われてもあのダンジョンと違ってここにはゲームに出てくるようなモンスターがいた。と言ってもまだスライムくらいにしか遭遇してないけど獣との大きな違いは魔術? 魔法? を使ってくる。威力は小さいけど最初は驚いた。

 当然、想定していなかった私達は対応が遅れて怪我を負った。大きな怪我じゃなかったから治癒魔術で対応できたのは幸いだった。

 いままで里依紗唯奈ゆいなが、というよりルゥビスの衛兵、探索者組合も含めて魔術や魔法を使う魔獣モンスター(あえて獣と区別するために魔獣モンスターと呼称)の存在はなかった。そのはずだったんだけど……

「魔術がある世界で魔獣モンスターがいたとしても不思議じゃない」

「そう言われればその通りなんだけど…… でも、誰にも気づかれずに存在できるの?」

「さあ、いるものはいる。それだけわかってればいいんじゃない? 少なくとも唯奈にとったらね」

「そうだよねぇ、いまの私達が気にしても仕方ないか」

「そうだよ。まずは外に出ることを考えないと」

「だね」


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 唯奈ゆいな達がどこだかわからないところを彷徨っていた頃。

「これで最後っと」

「お疲れシーンジ」

「ああ、けど嬢ちゃん達は何してんだぁ」

「衛兵に訊いたけど、レオがいなくなったのを探しに行って死んだそうだ……」

「そうか…… あの二人も駄目だったか……」


 ルゥビスに向かってきていた大型獣を一パーティで倒し切った探索者、いや正しくはひとりの中年探索者。シーンジと呼ばれたその男は自分の身長と同じ刃長の分厚い剣を軽々と扱ってその背にある鞘に収めた。

 シーンジと相棒の小男ジエラはため息を吐いた。

「レオのヤツは生きてるのかねぇ……」

「どうだかな……」

「まずは残りの小さいのを片付けていくか」

「そうだな」

 シーンジとジエラは他の大型獣の討伐に向かった。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 ダンジョン内に侵入した黒いサーベルタイガーは三人と共にうろに落ちた。それを確認した衛兵と瀬良せら 拓人たくとと気障眼鏡こと錦城きんじょう 京也きょうやはそのうろに向けて呼びかけたが返事が返ってくることはなく見張りを残して撤退することにした。


「あの巨乳の探索者は惜しいことをしたな。一度くらい相手してもらいたかったな」

拓人たくとはホントに胸が大きいが好きだね」

「そりゃぁな。大きい方が揉みがいあるだろ?」

「俺はどっちかというと大きい尻の方が好きなんだけどね」

「ああ、後ろからするときに打ち付けたら波打つくらい肉付きがいいんだっけか?」

「そうそ。やっぱりさ、ヤルときダユンダユンに揺れてる方がいいじゃない?」

「わからんでもないが俺はやっぱり胸の方がいいな」

「ん、んんっ!」

 瀬良せら錦城きんじょうが下世話なお喋りをしていると衛兵が咳払いをして注意をした。

 二人はそれに対して眉を顰めるにとどめたが不快感を隠さずにいたがひとまず衛兵に従った。


 そのあと二人は討伐に加わった衛兵と合流した。

 衛兵達の間には怪我をした者はいたが死亡者は出ていなかった。安全マージンを十分にとっているとは聞いていたが、遠目に見る探索者の数が最初の半分以下ということを考えると向こうは被害が多かったんだろう。そしてその被害の中にあの三人も含まれているんだろうな。

「やっぱ、こっちの世界じゃ、命が軽いな……」

「その分、積極的に求めてきてくれるから俺は嫌いじゃないけどな」

「ま、お互い死なないように楽しもうぜ」

「だな」


 二人が何を楽しみにしているかはそのいやらしい笑みから簡単に想像ができたがそこは明文化せず想像にお任せしたい。

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