第6話

 この異世界は魔法が存在することを除けば、元の世界とさほど変わらない。魔法がある限り“さほど”という表現は正しくはないのだけれども。人が生活を営む上で必要な物は、お金でだいたい手に入る。私がまだ赤子で行動範囲が狭く、井の中の蛙であることは否めないが不自由は感じない。


 母乳やグチャグチャで不味い離乳食を乗り越えてからは、肉、魚、野菜、米、パンなど馴染みの深い食べ物にも満足している。

 加工品の種類が少なくバリエーションに乏しいが、そこは私が前世の記憶を以って料理無双でも楽しもうと思っている。

 父と母に最高のサンドイッチをご馳走するのだ。腕が鳴る。


 人以外の生き物もだいたい一緒のようだ。

 犬が居て猫が居てペットになっている。

 街では馬に人が乗り、ネズミがゴミを漁り、豚や鶏などの家畜が飼育されている。


 残念ながら産業の革命は起きていないみたいだから車や電気製品は無い。まぁ魔法があるから不要なのかもしれない。

 そのうち私の知識チートで何か作って盛り上げようかな。楽しみだ。


 これらの情報から察するに、元の世界の時代で例えると中世、町並みはヨーロッパ風といったところか。


 悪くない。


 「ニャ~」

 特にペットは気分が上がる。

 元の世界では、色々な力に阻まれて猫はおろか、昆虫さえ飼うことを許されなかった。

 だから、私が生まれる前からこの世界の両親に飼われている猫とは是非とも仲良くなりたいと思っている。


 「シャー」

 しかし向こうはそうは思っていないようだ。

 爪先立ちし、毛を逆立て、威嚇の声を上げてる。

 どうしたものか。

 

 「こっちおいで」

 まだ顎の筋肉が発達していないから言葉遣いが幼稚だが、可愛いから好感度は良いはずだ。猫に伝わればの話だが。


 「ニャアアアアア」

 痛い。

 優しく差し伸べた私の手を猫は、爪を収めたパンチで殴った。

 この世界でまだ誰にも殴られたことなんてないのに、だ。

 

 いいだろう、そっちがその気なら、私も力で答える。

 力で捻じ伏せ服従させる。

 そして私の愛玩動物第一号にしてやろう。


 まずは威嚇だ。

 私も四つん這いになり背中を丸め爪先で体重を支え臨戦態勢を取る。

 「シャー」

 猫も乗ってきたな。

 一歩一歩と互いに距離を縮める。

 刹那、私は猫に飛び掛かり、猫の頭の皮を握りしめる。

 「ニャアアアアアア」

 猫は叫び、収めていた爪がその姿を現す。

 爪はマズイ、女の子の顔に傷でもついたら父と母が悲しむ。


 「よちよちいいこでちゅね~」

 私は咄嗟に猫の顎を撫で撫でして落ち着かせることを試みる。

 「シャーーーーー」

 猫は凄い形相で叫び暴れた。

 完全に逆効果だった。猫は顎を撫でれば従順に徹すると聞いていたが間違った情報だったか? それとも頭の皮を思いっ切り引っ張ったままでは効果が薄くなるとかか?

 「ニャアァァア、ア」

 猫は私の手を振り解き距離を取り、再び威嚇のポーズを決め込む。


 なんでだろう、どうすればいい、どうすればこの可愛い生き物と仲良くなれるんだ。

 分からない、悔しい。

 「にゃーたん」

 私は猫を想い、思わずそう呟いた。


 「後から生まれてきたたくせに生意気なんだにゃん」

 猫はそう答えた。


 ハッキリとそう聞こえた。


 猫って喋るんだっけ?

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