第2話
当然だけども、赤ちゃんでは何もできない。
体が思うように動かない。
言葉を発しようにも、歯もないし舌も上手く動かせないから、アウ、アウ、しか出てこない。
不便だな。
だけど、こんな私の些細な動きや声に、両親はとても喜んでくれる。
それが楽しくて、また手足をバタバタと動かし、アウアウアと喋ってみる。
「見て見て、あなた、この子、また喋った、天才じゃないの?」
「だな、凄いぞアクア、その調子だ。その足の動きで立ち上がればすぐにでも歩けるぞ」
大袈裟な両親だ。私は喋っているつもりもないし、足の指の間が痒いからイライラしているだけなのに。
でも、気分は凄くいい、なんでもかんでも褒めてくれる、讃えてくれる。
一日中寝ててもいいし、お腹が空いたらアウアウと泣けば母乳をくれる。父親はおんぶや抱っこで色々な場所に連れてってくれる。
喋らなくていいし、歩かなくていい、なんて幸せなんだ。
ああ、このままだらだらと暮らしていきたい。
「その子は、呪われている」
その日は、突然訪れた。
怠惰な生活を送り続け、体格も体重も2倍以上になった。
たぶん1年以上は経っただろうか。
私は相も変わらず母親の乳房を貪り、父親の腕に抱かれて、幸せを噛み締めていた。
そんなある日、厳かな司祭服を身に纏った男2人が、私が暮らす家に訪ねてきた。
そして、その一人が私を抱き上げて“呪われている”と言い放ったのだ。
呪い? 何のことかさっぱりだったが、この後にもう一人の男が放った言葉に、戦慄する。
「呪いを解くには、どちらかの命を捧げねばならん、猶予は3日。それを過ぎればこの子は確実に死ぬ」
そんなバカなことがありますか?
もちろん両親もそう思って、反論した。
しかし、1年以上経って、一つの言葉も発せず。立ち上がろうともしないのは、呪い以外に無いと説き伏せた。
その司祭服の男は、国の神官だと名乗り、己の発する言霊は絶対で、抗えば家族はもちろん、親類、友人に至るまで呪われて死に絶えるだろう、と脅した。
バカげている。そんなの信じる大人がいるものか。
この異世界では違った。
母親は泣き崩れ、父親は家の柱に自らの頭を何度も打ち付け、大きな傷を負った。
その日の夕方、父親は覚悟を決めたことを母親に告げて、知人らに最後の別れを言うために家を出た。
涙も枯れ果て、頷くことしかできなかった母親だったが、鬼の形相で父親の後を追った。
なんなんだこれは、なんでそうなるんだ、わけがわからない、私が怠惰に暮らしていた罰なのか?
赤ちゃんが喋らないから、歩かないから呪われていると? なんでそうなるんだ? 赤ちゃんなんて気まぐれだろう、1年立たずに立ち上がる子もいれば、2年以上這いつくばる子もいる。言語の発達だって人それぞれだ。
お願いだから、そんな戯言を信じないでください。戻ってきてください。私を一人にしないでください。
ガチャ。
ドアが開いた。
「なんだ居ないのか」
「つまらんな、もう一脅ししようと出張ったのに」
「まぁあの調子じゃあ時間の問題だろうよ」
「そうだな」
「そんで死ぬのを選ぶのは旦那の方だ」
「まぁそうなるわな」
「未亡人を寝取るのは最高だからなぁ」
「ああ、あの女は上玉だぜ、やべぇよ、興奮してきた。3日も待てねぇ」
「今度から猶予は1日にするかな」
「そうしようぜ」
「ふへへ、赤子で釣ると確実に信じるからな、バカな親どもだぜ」
「まぁまぁ金蓄えてそうだしな、旦那が死んだら女言い包めて財産もイタダキだ」
最悪だ。
こんな奴等に騙される両親もバカだが、こんなくだらないことで人の人生を破滅させるなんて生きてる価値もない。ゴミめ、ウジ虫め、死んでほしい。殺してやる。
だけど何も出来ない、立ち上がることも喋ることもできない私に何ができる。
いや、できる。
立てばいいのだろう、喋ればいいのだろう。そうすれば私が呪われているなんて戯言も言えなくなる。
なんだ、簡単なことだ。
やろうと思わなかっただけ、やろうと思えば半年くらいで立てたさ、言葉だって全部覚えているんだから余裕なんだよ。
思い知れ。
「でていけ」
私は立ち上がり、男共に指を突きつけて、拙い口調で、そう言い放った。
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