想いを握り締めて……変身!

「黒いフードを纏った……男か女かすらもわからないのか……!!」


 あまりにも情報が不足しているサンガの証言に、ジンバが悔しそうに握り締めた拳を店の床へと叩きつける。

 何か重要な意味を持っていそうな『魔剣』というワードに聞きなじみのないユーゴは、そんな彼へと質問を投げかけた。


「ジンバさん、魔剣って何なんだ? そいつがこの事件の鍵を握ってるのか?」


「ああ、おそらくな。魔剣っていうのは、簡単に言ってしまえば呪われた魔道具だ。誕生方法は様々だが、その全てが手にした者にすさまじい力を与えるとされている。しかし……剣にかけられた呪いは使い手を蝕み、最終的に魔剣の使用者は完全に正気を失うことになるともいわれているんだ」


「バッツはその魔剣のせいでおかしくなっているって、そういうことですか!?」


「バッツがエーンに化けられるようになったのも、魔剣に自分自身の力を引き出されたからだって考えれば辻褄が合うよ。でもそのせいで、彼はおかしくなっちゃって……!」


「魔剣は人の心に存在する負の感情を膨れ上がらせる。きっと、彼の中にあったエーンとの別れを惜しむ気持ちを歪まされ、増幅させられたんだ」


「そんな、バッツ……!?」


 どんなに受け入れようと頭で考えても、心はそう簡単に割り切れない。

 仲間として共に過ごしてきたエーンとの別れによって生まれた悲しみ、そして彼女への恋愛感情を魔剣によって歪まされて狂ったバッツを思った一同が沈鬱な表情を浮かべる中、涙をあふれさせたサンガが言う。


「バッツはどんどんおかしくなって、俺が異変に気が付いた時には完全に手遅れになってた。やっぱりエーンと離れたくない、ずっと一緒に過ごすんだって言い始めたあいつは、強盗事件を企てて、その罪をお前に擦り付けることで更生を諦めさせようとしたんだ。エーンに化け、わざと目撃証言を作ったりしたのも、この店で拾ったあの魔道具を現場に置いておいたのも、そのためだ」


「……強盗事件の犯人はバッツで、前面に出てたお前はあいつに脅されて、言いなりになってたってことか」


「どうにかあいつを止められないかって、そう思ってお前たちの前に姿を現したりもしたが……俺はその程度のことしかできなかった。自分が情けなくて仕方がねえ。バッツがおかしくなってることも気付けないで、あいつにビビッて言いなりになるしかなくって……そのせいであいつは沢山の人を傷付け、真っ当にやり直そうとしていたエーンも被害を受けた。俺が死んででもあいつを止めていれば、こんなことには……!!」


 そう語るサンガの姿には、本気の後悔が滲んでいた。

 友達の苦しみに気がつけなかったこと、そのせいで彼を完全に狂わせてしまったこと、そして更生を目標に頑張っていたエーンの人生にも影響を及ぼしてしまったことを、サンガは深く後悔している。


 自分たちの前で見せていた嫌な奴としての態度も、魔剣に狂わされたバッツに命じられてそうしていたのだと理解したメルトたちが彼の後悔を汲み取って押し黙る中、サンガの話を聞いていたユーゴが彼の肩に触れると共に口を開く。


「自分を責めるな、サンガ。お前はよくやったよ。バッツのこともエーンのことも見捨てて逃げたりしないで、自分なりに何とかしようと戦い続けてたんだろ? 強盗事件に関しては擁護できねえけど、友達のために必死になったお前のことを、俺は責めたりなんかできねえよ」


「ユーゴ……」


 過去の悪事も、強盗事件に関しても、立派な犯罪行為であることは間違いない。サンガもバッツも完全なる善人ということはできないだろう。

 だが、それでも……ユーゴは彼らを悪人だとも思えなかった。

 仲間の、友達のことを思って行動し、行動を悔いる人間を責めることはできないと告げた彼へと、サンガが必死に懇願する。


「頼む……! あいつを、バッツを、止めてくれ……!! このままじゃあいつは人を殺しちまう。今までは何とかギリギリで踏み止まらせていたが、それももう限界だ。あいつが誰かの命を奪っちまう前に、どうか……!」


「ああ、任せろ。止めてやるよ、俺が……いや――」


 自分へと伸ばされたサンガの手を握り、力強く応えるユーゴ。

 その最中、視線をメルトへと向けた彼は言葉を区切ると、改めて相応しい形として言い直す。


「――、な」


 彼からの視線とその言葉に頷いたメルトが、ユーゴとのアイコンタクトの後に立ち上がる。

 そして、自分を見つめるエーンへと、笑みを浮かべながらこう言った。


「エーン、サンガをお願い。私は、魔導騎士見習いとして自分がすべきことをやってくる。大丈夫、バッツのことは私たちに任せて!」


「……うん。信じてるよ、メルト。バッツをお願い。どうか、彼を止めてあげて……!」


 友人からの願いを受け取ったメルトが、ユーゴと共に店を出る。

 自分を確保しようとしていた警備隊員たちを蹴散らし、愕然とするロンメロを見下ろしていたバッツを見つめながら、彼女は相棒へと呟いた。


「行こう、ユーゴ。絶対にバッツを止めよう!」


 スワード・リングに嵌め込まれた結晶を輝かせ、紫色の光を放つメルト。

 その様子を目にしたバッツは、狂気を滲ませた表情を浮かべながら二人へと問う。


「何? お前たちも邪魔するの? よくないなぁ、そういうのは……じゃ、死んでもらおうかな……!」


「殺されねえよ、俺たちは。お前のことを思う友達のためにも……絶対に、お前を止めてみせる」


 サンガとエーンの想いを受け止めるように握り締めた右拳を見つめ、そこから視線を外したユーゴが真っ直ぐにバッツを見据えながら言う。

 そのまま、ゆっくりと目を開いた彼は、自分の心の中に湧き上がる炎を感じながら静かに戦いの始まりを告げる言葉を口にした。


「……変身!」

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