翌日、出勤
「ねえ、知ってる? 最近この辺で起きてる強盗事件、ここの店員がやってるかもなんだってさ」
「知ってる! 昨日、警備隊が話を聞きに来てたんだよね!? 前科持ちが働いてるんでしょ?」
「お店のマスターからしてもそんな感じだし、やっぱり悪いことをした奴っていうのは同じことを繰り返しちゃうのかしらね」
「怖いわ~! 警備隊が早く犯人を捕まえてくれないかしら……」
昼から出勤することになっていたエーンと共にカフェに向かったメルトは、店の前でそんな話をしている女性たちを目にして顔をしかめた。
どこにでもある主婦同士の井戸端会議なのだろうが、わざわざ店の前ですることもないだろうと、ちょっとした営業妨害なんじゃないかと思いながらエーンを心配したメルトが彼女の様子を窺えば、やはり主婦たちの話を気にしているようだ。
少し表情が強張っているし、足も止まっている。
自分だけでなく店やマスターにも悪い評判が立っていることを気にしているであろうエーンへと声をかけようとしたメルトであったが、彼女は静かに首を振ると強い眼差しを浮かべながらこう言った。
「大丈夫だよ、メルト。疑われることもあるだろうけど……私は何もやってないって、胸を張って言えるから」
今の女性たちやロンメロのように、前科持ちのエーンが強盗事件の犯人であると信じて疑わない人間もいる。
だが、更生を目標に頑張る今の彼女のことを信じる人間も確かに傍にいるはずだと、そう語ったメルトの言葉を胸に自分を信じる決意を固めたエーンは、多少のバッシングには負けない強さを身につけたようだ。
そのことを喜びながらも、早く事件が解決してエーンにかけられた嫌疑が晴れることを望むメルトは、彼女と共に店へと入っていく。
「おはようございます、マスター」
「おう、おはよう。もう大丈夫なのか?」
「はい。悪いことをしてないのに凹む理由なんてありませんから」
昨日の様子から彼女のことを心配していたマスターがそう問いかければ、エーンは笑みを浮かべながらそう答えてみせた。
多少は無理をしている雰囲気こそあるものの、気持ちを前向きに持っているであろう彼女の反応に頷いたマスターは、更衣室に向かったエーンを見送ってから彼女に付き添っていたメルトへと話しかける。
「ありがとうな、メルトちゃん。エーンのこと、励ましてくれてさ」
「お礼を言われるようなことはしてませんよ。友達なんだから、当たり前ですって!」
「そう言ってくれるメルトちゃんの存在は、あいつの強い心の支えになってるはずだ。俺は歳も近くないし、性別だって違う。大人として道を指し示すことはできても、友達として支えることはできないからな……本当に感謝してるよ」
厳つい顔に優しさを滲ませながら、マスターがメルトへと頭を下げる。
彼もまた、エーンのことを心から想っているのだろうなとその様子から察したメルトが笑みを浮かべる中、着替えを終えたエーンが戻ってきた。
「準備終わりました。何から始めればいいですか?」
「うおっ、早いな? まあ、今日はお客さんも少ないし、今は待機していてくれ。メルトちゃんにコーヒーをお出しするから、おしゃべりでもしていてくれよ」
昨日、警備隊が踏み込んできたことが話題になったせいか、ランチタイムだというのにも関わらず、店内に客の姿はない。
そのことをエーンに気にさせないように明るい口調でそう言ったマスターは、メルトに出すためのコーヒーを用意すべくキッチンへと姿を消した。
メルトもまた、明るい雰囲気を醸し出しながらエーンを誘い、適当な席に腰を下ろすと彼女へと話を振る。
「やっぱり事件の影響もあるんだろうね。お客さんに戻ってきてもらうためにも、警備隊には早く事件を解決してほしいな」
「そうだね……」
やはり自分のせいで客足が遠のいているという気持ちがあるのか、エーンは浮かない表情を浮かべている。
どうやって彼女を励まそうかとメルトが考える中、マスターが暗い雰囲気を打破するような明るい声で話しかけながら、二人分のコーヒーを手に姿を現した。
「お待たせ。ミルクと砂糖はテーブルにあるのを使ってくれ」
「あっ、ありがとうございます!」
「私の分まで……すいません、マスター」
「いいってことよ、気にするな。どうせ他に客もいないんだしな」
客であるメルトだけでなく、自分の分のコーヒーまで用意してもらったエーンが申し訳なさそうに頭を下げながら言う。
そんな彼女に明るく応えたマスターは自分を落ち着かせるために深呼吸をすると、意を決した様子でこう話を切り出した。
「なあ、エーン……ちょっといいか?」
「は、はい。なんでしょう……?」
真剣な彼の雰囲気に緊張したエーンが背筋を伸ばしながら答える。
元々が強面であるため、真剣な雰囲気になると威圧感が三割増しになるマスターは、エーンを真っ直ぐに見つめながら彼女へと質問を投げかけた。
「昨日来た、お前の友達なんだが……あいつらが何らかの形で強盗事件に関わっているっていう可能性はないのか?」
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