あなたを独りぼっちにはしないから
「……色んなことがあって、不安になっちゃった?」
「うん……ちょっと、いや、かなり……ナーバスになってる、かも……」
不安気にエーンからそう問いかけられたメルトは、敢えてすぐに肯定の返事をしなかった。
今の彼女は、様々な出来事に直面して思い悩んでいる。必要なのは、その悩みに寄り添うことだと理解しているからだ。
必要なのは根拠のない軽い返事ではない。しっかりと気持ちを理解した上で告げる、大丈夫の一言こそが今のエーンに必要なもの。
彼女の苦しみに、悩みに寄り添うべく、メルトはエーンの話へと耳を傾けていく。
「サンガが言ってたことは間違いじゃないと思う。私が悪事を働いていた過去は消えない。あの警備隊の人たちがそうだったように、その過去に目を向けて私を疑い続ける人も沢山いる。もしかしたら一生このままなんじゃないかって、どんなに頑張ったとしても私を見る人たちの目は変わらないんじゃないかって……そう思うと、怖くなっちゃったんだ……」
「……そっか。そうだよね。色々と、悩んじゃうよね」
自身の過ちを反省し、それを悔い改めた上で真っ当な道を歩もうとしても、過去というものはそう簡単に振り切れるわけではない。
周囲からの評価、自分自身の感情、そういった部分に少なからず悪影響が出てしまって当然だろう。
エーンもそれは覚悟していたはずだった……そう、そのはずだった。
しかし、予想以上の重圧となって襲い掛かってきた自分自身の過去という名の重石によって、心の奥底に封じ込めていた不安が抑えきれなくなっている。
過去を悔やんだり、過ちを犯したりした経験のないメルトには、そんなエーンの不安を簡単に吹き飛ばすことはできない。
だが……彼女の話を聞いた時、メルトの脳裏には一人の青年の姿が思い浮かんでいた。
「……大丈夫だよ、エーン。絶対に、エーンはやり直せる」
「どうしてそう思うの? メルトは私と違って正しい道を歩き続けてきた、立派な子でしょ? そんなメルトが、どうして……?」
「確かに私はエーンとは違う。だけどね……すぐ近くに、エーンとそっくりな人がいるんだ」
不安を滲ませながら自分に尋ねるエーンに対して、メルトはそう答えた後で瞳を閉じた。
今、自分の目の前で思い悩む友人と似た境遇に在る彼のことを思いながら、彼女は静かな声でその人物について語っていく。
「その人もね、沢山の人たちに恨まれるような悪いことをいっぱいしてきた……らしいんだ。私はよくわからないし、その人がそんなことをするような人だとも思わない。だけど、私が知らないところでその人は沢山の人を傷付けてきたんだと思う。真っ直ぐな性格になった今でもその人は学園一のクズだって言われてるし、家からも住んでた寮からも追い出されて野宿してる。だけどね……そんな彼でも、独りぼっちにはなってないんだよ」
メルトは彼が他の生徒たちから罵られる場面を何度も見てきた。
彼と友達になった自分に対して忠告してくる者も沢山いたし、今も彼に対する生徒たちからの偏見の目はほとんど変わっていない。
だけれども……彼は腐ることなく真っ直ぐに歩き続けているし、周囲には自分のようにそんな彼のことを信じる人々がいる。
弟が自分のことを信じてくれるからこそ、自分はその信頼に応えられるような最高のヒーローになりたいと言っていた彼のことを思いながら、メルトはエーンへと力強く言う。
「確かにエーンの過去にばかり目を向ける人たちは沢山いる。だけど、今のエーンの頑張りを見てくれる人だっているでしょ? 私もその一人。エーンなら絶対に自分が思い描く自分自身になれるよ。だから、ね……まずはエーンが、自分のことを信じてあげて。不安かもしれない、怖いかもしれない、だけど……自分を信じてくれる誰かがいるって思えば、きっと強くなれると思うから」
「自分自身を、信じる……」
「そう。それさえできれば、エーンも変われるよ。大丈夫、私が保証するから」
過去の過ちにも、周囲からのバッシングにも、負けずに突き進み続ける背中を見ているからこそ、メルトは言える。
エーンも彼のようになれる。彼女のことを信じ続ける人が傍に居さえすれば、絶対にやり直すことができる。
そして、その信じる人間には自分がなってみせると、彼女のことを友達として支えてみせるという思いを込めた強い眼差しをエーンへと向ければ、メルトの気持ちを感じ取った彼女も瞳に涙を浮かべながら微笑みを浮かべた。
「ありがとう、メルト……! 本当に、ありがとう……!」
「そんなにお礼を言われるようなことじゃないよ。友達なんだから、困ってる時に助けるのは当然のことでしょ?」
そう言いながら、涙するエーンの手を優しく握り締めたメルトが力強く頷く。
信頼と友情を感じさせる笑みを浮かべた彼女は、エーンへの励ましの気持ちを込めながらこう言った。
「頑張ろう、エーン。つらいかもしれないけど、あなたに味方してくれる人はいっぱいいるよ。だから負けないで」
「うん……っ!」
強く、自分の手を握り返してきたエーンの顔に明るい光が灯ったことを感じたメルトが嬉しそうにはにかむ。
嘘でもなんでもなく、本心からエーンがやり直せると信じている彼女は、再びやる気を取り戻した友人の姿を喜ばしく思いながら、優しく見つめ続けるのであった。
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