色々解決した後で……

 その言葉通りに身震いしながら戦いを見守るアンヘルの視線の先で、紫の鎧を展開したユーゴへとヘックスが反撃に打って出る。

 ここまでの悪い流れを断ち切るように、左手に握った斧に魔力を込めた彼は、刃の切れ味と腕力を強化しながら一直線にユーゴへと挑みかかっていった。


「こいつなら、どうだっ!? 『剛斬・鎧砕き』っ!!」


 バチッ! と、迸る魔力が火花となって刃を走る。

 一目で強力だとわかるその一撃は、綺麗にユーゴの胸へと叩き込まれたのだが――?


「……やるな。結構響いたぜ、今の一撃」


「なっ……!?」


 ――彼は微動だにせず、むしろヘックスを褒める余裕を見せてきた。

 自分の全力の一撃を受けたというのにも関わらず、一切ダメージを受けた様子のないユーゴの態度にヘックスが唖然とする中、彼は右の拳を握り締めながらそこに魔力を集中させていく。


「今度はこっちの番だ。そこそこ痛いと思うけど……恨むなよっ!!」


「うっっ!?」


 咄嗟に距離を取ろうとしたヘックスであったが、斧を握る左腕を掴まれてしまったためにそれも叶わず、繰り出される右ストレートを防御も回避もできずに受けることとなってしまう。

 十二分に魔力を込めた拳を繰り出しながら、ユーゴは大声で叫んだ。


「ブラスタ・ハードパンチっっ!!」


「がっふぅううっ!?」


 硬く握り締められた拳がヘックスの胸の中心を捉える。

 重厚さを増した鎧が生み出す強靭かつ重い拳の一撃は魔力による強化も含めて尋常ではない威力を誇っており、それがクリーンヒットしたヘックスは一瞬にして意識を刈り取られ、吹き飛ばされてしまった。


「……終わりだな。なんかちょっとやり過ぎた感が否めねえけど、悪く思わないでくれよ」


 壁に叩きつけられ、気を失っているヘックスを担いだユーゴが試用スペースから出てくる。

 治癒魔法を使えるメルトに彼を任せ、ブラスタを解除しようとした瞬間、目を輝かせたアンヘルが興奮を抑えきれない様子で声をかけてきた。


「面白い! 形態が変化するブラスタなんて初めて見た! どういう仕組みなのか、調べてもいいんだよな!?」


「おう、任せる! そこまで興味を持ってもらえて嬉しいし、これから一緒にこのブラスタをガンガンパワーアップしていこうぜ!」


「おっほ~っ! 魔道具技師を志す者として、こんなに興味をそそる代物とはそうそう出会えない! 解析と改造を繰り返して、どこまで性能を向上させられるか、今から楽しみだ!」


 どうやらユーゴとアンヘルは何か通じ合うものがあるようで、早速意気投合している。

 そんな二人のことを見つめながら、フィーとメルトは少し引き気味になってこんな会話を繰り広げていた。


「あの、もしかしてなんだけどさ……アンヘルって、ユーゴみたいにちょっと変わってる人?」


「かも、しれませんね……」


 ユーゴも時折意味不明なことを言ったり、独特のノリを見せたりするが、アンヘルもそれについていけるだけの性格をしている。

 オタク気質というか、根底が似ている二人が早くも互いに興味を抱き合う中、アンヘルは自分たちと一緒に決闘を見守っていた工業科の生徒たちへと声をかけた。


「なあ、お前たちも一緒にやらないか? こんな面白い魔道具を前にして何もしないだなんて、技師としてあり得ないだろ!?」


「はぁ? 誰がそんなクズの魔道具を……って、何を勝手に工房を使おうとしてやがる!? さっきも言った通り、俺たちはこいつのために工房を使わせるなんてことは――」


「おいおい、それが厄介事を解決してくれた恩人に取る態度か? ユーゴがヘックスと戦ってくれなきゃ、頭に血が上ったあいつが何をしてたかわからないぜ? 誰も怪我をせず、工房にも被害が出なかったのはユーゴのお陰だ。その恩に少しは報いる気持ちを見せてもおかしくないとアタシは思うけどな」


「っ……!!」


 嫌いな奴に工房を使わせたくないという私情に対して、騒動を解決してくれた恩を返すという理由を持ち出して対抗するアンヘル。

 その理屈に少なくはない道理があると思ったのか、言葉を詰まらせてしまった男子生徒の態度が答えであるというかのように彼の肩を叩いたアンヘルは、そのまま強引に話を進めていく。


「決まりだね。ユーゴ、フィー、メルト、ヘックスの世話はこいつらに任せて、アタシについて来てくれ……ああ、そうそう。あんたら、目を覚ましたらヘックスから預かってる素材を返してやれよ。それでこいつも引き下がってくれるだろ」


 結構力技で工房の使用許可を勝ち取ったアンヘルの背中を見つめながら、ユーゴは彼女は最初からこうするつもりで自分にヘックスとの決闘に臨ませたのではないかと考えた。

 勝っても負けても、ユーゴが工業科の生徒たちを守るために戦ったという事実は変わらない。敗北した場合は彼女の作業量は増えるかもしれないが、それも織り込み済みで話を持ち掛けたのだとしたら、中々の食わせ者だ。


 だが、彼女のお陰で問題は一つ解決した。

 決闘の対価に見合うだけの実益を得たユーゴからしてみれば、アンヘルの策に載せられたことはむしろありがたいことで、恨む必要などない。


 そんなことを考えながら彼女の後を歩いていったユーゴは、工房の奥にある小さな部屋に通された。

 解析用の器材と思わしき設備と、話し合いに適した場が整えられている部屋を見回す一同へと、アンヘルが愉快気に笑いながら口を開く。


「さあ、実験を始めよう。とりあえずはブラスタの解析からだ。あんたたちから色々と話も聞きたいし……魔道具の強化のためにも、アタシに協力してくれるよな?」


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