異常事態
「兄さん、知ってる? 最近、この近辺で行方不明者が続出してるんだって」
「らしいな。学園の生徒にも行方がわからなくなってる奴がいるんだろ?」
近頃多発している失踪事件についての話を切り出したフィーは、兄の返事にこくりと頷く。
あまり明るい話題ではないものの、この事件に思うところがある彼は、不安気な表情を浮かべながらこう続けた。
「……なんだか最近、変な事件が増えてるような気がするよ。前はこんな街じゃなかったのに……」
「やっぱり異常なのか? こんなに事件が起きるってのは?」
兄からの質問にまたしても頷きを見せるフィー。
異世界からの転生者である自分でも何か妙なものを覚える街の状況に神妙な面持ちを浮かべたユーゴが、独り言のように呟きを発する。
「トンネルの事件、それに養護施設に現れた人が変貌した魔鎧獣……更にそこから多発する失踪事件か。異常じゃないっていう方がおかしいわな」
「うん……なんだか怖いよね。どんどん変なことが起き続けてる」
「くそっ! あの時、犯人を捕まえてさえいれば……」
蟹怪人を取り逃がしてしまった失態を悔しがりながら、握り締めた拳をもう片方の手に打ち付けるユーゴ。
気絶した状態で煙のように姿を消してしまった犯人は今、どこで何をしているのか? もしや、多発している失踪事件の犯人は奴なのでは……と考える彼に対して、フィーがこんな話を切り出す。
「兄さん……実は、父さんが話しているのを聞いちゃったんだけど、あの男が現場に残した物の中から魔物の体の一部が見つかったらしいんだ。それも、かなり凶悪な種類の物だったみたい」
「魔物の? どういうことだ?」
「僕にもわからない。だけど、調べてみたらその魔物はこの近辺には生息していないはずなんだ。あの男がどこか遠くの土地で倒して持ち込んだ可能性も否定できないけど……」
「……もしもその魔物の一部があの男を魔鎧獣に変貌させてたっていうのなら、誰かがあいつにそれを渡したって考える方が自然ってことか」
三度、頷き。自分と全く同じことを考えた兄の言葉をフィーが肯定する。
まだ推察の域を出ない仮定の話ではあるが、この事件の裏では何者かが暗躍しているのではないか?
なら、その黒幕とでもいうべき存在の目的はいったい何なのか……? と考えて不安になるフィーを励ますように、ユーゴが言う。
「心配するな。名門クレイ家の現当主である親父が動いてるんだろ? だったら大丈夫さ。まだ学生の俺とマルコスでも勝てた相手なんだから、本職の魔導騎士が後れを取ることなんてないって」
「うん、そうだよね……」
「それに、あの施設には今も俺たちが交代で警備に行ってるだろ? メルトもそうだけど、マルコスの奴も何だかんだで付き合ってくれてるしさ、そう心配することもねえよ」
蟹怪人が出現してから、ユーゴたちはあの養護施設にほぼ毎日顔を出していた。
何か異常はないか? 不審者がまた出没してはいないか? 警備隊から派遣されている見回りの人員がいることはわかっていたが、犯人を取り逃がしてしまった責任感もあってか、三人は交代して様子を見つつ、施設の警備を担っている。
「今日はメルトとマルコスが行ってるけど、俺もちょっくら顔を出してみようかな? どうせ暇だしさ」
「だったら僕も一緒に行くよ。やっぱり、少し不安だし……」
早く犯人を見つけ、事件が解決して、この街を覆う不穏な空気が払拭されることを祈るユーゴが弟とそんな会話を繰り広げながら立ち上がろうとした時、背後から複数の人の気配が近付いていることに気が付いた。
そちらへと顔を向けたユーゴは、どこか見覚えのある顔をした生徒たちがこちらへと歩いてくる姿を目にして、怪訝な表情を浮かべる。
「何だ、お前ら? 俺になんか用か?」
「……お前か? お前が糸を引いているのか?」
「はぁ?」
ぞろぞろと複数人で自分の住処までやって来たかと思えば、唐突に意味のわからないことを言ってきたその生徒たちへと不可思議な表情を見せるユーゴ。
そんな彼の態度に感情を爆発させた一人の男子が、大声で叫びながら胸倉を掴んでくる。
「お前がやったのか!? お前がっ、攫ってるんだろっ!?」
「おいおい、何を言ってんだよ!? マジで言ってる意味がわかんねえぞ? ……あれ? っていうかお前、確かラッシュとかいう奴の取り巻きの一人だったような……?」
錯乱状態に陥っているとしか思えない男子生徒の手を払いのけたユーゴは、そこで彼が先日決闘をしたラッシュの取り巻きであったことに気が付いた。
よくよく見てみれば、彼以外の生徒たちもその決闘の際に顔を見た面々ばかりで、そんな彼らがどうして自分の下にやって来て意味不明なことを喚いているのかと不思議がるユーゴに対して、最初に掴みかかってきた生徒が言う。
「お前がやってるんじゃないのか!? 俺たちの仲間が、次々行方不明になってるんだよ! ある日、忽然と姿を消して、そのまま寮に戻ってこないんだ! そんなことがもう何件も続いてる! お前が俺たちへの復讐のためにそんなことをしてるんだろう!?」
「はぁ? お前ら、何言ってんの? こんな野宿状態の俺がどこに人を攫って監禁できるっていうんだよ? っていうか、そもそも俺はお前らの親玉との決闘に勝ったわけで、負けた奴がコソコソ復讐するならともかく、どうして勝った俺がそんなことをしなくちゃならねえんだよ?」
「でも、こんなことをする奴だなんてお前以外にいないじゃないか! この間は中等部の女の子まで消えたんだぞ!?」
「いや、逆だろ? お前らの交友関係なんて俺は知らねえし、どうして顔も知らない中等部の女子がラッシュの奴と仲良しだなんて知れるんだよ? どうしても俺を疑いたい気持ちはわかるけどよ、俺は最近、近くにある養護施設に結構な頻度で顔を出してるんだ。アリバイならそこの職員さんや子供たちが証明してくれるはずだぜ?」
「……じゃあ、誰なんだよ? 誰が俺たちを襲ってるんだ……?」
最初から無理がある話だと思っていたのか、あるいはユーゴの堂々とした態度を目にして自分たちの考えが間違っていたと気付いたのかはわからないが、彼を疑っていた男子生徒は呆然とした様子で俯きながらそんなことを呻いた。
彼も他の生徒たちも顔面を蒼白に染めており、その表情からは絶望と恐怖が感じられる。
「……消えた生徒たちは全員がラッシュの知り合いだったってことか? なんか妙な話だな……お前はどう思うよ、フィー?」
彼らの様子を見るに、演技や冗談でこんなことをしているとは思えない。
連続して起きている失踪事件の被害者はラッシュの取り巻きばかりだという話をおかしく思ったユーゴが、フィーに意見を求めるべく彼の方を向いてみると――?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます