堕ちた仇敵!愛する人々を守れ、ヒーロー!
とある女子生徒の不幸
「ラッシュ先輩! その、私に何かご用でしょうか?」
「ああ、悪いな。実はお前に頼みたいことがあるんだが……聞いてくれるか?」
「は、はいっ! 他でもない先輩の頼みなら、喜んで!」
「ありがとう! お前なら、きっとそう言ってくれると思っていたよ!」
人知れずラッシュに呼び出されたとある女子生徒は、彼の快活な笑みを見てドキッと心臓を跳ね上げた。
彼女は中等部の生徒で、同じ学校の先輩であるラッシュに憧れと共に恋心を抱いている。
そんな彼からの呼び出し、しかも人目のない場所を指定された時にはまさか告白でもされるのでは!? と期待したわけだが……現実はこんなものだ。
しかし、それでもラッシュが自分を頼ってくれたことは嬉しいし、こうして何か秘密のお願いをしてくれるくらいには信用されているということが彼女にとっては喜ばしいことだった。
少し前に良くない噂を聞いた時には彼のことを心配していたが、どうやらもう立ち直っているらしい。
それでこそ自分の大好きなラッシュだと思いながら、女子生徒は彼へと質問を投げかける。
「それで、私は何をすればいいんですか? どうしたらラッシュ先輩のお役に立てますか?」
「ああ……お前も知っているだろう。俺が先日、ユーゴ・クレイとの決闘に負けたということを」
「は、はい。でもあれは、相手が不正を働いたから……なんですよね?」
断片的に聞いた情報を元に彼女がラッシュへとそう尋ねれば、彼は大きく頷いてその言葉を肯定した。
その後で、ラッシュは悔しそうな表情を浮かべながらこう続ける。
「奴は不正を働いた。しかし、過程はどうあれ俺が負けたという事実に変わりはない。それに、今もユーゴがどんな不正に手を出したのかはわからないままだ」
「わかりました! 私にその不正を調べて、証拠を掴んでこいってことですね?」
あくどいことをして、憧れの先輩から勝利を掴み取った憎き貴族のことを思いながら、女子生徒がラッシュへと言う。
女好きのユーゴのことだ、女子である自分がファンを装って近付けば、鼻の下を伸ばして傍に置くに違いない。
そうして彼の懐に潜り込んで、信頼を得て、そうやってユーゴの悪事の証拠を掴んでほしいというのがラッシュが自分に頼みたいことなのだろう。
あのユーゴに好意を持つ女を演じるだなんて、想像しただけで虫唾が走るが……他でもないラッシュからの頼みだと思えば我慢できる。
義理人情に厚い彼のことだ、全てが終わったらきっと自分に感謝して、恩を返そうとしてくれるだろう。
そうなったら、自分のこの想いを受け入れてもらって……と考える女子生徒であったが、ラッシュはそんな彼女の言葉を首を振って否定してから口を開いた。
「いや、そうじゃないんだ。もうあいつがどんな不正を働いたとか、そういうのはどうだっていい」
「え……?」
思っていたのと違う展開に驚きつつ、ラッシュを見つめる女子生徒。
彼女の前で懐から黒い蟹の鋏を取り出した彼は、それに視線を落としながら言う。
「不正の証拠とか、そのタネを解き明かすとか、そんなのはもうどうだっていい。大事なのは、奴が汚い手を使おうとも勝てるようにすることだ。俺ならそれができる。俺は強いんだ。こいつを手に入れて、俺は更に強さに磨きをかけた。だが、まだ足りない。もっともっと、俺は強くなりたい……!」
「せん、ぱい……?」
――何かが変だ。そう、彼女は思った。
今、自分の目の前にいるラッシュは自分が好きな彼ではない。少しウザったいくらいに熱い男子である彼の輝きが、どこか曇っているように見える。
それに、彼が持っているあの黒い鋏からは禍々しい何かが発せられていた。
一目でわかるくらいに邪悪なそれを大事そうに見つめるラッシュの顔を見た瞬間、彼女は背筋に悪寒を覚えると共に一歩後ずさる。
「……そうだ、まだお前に頼みたいことを言ってなかったな。俺の頼みならば喜んで聞いてくれるって、さっき言ってたよな?」
「ひっ……!?」
そして、こちらに顔を向けたラッシュの瞳を見た瞬間、彼女はその異常性に気が付いた。
今の彼の眼には確かな狂気が宿っている。自分が知る彼とは全く違う誰かが、そこに立っていた。
「俺は強い。だが、もっと強くなりたい。この世の誰にも負けないくらいの強さを、魔導騎士としてだけでなく、最強の存在として強さを極めてみたいんだ。そのためには、犠牲を支払わなくちゃ。誰かの想いを受けて強くなる、それが英雄なんだ。お前は俺を慕ってくれている。俺もお前を信じている。だからこそ……お前にも、他のみんなと同じように俺たちの糧になってもらいたい」
「あ、あ、あ……っ!?」
本能が警鐘を鳴らしている。命の危険が迫っていることがわかる。
今のラッシュは異常だ。この場から逃げなければどうなるかわからない。
「助けてっ! 誰か、助け――っ!!」
全身を震わせながら、恐怖で竦む体を懸命に動かしながら、ラッシュからの逃亡を図る女子生徒であったが……彼はそんな彼女をあの日と同じように鋏の間の空間に捉え、見つめながら呟いた。
「……いいぞ、食べろ」
シャキン、と音が鳴る。ラッシュが手にした鋏を閉じた音だ。
そして、彼が再びその鋏を開くと……もうそこには女子生徒の姿はなかった。
「綺麗に食べたじゃないか。教育が進んできた証だな。お前は賢く、強くなった。だが……同時に我がままにもなったな」
目には見えない、この場にはいない何かと会話をしながら、苦笑を浮かべるラッシュ。
懐に黒い鋏をしまった彼は、静かな声で呟きをもらす。
「お前がもっと若い命を食らいたいと言うから、できる限りのことはしてきたが……中等部の生徒でも満足しないか。それ以下となれば初等部だが、これ以上学園の生徒を餌にするのはマズいな。手を考えなければ……」
そう言いながら、この場を立ち去ろうとしたラッシュがふと足を止める。
女子生徒が最後に立っていた場所をじっと見つめた彼は、表情一つ変えないまま、彼女へと手向けと感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。お前の想いは無駄にしない。犠牲になった人々の想いを背負って、俺は強くなる……だから、天国から見守っていてくれ。最強の存在に至る俺の姿を……!」
――この街で頻発する謎の失踪事件、それが全ての始まりだった。
その犯人が、人々と世界の治安を守る魔導騎士を育成する【ルミナス学園】に潜んでいることを、まだ誰も知らない。
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