エピローグ
翌日の放課後。
「なぁ千里、木葉。
この後時間あるか?」
「私は良いけど…。」
チラリと木葉の方を見る千里。
「キリキリ部活は~?」
いつもなら、放課後は木葉や蟹井と部室に向かうから、気になったのだろう。
千里は俺と木葉の顔を交互に見比べる。
「今日は行かない。」
「うわ~サボりだ~。」
「だからさ、一緒に行こうぜ。」
「え、何々、デート?
それじゃ~私はお邪魔じゃないかしら?」
くそ、ニヤニヤしやがってこいつは。
よし、そっちがその気なら…。
「お前も来い、いや、頼むから来てくれ。」
「え、な…何?
どったの?」
おぉ、動揺しとる動揺しとる。
やっぱりこっちの世界でも効くみたいだな。
「嫌なら別に良いんだが、お前が来てくれないとなぁ。
つまんないしなぁ。」
「うわ、わわわわ…。
き、キリキリ、落ち着こう?
あ、あり得ないよ。
私のクラスメートが急にデレるわけがない!
これはきっと悪い夢だ、そうだ気絶しよう、そうしよう。」
「そうか、残念だな~。
折角一緒に行きたいな~と思ったのに。」
「え~!?
あ、えっと…わ、分かった。
…行く…行くから!」
「…言ったな?」
ニヤけ返してやる。
「ちょ…き、キリキリ…!?
くぬぬ…。」
顔を真っ赤にして本当に悔しそうな木葉。
ちょっとスカッとした所で、
「でもまぁ良かった。」
と本音を言ってやる。
実際、これから行く場所は、俺一人で行ったって意味が無い。
千里も居て、こいつも居なくちゃ。
そんな俺の本音を聞いて、木葉は不機嫌そうにそっぽを向く。
ちょっといじめすぎたか。
「三人で遊びに行こうぜ、死神神社に。」
「…は?」
「…あなた…正気なの…?」
三人で神社に来て、その経緯を聞いた茜の第一声はこれだった。
うわ、露骨に嫌そうな顔しやがって。
視線を感じて木葉の方に目を向けると、さもだから言ったじゃん…と言いたげな顔で睨みながらため息を吐かれた。
「こんな所に二度も訪れるだけで充分異常なのに、遊びに来るだなんて…非現実が続いて脳に異常でも来したのかと思ったわ…。」
「そんなんじゃねぇっての。
お前と話をしに来たんだよ。」
「…私は別に話す事は無いわ。」
予想通りの反応。
実際、こうなる事は分かってたし、これが普通の反応だってのも頷ける。
むしろ来てくれてありがとう!
嬉しい!大歓迎よ!
なんて言われたら似合わな過ぎてもはやホラーの域だ。
じゃぁどうしてかと言うと、話しはここに来る数時間前に遡る。
「キリキリ、やっぱり今日は頭のネジが外れてるじゃないの…?」
「違うっての。
お前が言ったんだぞ?
人は信じなければ何かを知る事も出来ないんだって。」
「うっ…それは…言ったけどさ…。
それとこれとじゃ話が別だと思うんだけど…。」
「一緒だって。
あいつの事を知りたいから信じる。
んで友達になる。」
ちなみにこれは母さんの入れ知恵だ。
「まずは友達でも良いから関係を作る事。
相手を知る上で一番大事なのは、自分から歩み寄る事だと。」
実にシンプルな答えだが実際そうだろう。
何かしらの関係が無ければ、そもそも関わる事すら出来ない。
「だから遊びに行って、友達になる。」
「いやいや…そんなに上手くいくかな~…?」
「やってみないと分かんないだろ?
つう訳で、ついて来てくれ。」
「う~ん…。
でもなぁ~…。」
「さっき行くって言ったろ?」
「いや…だからそれは…。
はぁ~…分かったよ…。
どうなっても知らないからね…?」
そして今に至る。
「そう言うなって、ほら。」
鞄からビニール袋に入った蜜柑を取り出し、差し出す。
「…何のつもり…?」
「お土産。
ここから出た事が無いんなら、こう言うのも食べた事無いのかなって。」
「…そう言う事を聞いているんじゃないわ…。
こんな物を私に渡してどうするつもりなのかと聞いてるの。」
「今俺や千里がこうして無事で居られんのは、お前のおかげだ。
だからお礼。」
「ふう…随分呑気なのね…。
二度も私に殺されそうになった事、もう忘れたの?」
「そうだったかな。」
多分彼女が言うそれは、一度は夢幻、二度目は刀の事だろう。
でもそれは直接茜が手を下したからじゃないし、分かってはいるがあえてとぼけておく。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる。
どんな危険な目にあっても、過ぎてしまえば無かった事のように忘れて備える事すらしなくなる。
今のあなたが正しくそれね…。」
「そうかもな。
でも実際それはどっちも俺の自業自得だ。
それを忘れるつもりなんかないし、事実として受け止める。」
「へぇ…まぁ良いわ。
それで、結局何が目的…?」
「だから…別にそんなんじゃねぇって。
…いや、違うか。
茜、俺と…」
「…断るわ。」
うお、即答じゃないか。
おまけに最後まで言わせてすらくれない。
「友達?笑わせないで。
私は誰も信じないし、必要ともしない。
これからもそれは変わらないわ。
慣れ合いなんて私には不要よ。」
「あはは、だよな。
そう言うと思った。」
「…理解出来ないわ。
なら何故そこまで出来るの?
ここまで言われて、突き放されて、あなたは何故諦めないの?」
「何でだろうな。
どう言う訳か俺も千里もお前を信じてる。
いや、信じたいと思ってる。」
「はぁ…理解できない。
信じる物は殺されるのよ。」
「いや…それを言うなら信じる物は救われるだろ…?」
「あなたは甘いわ…。
安易に人を信じれば…いつか命を落とすわよ…?」
「疑って死ぬよりよっぽど良い。」
「…本当にあなたは何を言っても聞かないのね…。」
「ま…キリキリって無駄に頑固だから。」
ここで木葉が呆れ顔で口を挟む。
「うるせぇよ…。」
「茜っち心読めるんだしさ、別に毒が入っている訳じゃないって分かってるんでしょ?
一緒に食べようよ。」
「それぐらい分かってるわ…。
ただ貰う理由が無いと言っているのよ…。」
「理由はその、私達が一緒に食べたいから、じゃ駄目ですか?」
今度はここまで黙ってた千里が口を開く。
「そう言うこった。」
「二人とも頑固だからさ、こう言い出したら多分食べるまで帰らないと思うよ…?」
盛大にため息を吐き、仕方無くそれを口に運ぶ茜。
「って…それをそのまま食べたら!」
俺の制止も間に合わず、茜は顔を顰める。
「苦いわ…。
これは宣戦布告と取るべきなのかしら…?」
「違うって…。
それは、皮を剥いてから食べるんだよ。
ほら、こうやって。」
実際にやって見せてやる。
「面倒ね…。」
言われて皮を剥き、再び口に運ぶ。
今度は一つを一度に食べようとするからブチュッとなる。
「むう…。」
そんな茜に、千里がハンカチを差し出す。
渋々それを受け取り口元を拭く茜。
「っ…ははは。」
思わず笑ってしまう。
「仕方無いじゃない…。
こんな物食べた事無かったのだから…。」
「ははは、まぁそうだな。」
「蜜柑はこうして一つずつ取って食べれば食べ易いですよ。」
今度は千里が俺がしたように実際にやって見せて教える。
クールキャラも形無しな顔をハンカチで直し、一度ため息を吐いてから言われたように食べる茜。
「でもまぁ…。
食べるのは面倒だけれど…甘くて美味しいわね…。」
「だろ?」
そんな三人を眺めて、木葉は思った。
こんな物騒な場所には、あまりにも不似合いで平和な日常。
キリキリはやっぱすごいなぁ。
茜と仲良くしたいと思ったのは私だって同じだ。
でも実際に私が出来た事なんて馴れ馴れしく多少強引にでもあだなで呼んだり、生い立ちを無理矢理聞き出したくらい。
力を手に入れた後に自分からまた会いに行こうなんてしなかった。
まして遊びに行くなんて。
出来なかったし、考えもしなかった。
それにしても、蜜柑…か。
蜜柑の花言葉は純粋、とか愛らしさだったか。
愛らしさはともかく…純粋って言葉は確かにキリキリにはピッタリだ。
結局キリキリが茜にこうして会いに来たのだってそう言う純粋な興味からだろう。
怖くても、それで迷っても、結局最後にそれを選べるのは、そんな純粋さからだろう。
悪く言えば単純なのだが、それもある意味キリキリの魅力なのかもしれない。
そんな純粋な気持ちを伝える為に持ってきたのかも?
なんて考え過ぎか。
鈍感なキリキリがそこまで気を回す訳がない。
ちなみに蜜柑の実の花言葉には、美しさとか優しさって意味があるらしい。
だから彼が蜜柑を選んだのは、それが彼の思いたい彼女の形だから…なんて言うのはどうだろうか?
いや、無いわ…。
と言うか花に詳しくて花言葉も嗜むキリキリとかちょっと考えられない…。
「おい、なんか今俺に対して随分失礼な事考えてなかったか…?」
「え~?私知らな~い。」
なんて笑いながらとぼけておく。
まぁ、とりあえずその話しは、蜜柑の木の花言葉、気前の良さから持ってきた、で片付けておこう。
そう言えば寛大って意味もあるんだっけ。
ならきっと許してくれるだろう。
そんな風にこれまでやってきたのだから。
そしてそう言う日常が、私は嫌いじゃない。
いつか茜っちにも、そんな風に思える日が来ると良いな~。
「ってかキリキリも茜っちみたいに心読めるんじゃないの~?」
「アホか…。
顔に出てんだよ、お前は。」
「たははは~。」
「ふぅ…言っておくけれど…こんな物を貰った所で友達とやらになるつもりはないわよ…?」
「別に強制なんてしないっての。
言ったろ?これはただのお礼だって。」
「ふん…どうかしらね。
恩を売って人を利用するのが人間。
先に言っておくけれど…私が返すのは仇だけよ。」
「好きにしな、その時はその時だ。」
「ふぅ…良いわ…。」
「え…?」
も、もしかして!?
「あなたが言う友達とやらにはならない。」
なんだよ…。
それにそんな事言ってない、と言うか言わせなかっただろ…と内心でツッコむ。
「そうだったかしら。」
そう言って嘯き、クスりと鼻で笑う彼女を見て、
「何だよ…。」
ちょっと期待したじゃないかと肩を竦めて小さくぼやく。
すると茜はため息を吐き、
「でも、協力はする…。
どちらにしろこの場所にも危険が及ぶ可能性があるのなら、何もしない訳にはいかないのだから…。」
「…!」
「それとも…それでは不満かしら…?」
「…いや…それで良い。」
「そう…。」
こうして。
俺と茜は日向誠の野望を食い止める為に、同盟を結ぶ事になった。
こうして関わっていく中で、少しでもあいつの事を知る事が出来たなら。
その時は心からあいつを受け入れられるのだろうか?
これまで茜がしてきた事も許せる様になるのだろうか?
俺にはまだ何も分からない。
なら、これから知っていけば良いのだ。
そしてこれが、その為の確かな一歩だと信じてみようと思う。
そうして、俺達が帰った後。
〈随分素直になったんだね。〉
「…その冗談…笑えないわよ…?雨。」
〈ふふ、ごめんごめん。〉
「あなたが言ったんじゃない…。
彼が私の運命を変える存在なのだと。」
〈そう、だったね。〉
テレパシーを送りながら、雨は思う。
でも、信じたくもなる。
生前の茜を知る私としては。
茜の優しさを知る私としては。
でもそれを何度も受けておきながら、私はその時結局茜を守れなかった。
だから今度こそ絶対に茜を守ってみせると誓ったのだ。
こうして今は自分の声を届けられようになったのだから。
「私は誰も信じない。
彼に協力するのも、自分や自分の居場所を守る為だけ。
利用されるつもりはないし利用するだけよ。
用が済んだら捨てるだけ。」
「そっか。」
こうして全く自分と違う世界で生きてきた二人が出会う事で、どうなっていくのだろう。
ついさっきの様に何気ない日々を繰り返し、絆を深め合い、茜も次第に心を開いていき、たまに恋愛なんかもして。
何だかんだでハッピーエンド。
そんな優しい未来が待っているのだろうか?
…いや違う。
そんな未来は結局ただの絵空事だ。
漫画の中だけのファンタジーでしかない。
未来を知る私には分かる。
現実はいつだって残酷で、シンプルな物だと。
かの戦国大名織田信長は敦盛と言う幸若舞の演目の一つを好んで演じたそうだ。
その中段後半の一説にはこうある。
人間五十年、下天の内を比ぶれば、夢、幻の如くなり。
人の一生は、人の世は下天の一日に比べれば一日にしか当たらない、それこそ夢幻の様な物だ。
理想も絵空事も、言ってしまえば一瞬の夢幻の如くなり。
一度生を受け、滅せぬ物のあるべきか。
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