第七話『あばばばばまではどれくらい』
ドやかましいエレベーターガールはエレベーターを降りて耳元でけたたましく騒ぐ。深い眠りが不快眠りに瞬時に変化し、胃が痛い目覚めになるのは間違いなかった。
「朝か夜かもわかんねーけど!! アクタんただいま!」
「ホイ水! 早くもアクタんは先輩だぞー! 新人しょっぴいて見学のお時間だぜベイビィ……」
テンションが高すぎてついていけない彼女を後目に、俺は寝巻きから昨日貰ったやや重いが対して意味の無い黒を基調としたサバイバルな服装に着替えていた。
「しかしアクタん、気にせーよ。こちとらオナゴだぞ」
「てっきり後ろでも向いているのかと、現に俺は後ろ向いてるだろうよ」
彼女も少しは女の子らしい所があるのだろうか、俺の生着替えなんてのに何の意味も無いどころか目を背けるべきものだと思ったのだが、着替え終わって振り向くと彼女は妙に赤い顔をしていた。
「あざとい路線はもう遅いからな」
俺は立ったままの彼女の横を通ってエレベーターへ乗り込む、AOも共に乗り込んできた。そうして狭いエレベーターの中にやかましいエレベーターガールが焦って乗り込む。大した時間じゃないだろうに、わざわざ「こちらエンジェリンの階になりまーす」なんて事を言っていた、よく見るとちゃんとエレベーターガールの格好をしている。子供の頃はデパートなんかで見た覚えがあるが、てんで行かなくなっていた。今もエレベーターガールはいるのだろうか、しばらく見た記憶がない。
「ドア、ひらきまーす」
それにしたってもう少しおしとやかだった記憶があるのだが、実にラフなエレベーターガールはBARエンジェリンの中に入ったかと思えばもう既に昨日着ていた白いワンピースに着替えていた。早着替えの能力も無さそうなので、これもまた超技術で説明したくはないが聞けば面倒な説明が待っているのだろうと思った。AOなんて技術があるのだ、瞬時に見た目を変えるナノテクだのなんだのを服代わりに纏っていてもおかしくはない。
「おはようございます」
相変わらずの格好の天使長に会釈をする。それとその隣の金髪ショートのお姉ちゃんの後ろ姿にも丁寧に頭を下げた。天使というならこちらが天使では無いかという後ろ姿、背筋がシャキっとしていて髪は染めているのだろうがキューティクルだかなんだかが生きているだの死んでいるだのと言えば天使の輪っかが見えそうなくらいだった。とはいえ後ろ姿で判断するのも失礼だが。
「おっ……おはようございます!」
振り向くとその顔立ちはかなり整っている。長めに見えるまつ毛と丁寧に切り揃えられた前髪が印象的だった。服装一つとってもどうやら私服のように見える。金髪から派手なイメージを受けたが白を基調としたシックなコーディネートでまとまっていた。さてはオシャレさんなのだろう、というよりあの馬鹿天に服は着させられなかったのだろうか、やはり俺の服については俺への嫌がらせなのかもしれない。
とにかく彼女の風体は日本人の雰囲気を逸脱している気がした。顔の小ささやパーツが日本人のそれでは無い。綺麗というよりは可愛いと言うべきか。それでも年齢は二十歳前後だろうか。そう考えると童顔の方かもしれない。なんていう気持ち悪い事を一瞬で考え上げたが。とりあえず俺は貼り付けたような笑顔で片手を上げた。この子が緊張しているのは分かった。何故なら俺もしているからだ。
「
やたらと騒がしい
「
「ってことでね、朝日ちゃん。アクタんあげる!」
馬鹿天が何か言っているのを無視して、俺達は何とも言えないの目配せを通じ合わせた。パートナーであれば、もしかしたら上手くやれるのかもしれない。
「それで、俺はこの子と組むって事でいいのか? 刻景は?」
「矢継ぎ早にもう、早いのは嫌われんだぞ。見せたげなよ朝日ちゃん!」
言われるがままに朝日は刻景と使おうとして、複雑な顔で思いとどまった。
「いや、いや減りますよね時間」
「バレたかー!!」
こいつらの時間の概念はおかしい、というかやっとまともな考え方の人間に会った気がする、とはいえ彼女も飛んだか吊ったか何かしたのだ。何処かのネジは飛んでいるのだろうけれど、それでもこの世界の訳のわからなさに抵抗しているのが見て取れて少しホッとした。
「口頭でいいよ。俺のは刻景を動ける力。ばかて……
「私は
名前なんて適当に付けられたのだろうと思いながらも、そのゆっくりな時間は体験しないと分からない気がした。とはいえ使えば時間が減る。少し困りながら彼女の目を見ると彼女も察したのか「それだけじゃピンときませんよね……」と苦笑していた。
「あーもう、お見合いじゃないだからっ! 朝日ちゃん刻景!」
馬鹿天がショットグラスを朝日の頭上に放り投げる。それに合わせてモノクロの世界が広がった。投げる動作をした馬鹿天も、グラスを拭く天使長もスローになる。勿論朝日の頭上に落ちてくるはずのグラスも止まったかのようにゆっくりになっていた。この速さの物が止まるように見えるならば銃弾程度ならば避けるのも容易いかもしれない。俺は投げられたグラスを勢いよく掴みとり「ストップ!」と少し大きな声を出す。同時に世界は色づいた。
使った時間は俺の時計で3秒程だった。天使は本当に無茶をする。刻景が止まった世界で
「だってやらんきゃわからんでしょ君ら。なるべく秒数は合わせておく事。とりあえず5秒ずつから始めよっか」
俺の場合は6秒あったから今ので1秒減った計算になるのだが、合わせた方が良いのは確かにその通りだと思ったから何も言わなかった。俺達がバディにされるというのならば、息を合わせる事が最重要になる。
「ありがとうございます先輩……!」
朝日が頭を下げてくる。「芥でいいよ」と言った自己紹介は何処へ行ったのだろう。実戦にも出ていなければ死に方も分からない、こちらの世界二日目の俺はこちらの世界一日目の後輩を持ってしまった。ルーキーであり、死に別れる可能性が大いにあるというのに、彼女はどうもニコニコとしている。それが馬鹿天の笑みとは違い中々に可愛げがあるのが何とも目の置き場が無い。
「あ、ああ……、短かったけど俺のもあんな感じだから、よろしく頼む。俺は朝日って呼ばせてもらっていいか?」
コクコクコクと三度頷く朝日に苦笑する俺の絵面は、自分でも恥ずかしくなるようなしどろもどろさが漂っていて、続く話に詰まっているところを気を利かせたのか茶化したいのか、おそらく後者の馬鹿天こと
「それじゃあ行こっかね! 次の灰場へ!」
知らない言葉を言われながら、俺達は
最後に振り返った時のマスターの目は少しだけ寂しそうに見えた。
「ぜえ、灰場……って! 何、ですか!!」
朝日は振り回されて息を切らしているあたり運動はあまり得意では無さそうだ。とはいえルンルンとお散歩気分にすっ飛ばしていく
「とりあえず! 離せっての! そんで話をしろって!」
そう言って彼女はやっと止まった――わけではなく、彼女の手は自然と俺達が人混みにぶつからないように誘導していた事に気付く。場所は何らかの店の前だ。明らかにこの場所だけ人口密度がおかしい。
「仕掛け屋ぁ、おもろいヤツルーキー二人分見繕って~」
仕掛け屋と呼ばれた男は顔をフードで隠し、黒いサングラスの中でギロリと俺達の方を見た気がした。
「石鐘のお嬢……、物見遊山に仕掛け武器はいらんでしょうや。せめて今日散る花火を一本でも多くするってのが見届ける側の仁義っちゅうやつじゃありませんかね」
「それだってこの子らにももしもがあるでしょーよ! とりあえず余り物でいいからなんか頂戴ってば! スロータイムと……、なんかわからんやつ!」
わからんやつ呼ばわりはひどいが、仕掛け屋も仕掛け屋で
「スロータイムとはまた稀有なモンを……、しかし余り物なんざうちにゃあありませんよ。そうさねえ、名前だな。名前を気に入ったなら余らぬ良いモンを差し上げましょうか」
彼はまともなのだとホッとした矢先、仕掛け屋は口を歪ませて笑った。武器一つの贈呈を名前で決めるなんて、やはりどこかぶっ飛んでいなければこの場所で生き残るのは難しいのかもしれない。
「
「
「こりゃあ奇遇な物で、ぢやマツチを一つと、Flyは虫ごとざく切りにしましょうかね」
好みというか、癖というのはそれぞれ持ち合わせているだろうからよく分かる。そうしてこの人の場合は武器、それも用途の分からない武器を好むという癖があるのだと、手に持っている物体の形と、その嗤い方で理解出来た。
「葛籠の兄ちゃん、葛籠の中身は何だと思う?」
「いや、考えたことも……、珍しい名字だとは思いますが……」
そう言うと仕掛け屋はヤレヤレといった風に首を横に振る。
「そりゃ心臓に決まっとらあな、自分を見つめ返すんですな、抜と言うのは因果ではあるが、撃つのが葛籠の兄ちゃんの仕事だぁな、だからコイツで穿ちな、貼って殺せ、時間は0で良ござんしょ? 朝日の嬢ちゃん」
意地悪そうな顔をして仕掛け屋は嘲笑う。だが朝日は難しい顔をしながらも首を縦に振った。そんな仕掛け屋の武器屋台を乗り越えて
「オラ客ども! 今日は終い、終いだから帰ぇんな! 精々客足を途絶えさせないようにしてくりゃさんせってヤツだ! 俺はこの馬鹿共と話が出来たから恨むんじゃねえぞ! 俺の顔に免じてくれい!」
そう言うと途端に蜘蛛の子を散らしたように仕掛け屋の前から人が消えていく。しばらく誰もいなくなるのを待ってから、仕掛け屋は口を開いた。
「歩けんのかい」
「ええ、まぁ……」
言うやいなや仕掛け屋は自作で無いであろう銃火器を取り出して嘲笑ってその刻景を口にする。
「バレットタイム」
モノクロの世界の世界で撃ち出され続けた弾丸が、空中で固定されたまま俺へと向かって展開していく。所謂弾丸専用の時間停止能力だろうか。だとすると時間が動いた瞬間俺は蜂の巣だ。俺が焦ってそれを躱した所で世界に色が付き、俺のいた場所の奥の壁には大量の銃痕が出来ていた。
「たまんねぇなあ、たまんねえ! ほんもんかあ!! 俺の仕掛け武器を持って動いてらあ! ならどっちにしろさっきの起爆剤はとっておきだから持ってきな! 葛籠の兄ちゃん、死んじまうんじゃねえぞ!」
「あ、あの……私には……?!」
「おう。朝日の嬢ちゃんにはコレだ」
手渡されていたのは箱マッチ、煙草に火をつけるのによく使われているアレだ。小声のまま「えぇ……」と言いながらも朝日はポケットにしまい込んで丁寧にお辞儀をしていた。
「物見遊山だろうが、死ぬときゃ死ぬからな。石鳴のお嬢。守ったらんと出禁だからしっかりやりゃ」
仕掛け屋の何処の言葉か分からない独特の話し方に
「ほら、もう始まってるよ。いっそげいっそげ!」
俺達を急かす彼女に、朝日が極普通の声で話しかけた。
「そもそも、何処へ行くんですか?」
聞くべきでは無かったのだと思っていた。だけれど聞かなければ始まらない話だという事も理解していた。朝日はともかく、俺は薄々気付いていたのだ。この殺気だった空気と、物見遊山なんていう言葉。ルーキーならば、尚更一度見ておかねばいけない、なぜならこれから体験する事になるのだから。
「あぁ、見に行くの」
溜息混じりに、俺が聞く
「だから、何を見に行くかって、聞いてるんだろうよ」
朝日がコクコクコクコクと首を振り、金色のサラサラした髪の毛が揺れる。
それが、次の言葉でピタリと止まった。
「殺し合いだよ。二人もこれからやるんだから一度見とかなきゃしゃーないだろ?」
そう言って、天使だけが笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます