第9話 少年はまず宝石を磨いた

 地下に続く緩やかな階段は深くまで伸びている。

 叩き固められた壁と石を埋め込まれた足場で出来ている通路は歩きやすく、少し降りるたびに坑道と思われるものがいくつか掘られていた。


 やがて建物がすっぽりと収まるくらいの空洞に出た。地盤を支える柱が何本も天井まで伸びている。

 端のほうに鉱物の原石と思われるものが大量に積まれていた。

 その付近にはいくつかのハンマーと何種類もの研磨台が置かれていて、いくつかの研磨台には天井から伸びた管が水滴をぽつぽつと落としている。


「ほれ。あそこから好きなの探すといい。そこにあるのは全部いらんからの」


 ファブロが積まれている原石を指差す。近寄ってみると様々な色に染まった石が大量にあった。明かりが弱い坑内でも輝いているように見えた。


「なんでいらないの?」


 原石を両手に持って吟味しながら背中越しに問う。


「魔力が含まれてないからのう。魔石になりきれなんだ鉱物じゃよ」


「へぇ」


 宝石選びに夢中の僕は適当に返事をする。そして、手に納まる程度の大きさの1つを選び出した。血が固まったような赤色が輝いている。


「選んだなら、こっちじゃ」


 いつのまにか研磨台に座っていたファブロが宝石を渡せと手を振っている。素直に渡すと宝石はハンマーで真っ二つに割られる。勿体ないなと思った。


 宝石は何度もハンマーを振り下ろされ、その形をどんどん小さくしていく。やがて、親指くらいの大きさになってしまった。


「あぁ……」


 落胆が漏れるがファブロの耳には届かなかった。

 小さくなった宝石は研磨台を移動していくたびにさらに小さくなっていく。その代わり輝きを増していった。勿体ないけどこれならいいかと思った。


 最後の研磨台から上げられた宝石をファブロは服で拭うとポイっと投げる。落とさないように優しく受け止めると手の中で真っ赤な宝石が綺麗に輝いている。


「こんなもんでどうじゃ?」


「爺ちゃんこんなこと出来たんだね。知らなかった」


「まぁ、趣味じゃからの」


 ファブロはあっけらかんと答えると研磨台から立ち上がる。


「ノイルもやってみい」


 手を引かれて僕は椅子に座る。足元にはペダルがあり、これを踏んで回転させるみたいだ。研磨台の前は上から落ちて来ている水滴のせいかひんやりと感じた。


 ペダルを踏んで砥石を回転させる。遠心力で飛び散った水はとても冷たい。ごつごつしている宝石を砥石に当てると平らになっていく。当てる面を変えながら何度か繰り返すと直方体になった。


 隣の研磨台に座りなおしてペダルを踏む。回転する砥石に宝石を当てると手ごたえがまるで違う。さっきは小さくなる様子が明らかに見えたがこの研磨台では見て分からないほどの変化だった。


 僕は次々に研磨台を移動していって、最後の研磨台にたどりつく。ファブロは簡単そうにやっていたが僕はというと汗を流して息を切らしていた。


 最後の研磨台は手ごたえなど一切感じず、宝石を何度も取り上げて確認しなければいけなかった。目を凝らして集中する。


 そして、やっとの思いで完成した宝石をファブロの物と見比べる。しかし、僕が作ったものはとても歪だった。


「全然違うや」


「どれどれ? 見せてみい」


 ファブロは宝石を受け取ると目を見開いて見比べる。


「いやいや、初めてにしてはなかなかうまいもんじゃ。さすが薬師じゃのう」


 僕は褒められて嬉しくもあったが同時に悔しさも覚える。ただ初めて自分で作った宝石に愛着がわいていた。


「爺ちゃん、もっとやっていい?」


「ああ、よいぞ」


 答えを聞くとすぐに最初の研磨台まで戻ってペダルを踏み始める。その様子をファブロは笑顔で眺めていた。


 _______



 どれくらいの時間が経っただろうか。僕は数個の宝石を完成させていた。大きかった原石はすべて無くなり、今最後の塊が小さくされている最中だった。


「ふぅ」


 やっとの思いで最後の一個を磨き終えて僕は額に流れる汗を拭う。宝石はちょこんと手のひらの中に納まっている。最後の一個と最初の一個を比べてみると明らかな上達が見て取れた。


 ファブロに見せようとあたりを見回すと彼は壁にもたれかかって大きないびきをかいている。あまりの集中に僕の耳には大きないびきは聞こえていなかったみたいだ。

 ファブロの肩を叩いて起こす。


「うまくできおったか?」


 寝ぼけまなこのファブロに宝石を渡す。ファブロは宝石を受け取ると懐からレンズを取り出して眺め始めた。

 僕はファブロがレンズを取り出した理由を考えてすこし嬉しくなった。


「さすがじゃの。これではすぐに追い抜かれてしまうわい」


 ガハハと笑うファブロ。あからさまなお世辞と分かっていても胸が高鳴った。


「でもさすがに疲れたよ。もうどれくらい時間経ったかな?」


 疲労のあまり肩を落とす。上を見上げても土しか見えずに時間の感覚を失っていた。ファブロも寝ていたため同じく時間を見失っている。


「そうじゃの。ここには時計なんて置いてないから上に戻るしかないわい」


 ファブロは僕に宝石を渡して階段のほうへと歩き始める。手の中のきらきらしている宝石を少し眺めて満足感に浸りながらポケットにしまって彼の後を追った。



 地上へと戻ってみるとあたりはすっかり暗くなってしまっていた。

 僻地にあるファブロの小屋から見える夜空の星は宝石に負けないくらい燦然と輝いている。

 喧騒も何もなく、裏手に流れる川のせせらぎと風が木々を揺らすざわめきだけが僕の耳に届いていた。


「ノイルはこのあとどうするんじゃ?」


 ファブロの問いに振り返る。


「久しぶりに会うたんじゃ。都での話でも聞かせてくれんか」


「もちろん!」


 僕は話した。都ではまったく薬が売れなかったこと、


 酒場のマスターから需要と供給について教えてもらったこと、


 薬を売るために酔った女性を騙してしまったこと、


 市場の人だかりが驚くほど多かったこと、


 そこできらきらしている装飾品が飛ぶように売れていたこと、


 それを見て僕も作りたくなったこと、


 村に帰ってきてから薬の改良をしたこと、


 さらに新しく塗り薬を作ったことを。



「ねぇ、爺ちゃんは都の魔力回復薬の味知ってる?」


「いや知らんのう。最近はノイルの薬と魔石茶しか飲んでおらん。なんじゃ?とんでもなく不味かったのか?」


「ううん。僕も知らないんだけどね。ほら、僕の薬って苦いでしょ?それで改良したんだけど、アルテ婆ちゃんが都ではもう美味しくなってるんじゃないかって。だから僕のは売れないかもって」


「昼に言っておったの。どんな改良したんじゃ?」


 僕は身振り手振りを交えて答える。


「元々の回復薬の味は変わってないけど、先にもう一本飲むと回復薬が甘く感じるんだ」


「ほう。そりゃいい案じゃ。先に飲む薬がどれくらいの時間利くかによるがの」


 ファブロの疑問にハッと気づく。


 たしかに毎回二本飲む必要はないはずだ。長時間利くとなれば冒険者たちに発生するであろう荷物問題も片付く。


「ずっと二本で試してたからそれは気づかなかった。ありがとう爺ちゃん」


「おう。お安い御用じゃ。ところで塗り薬はどんなものなんじゃ?」


 ファブロの問いに僕はまた身振り手振りで答える。


「どこに塗ってもいいんだけど、アルテ婆ちゃんに塗ってあげたら熱いって言ってたから首とかはやめたほうがいいかも」


「熱い?危ないものなのか?」


 僕は首を横に振る。


「魔力が流れ込んでくる感覚が熱いんだって。僕は慣れちゃったからもう分からないんだけど」


「流れ込む?」


 ファブロはその答えに首をひねる。考え込む彼を見て僕は言葉を続ける。


「今度持ってくるよ。自信作なんだ」


「おう。頼む」


 ファブロはノイルの薬が自分にどんな影響を与えるのかまだ知らない。夜の静けさのなか二人の笑い声が響いていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る