第8話 少年は儲けるために指輪を作りたい

 少年は高揚している。新しい薬が出来たことも、それを売れるかもしれないとアルテに言われたこともたまらなく嬉しかったのだ。


 前のめりに走ってファブロの家へと向かう。整備されていない砂利混じりの道は何度も転ばせようとするが楽しそうに走るノイルを止めるほどではなかった。


「はぁ…はぁ…」


 膝に手をついて肩で息をする。僕はやっと村のはずれにポツンと存在する建物についた。建っている場所はどれだけ音を出しても何ら問題なさそうな僻地だ。小川が裏手にさらさらと流れていて、自作であろう水車が付設している。


 古ぼけた水車はただそこにあるだけで水を持ち上げたりはしていなかった。


 ふうふうと胸に手をあてて息を整える。久しぶりにこの地に訪れたせいか道のりは妙に遠く感じた。

 傾いている扉を開けようと手をかけると木材が風化していて表面がざらついていた。ガガっと引っ掛かりながら扉を開けて声をかける。


「ファブロ爺ちゃんいる~?」


 暗がりに向かって呼びかける。奥のほうでごそごそと影が動くと積み上げられていた周りのものがドサドサと崩れ落ちる。


「なんじゃ? 誰かと思えばノイルか。久しぶりじゃのう」


 ファブロは崩れ落ちたものを一瞥もくれず、ぱたぱたと埃を払いながら奥から出てくる。顎から伸ばした長い白髭は煤で汚れていて黒ずんでいる。


 彼は明かりをつけて足の踏み場もない室内を雑多に片付ける。ようやく出来たスペースにそこらにあった適当な木箱を置いて僕に座るように促した。木箱の上を自分で二度払って座る。


「ここまで来るとは珍しいの。急用か?」


 ファブロはひびが入った湯飲みに何やら小さな塊をいれてから水をそそいだ。僕の前に置かれた器の中には青みがかった液体が揺れている。

 得体は知れないがそれを一口飲んだ。しょっぱいような甘いような。味はするのにまったく正体が掴めずに困惑する。


「爺ちゃん何これ?」


 湯飲みを指さしてファブロに尋ねる。


「そりゃ魔石茶じゃ。儂が名付けた」


 僕はさらに困惑した。小さな塊は魔石で、しかも味が出るのかと。この染み出ている青色の揺らめきは魔力かと。


「大して美味くもないんだが、多少は魔力を回復させてくれる優れモノじゃぞ。それにノイルの作る回復薬よりは味もましじゃろ?」


 ファブロの言い分に湯飲みを置いて、へへんと胸を張る。


「実は、回復薬の改良に成功しました!」


 満面の笑みで二本指を立てるとファブロは驚いた様子で髭をなでる。


「ほう、そりゃ朗報じゃ!それで、それがここまで来た用かの?」


 僕は首を横に振る。


「爺ちゃん、指輪とか腕輪とかって作れる?」


「指輪? 好いた女子でもできたか?」


 にやにやと揶揄うようにファブロは笑う。彼の口元は髭で見えないが目元はとても雄弁だ。僕は慌てて否定する。


「違うよ! 都で売れてたから僕も売ろうかな~って」


「なんじゃつまらん」


 心底がっかりしたようにファブロは魔石茶をすする。なぜかその味に苦い顔をしていた。


「指輪ならその辺に転がっとるぞ」


 茶をすすりながら床を指さすファブロ。床に視線を落とすと指輪や腕輪、さらにはナイフまで散乱していた。

 僕は手近な指輪を拾って明かりに透かす。

 指輪はどんよりと鈍い色をしていて全くきらきらしていなかった。


「なんかあんまり綺麗じゃないね」


 率直な感想を述べるがファブロは気にせず答える。


「全部失敗作じゃからの」


 簡単そうに吐いたその言葉に僕は思わずあたりを見回す。そして、その数に圧倒された。パッと見ても積みあがっている失敗作の数は100や200ではきかなそうだ。驚く僕を置いてファブロは独り言のように続ける。


「どうも魔力との親和性が低くてのお。なかなかうまいこと出来んわい」


 ファブロは頭を掻きながら話す。黒ずんだ白髭に苦労が見えた気がした。


「う~ん、きらきらしてるのってないの?」


 床に落ちているいくつかの指輪を明かりに透かしながらファブロに問いかける。透かした指輪はどれも鈍い色をしていた。


「明かりに当てて光るだけじゃったら簡単じゃぞ。ガラスかその辺の宝石でもくっつけとけばいいからの」


 ファブロはごそごそとポケットの中を触りながら辺りを見回しているが該当するものは出てこなかった。


「僕にも作れる?」


 勢いあまって僕は手の中の指輪を床に落としてしまった。指輪は固い床に落ちるといとも簡単に欠けてしまった。


「簡単じゃぞ。やり方を教えてやろうかいの。こっちじゃ」


 ファブロは指輪が割れたことを気にすることなく立ち上がると奥の暗がりへと進んでいく。

 ついていくとそこには地下へと繋がる階段があった。ファブロは明かりをつけて階段を下りていく。


 わくわくしながら彼の後を追った。



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