第9話 冥界の女神

「やっぱりお父様って凄いです!」


 フォーセリアは生命ができていたことはすでに分かっていた。

 愛する父に改めて言われたことで、飛び跳ねて喜んでいる。


「リン脂質の器の中にRNAっぽいものが見えるな。もうちょっとで単細胞生物の基礎が完成する。原初の生命は海中で、しかも地底火山や地熱による化学反応によって生まれたとされている。……なら、やっぱり生命を生み出すのは大地母神フォーセリアで正解だ。」

「お父様に言われた通りにやっただけです!でも、……私が生命の母なのですね。確かに大地母神という名がついていますし。」

「……名前こそが神威だな。まぁ、それはさておき。これで最初の壁は越えた。いずれもっと保存効率の良いDNAが生まれるだろう。RNA、DNA、これらがもつ複製機能は紛れもない生命の象徴だ。」


 全ての生命はなんらかの形でこの遺伝子を複製するために行動している。

 無論プリオンなんていう奇怪な存在もあるが、生命は螺旋二重構造が複製をするという呪いにも似た性質に縛られている。


 父として光栄に思う。

 新たな命を作り上げたことは、是非とも称賛させて欲しい。


「よく頑張ったな。何か望みはあるか?例えば役職とか……。待遇とか⁉」


 実は褒美の内容を考えていなかった。

 望みも神それぞれだろう。

 例えば、フォーセリアだったら、主の側にいたいとか、そういう願いだったり。

 その場合はフォーセリアを側仕えにするとか、隣の部屋にするとか、そんな要望かなと思っていた。


 けれどフォーセリアは主の提案に首を横に振る。


「役職とか待遇とかに不満はありません。ですが……ですが……」


 何かオロオロとし始めるフォーセリア。

 どこまでが主に認められるのか、分からない。

 それは主が定めた掟に逆らうかもしれない。

 でも、自分が達成したのは生命の誕生。

 主の目指す道を一つ前に進めたと言える。

 だったら言って良いのではないだろうか。

 だからフォーセリアは覚悟を決めて、自分の想いを伝えた。


「あの、子供が欲しいです……」


 主はこの大地しか要らないと仰られた。

 だからこの願いは聞き届けれられる筈はない。

 でも。

 それでもフォーセリアは欲しかった。

 お父様との愛の結晶が。

 当然、断られるだろう。

 それ以外でと言われるだろう。

 それも覚悟の上で言った言葉。

 ただ……


「子供か。……いいよ。二人頼む。」


 軽く返された主人の言葉。

 最初は聞き間違えかと思ったが、創造主がそんな間違いを言うはずがない。

 だからこれは真実の言葉。


 つまり、フォーセリアは頬を赤らめた。

 別に恥ずかしいことではない。

 世界創造に出産はつきもの。

 だが、ここで父と娘の価値観の違いが如実に表れる。


「っていっても……、——へ?」


 気軽に答えた主は、彼女の赤らめた頬に目を剥いた。


「よ、よろしいのですか? 嬉しいです。実は先程、手を繋いだ時にはすでに産気づいていたみたいで……」


 おい、やめろ! というリデンの顔。

 そんな設定にはしていない。

 人間だった気持ちで神の脳も充血しそうになる。

 でも、今回はダメ。

 っていうか、今はダメ。


「それに、実はお父様のお声を聞いたことで、耳から受精したみたいです。」


 だから言い方‼

 推しの声優がうんたらかんたら……、な言い方‼


 そも、フォーセリア単独で大地を生み出せる。

 彼女の中では主の許可が、自分を妊娠させていると考えているっぽい。


「そ、そうか。それくらいなら……」


 それはリデンにとって好都合だった。

 フォーセリアのその性格がではなく、二つの大地を作らなければならないと考えていた。

 ここは神がいる世界。

 そして、生命の誕生が叶ったのなら、新たな世界が必要となる。


 ——無論、ファンタジー世界だからだが。


「宇宙はそもそも10次元のリソースがあるらしい。んで、俺たちはそれらを何気なく使ってる訳だけど、今は3次元のリソースだけが具現化している。それでプラス1は人間が作る時間軸に当てはめる。だから、あと六つ次元を使える。だから三つずつで新たな大地を作ってほしい。」

「つまり隠し子⁉」

「……二つの大地は正式にみんなにも公表するから、隠さない。」

「つまり認知‼」

「……認知……する。っていうか、そうなの!いるんだからいるの!」


 会話が進まない。

 とにかく残されたリソースに二つの大地を作ってもらう。

 まだ単細胞生物の場合はいい。

 基本的には彼らは自身の細胞分裂により増えていく。

 ある意味では不老不死だ。


「フォーセリア。この程度で顔を赤くしていたらキリがないぞ。」

「な、なんと⁉」


 今後誕生する生命は違う。

 雌雄ある生命が生まれたり、多細胞生物が生まれたり。

 つまり生命の機能停止を死と呼ばなければならない日がやってくる。

 この荒れ果てた世界に、ついに魂が現れる。

 神がいるファンタジー世界なのだから、やはり魂じゃ存在する。

 そして、その魂に行き先が必要になる。


「でしたら、私。産みます!大きな子を産んでみせます!」

「フォーセリア、頼んだぞ。マジで大きなサイズの世界を頼む。」


 いわゆる『黄泉の国』の誕生


 魂は個体や液体、もしくは気体?

 概念があやふやなので、地上ほど凝った作りにしなくていい。

 けれど、これから先の世界を考えれば相当大きくなければいけない。

 いずれ天界を作ったり、輪廻転生を司るシステムも必要になる。

 これは流石に全てを丸投げしたい。

 勿論、転生はさらに未来の話、でも死の概念は直ぐに必要だ。

 だから天界は後回しで、急いで黄泉の神を作らなければならない。


「さて、俺は俺で子供を産むか。この場合、俺がフォーセリアに受精させられ……、——いや、考えない。考えない。」


 今せっせと黄泉の国の輪郭はフォーセリアが作ってくれている。

 大地の数倍程度ではすまない大きさにするべきだろう。

 ある程度したら輪廻転生の仕組みを作るとはいえ、太陽系くらいの大きさは欲しい。


「フォーセリア。側だけでいいぞ。中身は子供に作って貰う。」

「そ、それはつまり……」

「つまり、そう——」


『冥界の女神ヘスティーヌ』


 冥界、黄泉の国の女王となる。

 天界と地上とは一線を画す存在である。

 だから、フォーセリアや他の神とはイメージが異なる。

 イメージは出来るだけ黒、しかも漆黒。

 漆黒の髪、白い肌、血を連想する赤い瞳と赤い唇。

 そして……性格。

 あんまり危険な思想は黄泉の神が担う魔法を考えると危ぶまれるが……


「こんばんは、お父様……。せつはお父様の為に生まれました。お父様が死ねと言われるのならば、私は喜んで死にます。ですから、お父様は私が死ぬところをしっかりと目に焼き付けてくださいね。だって、拙に死ねと言ったのはお父様ですもの。どこがいいですか? どう死ねばいいですか?手首ですか?飛び降りですか?首吊りですか?それとも……。も、もしかして、一緒に死んでくれるんですか?勿論、一緒に死んでくれますよね?じゃあ、どうしますか?危ない薬剤を混ぜますか?それとも……」


 漆黒の髪に血色の悪い青白い肌。

 白い着物がよく似合う綺麗な女性だが、彼女の口からいきなりぶっ飛んだ言葉が飛び出した。

 ちょっと笑っているところもかなり怖い。


「こ、こんばんは。ヘスティーヌ。黄泉の国を任せるっていうのは、そういう意味じゃない……からね?神様って結構気軽に黄泉の国に行くから、俺と一緒に死ぬとか行ったら死ぬとかないからね。っていうか、神様は死なないし。君には俺の子供として黄泉の国の管理を任せたいんだ。」


 確かに死の国をイメージしたが、自分が生み出した神に生まれた瞬間に、一緒に死のうと言われるとは思っていなかった。

 こんばんはと言える時間でもない、時間軸さえも分からない。

 だが、反射的にこんばんはと返事をしてしまったくらい、圧があるのは間違いない。

 つまり、彼女が生まれた瞬間にこの世界は死ねる環境になった。

 神には元々死に概念さえ存在していないのに、彼女がいるだけで自分も死ぬのではないと思ってしまうほどの死の気配。

 ただ、その言葉とは裏腹に、彼女も恭しく跪いてくれた。


「お父様。拙にも頭なでなで、お願いします。あぁぁぁ、申し訳ありません。首を締めたくなりました?首を絞めて下さっても……、拙は構いませんので」


 近くでアレクスが飛び回っているというのに、彼女の瞳にはハイライトが無い。

 いや、そも神なのだから光源など関係ないのだが。


「そのままでいいよ。頭に手を置くぞ。そして、君にはこれを託す。」


『魂魄魔法』


「生命の生死を司る神になれ。そして姉フォーセリアが今作っている黄泉の国の女王として君臨してほしい。これからどんどん忙しくなる場所だ。必要に応じて眷属を作り出せる能力も与えておく。」


 父の言葉、それはヘスティーヌの心を抉った。

 そんなヘスティーヌは右手に何か小さなものを握っていた。


「今来たこのコロコロしたやつの相手をしろと……。お父様はいらっしゃらないのに⁉この暗闇の中、次から次に落ちてくる、このコロコロと私は一人きり……。一緒に死んでもくれないのに?……なんて酷い。でも……好き。」


 あぁぁぁぁ、めんどくさい!

 だってしょうがないじゃん!

 ここは剣と魔法の国なの‼

 死んだら消えるみたいな設定にできる訳ないじゃん!

 いやいや、確かにそう思うよ?

 死の国を任されるってどんな気持ち?とか。

 でも、これは苛めじゃないからね⁉


 と、人間時間における10の10乗分の1秒ほど思ったが、絶対神は決して顔には出さない。

 けれど優しさはある。


「最初の頃は放り込んどけばいい。まだまだ転生を考えるほどじゃないし、きっとその生命だったものも意思は持っていない。どちらかというとまだ意思に見せかけた化学反応だ。だから適当にふわふわさせておけばいい。なんなら、すぐに眷属を出して、そいつらに管理させてもいい。俺は上を見てくるから、こうして欲しいとかはフォーセリアに言ってくれ。時間があれば上の世界にも来ていいからな。っていうか分かっていると思うけど、俺たち神は繋がっているぞ。」

「むぅ。イケズです。お父様……」

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