それはきっと、語られることのない誰かの物語

第77話 それは違うよ

 その後、一度ゆきさんの家に連れて行ってもらって、服を着替えさせてもらった。雨に濡れて思ったより体が冷えていたので、温かいお茶を頂いた。


「では……僕はこれで」お茶を飲み終わったみなとさんが、「なにかあったら、ご連絡ください」

「はーい」ゆきさんが答える。「探偵事務所の件は、すでに結構進んでることだから……近いうちに連絡できると思う」

「わかりました」そしてみなとさんは私を見て、「……一人にしても大丈夫、ですか?」

「あ……はい。もう、大丈夫です」


 もう死のうとしたりしない。できる限り図太く生きてやると決意したばかりだ。絶対に幸せになってやる。だから、死ぬわけにはいかない。


「では……今度会うときは、同僚かもしれませんね」


 そんな言葉を残して、みなとさんは去っていった。ゆきさんが車を出そうかと提案したが、みなとさんが断っていた。


 私の初恋の相手で、今の恋の相手でもあるみなとさん。


 ……絶対に手に入れたいな……今回の一件にも、みなとさんは付き合ってくれた。関係がないと無視することもできたのに、わざわざ手伝ってくれた。その優しさを、私は一番近くで受け取りたい。


 ……どうしたらみなとさんを私のものにできるかなぁ……しっかり考えないと。


「……じゃあ、私もそろそろ行くよ」

「うん。一人で大丈夫? 送っていこうか?」

「……」そこまで心配されるほど、私は追い詰められていたんだな。だけど、「もう大丈夫だよ。それから……ゆきさん」

「なに?」

「ありがとう」私は深々と頭を下げる。「……」


 その後の言葉は出てこなかった。お礼の理由を適当につけることはできるけれど、なんとなく意味がないような気がした。お礼の言葉だけで、ゆきさんには伝わる気がした。


「お礼なんていらないよ。私がやったことなんて……犯罪行為のアドバイスしたくらいだし」

「……言われてみればそうかも……」

「そうそう。みなとさんを何がなんでも手に入れろって言ったのは私だし……悪く言えば、私がすべての元凶とも言える」

「それは違うよ」明確に否定できる。「私は……ゆきさんにアドバイスを貰わなくても、同じことをしてた。それで……ゆきさんがいなかったら、さくらさんの真相にはたどり着けなかった」


 みなとさんのストーカーを始めるのは、私が決めたことだ。きっとゆきさんに相談する機会がなくても、同じことをしていた。

 だから、ゆきさんのせいじゃない。悪い人間がいるとしたら、それは私。


 もう一度頭を下げてお礼を言おうかと思ったが……やめた。代わりにゆきさんの目を真っ直ぐ見つめて、


「……」

「……」


 お互いに笑い合う。たぶん、それだけで通じあえたと思う。なにが通じ合ったのかはわからないけれど、私たちはこれでいいのだと思う。


「じゃあね」

「うん」


 そんな軽い別れの言葉を交わして、私はゆきさんの家をあとにした。


 さっきまであんなに降っていた雨は嘘のようになくなっていた。太陽が地面に残る雨を照らして、なんだか幻想的な雰囲気が漂っていた。

 

 ……さくらさんにも、この景色を見せてあげたかったな。


 ……


 やはり、さくらさんのことを忘れるなんて不可能だな。ずっと私は、さくらさんのことを背負って生きて行くのだろう。事あるごとに彼女の笑顔を思い出してしまうのだろう。そのたびに、申し訳なくなるのだろう。


 でも、それでいい。私はさくらさんのことを背負って生きていく。その上で、幸せになってやる。そう決意したのだ。


 電車に揺られて最寄り駅まで到着する。


 今日は久しぶりに、公園の中でも通ってみよう。最近は迂回していたけど……なんとなく中を通ってみたくなった。まぁみなとさんを呼び出したときもこの公園だったから、久しぶりというわけでもないけれど。


 別に変化もない。ただの公園だ。いつもどおりの公園。キレイにも汚くも見えない。それくらい、私の心は安定しているのだと思う。


 この安定は、私が死ぬまで続くだろう。いや、続かせてやるのだ。絶対に幸せに……


 そのまま家に向かって公園を歩いていると、


「あ、あの……!」

 

 突然、女の子に声をかけられた。

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