第48話 バームクーヘン

 ちなみに1ヶ月前から……私と部長はギスギスしている。あの飲み会で衝突してから、当然関係は悪化した。といっても表立って攻撃してくるわけじゃなくて、なんとなく雰囲気が悪くなったというだけ。

 

 そんな部長が、急に私を呼んだ。これは……1ヶ月遅れのお叱りだろうか。急に飲み会の邪魔をされたことにイライラしてきたのだろうか。


「聞こえんのか青鬼あおき


 聞こえないフリして誤魔化そうかと思ったが、どうやらそれは通用しないらしい。仕方がないので部長のデスクまで移動して、


「……なんでしょう……?」

「社長がお呼びだ」

「……え?」

「聞こえなかったか?」聞こえたから聞き返した。「社長がお前を呼んでいる。今すぐ社長室にいけ」

「しゃ、社長室……?」なんで? なんで社長が私を? 「私……クビになるんですか?」

「さぁな」部長は案の定というかなんというか……とても不機嫌そうだった。「……さっさとクビになってくれれば助かるんだが……」

「は、はぁ……」私も部長がクビになってほしいとは思ったことはある。「とにかく、行ってまいります」

「ああ。退職土産はバームクーヘンを買ってこい」


 今度こそ聞こえなかったフリをして、私は社長室に向かう。なんだ退職土産って。なんでクビになる前提なんだよ。そもそも私みたいな末端社員をクビにするのに社長がわざわざ呼び出さないだろう。


 ……じゃあなんだろう……なんで社長に呼ばれるのだろう。あの飲み会の一気飲み伝統……本当に会社の伝統だったのだろうか……伝統だったから壊して怒られるのだろうか……


 社長室なんて行ったことがないので、壁にある地図を確認する。上の階の……大きな部屋か。


 階段を上がって廊下を歩く。途中で社員らしき人とすれ違ったので礼をして、扉の前にたどり着いた。


 社長室……なんだか場違いなくらい豪華な扉だった。コンクリートが直接むき出してるようなビルに、いきなりファンタジーの王様がいる玉座の扉があるみたいな……ここだけやたら豪華な扉だった。


 深呼吸をして、ノックをしようとする。そこで一瞬思考する。しかし結局呼び出された理由はわからないので、いを決して扉をノックした。


「入りたまえ」

 

 中から入室許可が聞こえたので、私は扉を開けて、


「……失礼します」頭を下げて室内に入って。「青鬼あおきです……その、なんの御用でしょうか」

「まぁ座りたまえ」

「は、はい……」


 そんな腰を据えて話すことなのだろうか。やっぱりクビか。


 社長室の中は予想通りというか……きらびやかな部屋だった。謎の甲冑まで置いてあるし、壁には高そうな絵画。ソファも机も高級そうな匂いがプンプンする。


 そして机の上には、お茶が置いてあった。これも高いお茶なんだろうな……お茶碗も古そうでお高そうで……


 私が下座に座ると、社長がすぐとなりに座ってきて、


「静岡から仕入れた高級茶葉なんだが……お口に合うかな?」

「え……あ……」

「遠慮せずに飲みたまえ。キミのために用意したんだ」……なんか嫌な予感がしてきた。いやまさかそんな……「私の入れた茶が飲めんか?」

「い、いえ……」仕方がない……睡眠薬が入ってるわけでもないだろう。たぶん。「い、いただきます……」


 お茶を口に含んでみる。熱々で飲みづらかったが、なんとか一口。

 

 ……わからん……おいしい、のか? お茶の味はこれが正常なのか? ちょっと濃すぎる気が……いや、これが高級茶葉なのか? 茶葉ってなんだ? 名前は聞いたことあるけれど、詳しくは知らん。


「どうだね?」

「……」おいしいです、と言いかけて、「……申し訳ありませんが……わかりません」

「……ほう?」社長は目線を鋭くして、「それはどういう意味かな?」

「……言葉のとおりです。私は高級なお茶を飲みつけておりませんので……このお茶に対する正当な評価を下すことはできません」

「……」怒られる、かと思ったが、「なるほど……噂通り正直者だな。気に入った」


 気に入られてしまった。と言うか噂? 私が正直者? なんとも間違った噂が広がっているものだ。


 というか……本当になんで私は社長室に呼び出されたの? お茶の味見、じゃないよな? 


 ちょっとだけ呼び出された理由を察することはできるけれど……私に限ってまさか、そんな……

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