第35話 桜

 それから……さらに数週間が経過してしまった。私がみなとさんを追い求め始めてから一ヶ月以上経過している。


 さすがに、焦ってきた。このままみなとさんに会えないのではないかという焦りが出てきた。もしかしたら推測したみなとさんの生活圏内が的はずれなのではないかという考えも、私の頭を多く支配するようになっていた。


 そんな時期だ。私はいつものように出社して、いつもと違う光景を目の当たりにしていた。


「さ……さ、……」さ……どうした。「さくら牡丹ぼたんです……」


 出社して、珍しく社長が営業部にいた。そしてその傍らには背の低い女の子。その女の子――さくら牡丹ぼたんさんはとてつもなく緊張しているようだった。

 

 なんだか小動物みたいな人だった。オロオロしてて、視線が常にキョロキョロしている。小さくて痩せていて、童顔。本当に社会人かと疑いたくなるような人物だ。お酒を買ったら、間違いなく年齢確認されるだろう。


 隣の社長が咳払いをしてから、

 

さくらさんは本日から営業部で働いてもらうことになった」それから社長はさくらさんの肩をたたいて、「ほら、あいさつ」

「は、はい……!」声が裏返っている。そんなに緊張しなくてもいいのに。「さくらです……その……あ、えっと……一生懸命……頑張りますので、どうかよろしくお願いします……!」


 やる気だけは感じる。そのやる気は完全に空回りしているけれど、その空回りさえ解消できれば、戦力になるかもしれない。

 まぁ、この会社に新人教育をする人なんていないけれど。放置して、使い物になれば会社に残る。使い物にならなければクビにする。ただそれだけ。


 そんなこんなで新人さんのあいさつが終わって、通常業務が開始される。私も新人のことなんて興味が無いので、さっさと自分の仕事に取り掛かる。

 早く仕事を終わらせて、みなとさん捜索にいかなければならない。新人に興味を持っている場合ではない。


 興味はない……興味はない……そう自分に言い聞かせられていた時間は、5分ほどだった。


 好奇心に負けて、私は自分のパソコンから目を離す。そしてオフィスの中を見回すと、


「……」


 さくらさんを見つけた。


 さくらさんは……なにやらずっとその場に立っていた。オロオロと周りを見回して、誰かに声をかけようかとしてはうなだれていた。


 それもそのはず。誰もさくらさんに目を向けない。全員が彼女を無視するように自分の仕事に没頭していた。私もその1人だった。


 ……こうしてみると、このオフィスの雰囲気最悪だな。どんよりしてるし、なんだか暗い。物理的にも精神的にも暗い。暗さの原因は私も担っているけれど……まさかここまで暗い空気だったとは。


 そんな中に放り込まれた新人さん。さぞや不安だろう。手にはなにやら分厚い書類が握られている。その状態で、彼女は立ち尽くしていた。


 なんで立っているのだろう。座ればいいのに……と思った瞬間、


「あ……まさか……」


 思わずつぶやいてしまった。


 まさかこの会社……新人に席を案内していない? 新人用の席を用意していない? 今までの新人は……どうやって自分の席を手に入れていたの? 早いもの勝ちのサバイバルなの? イス取りゲームなの?


 いや……たしかに空席は存在する。そこまで人気の会社じゃないので、人手不足。空席があるのは確かだ。


 だが……その席が空席かどうかなど、新人に判断できるはずもない。もしかしたらトイレに行っているだけかもしれないし、今日はたまたまお休みなだけかもしれない。そんな状態で、新人が席に座れるはずもない。


 この会社……本当に新人教育する気がないんだな。席くらい案内してやれよ……さっきまで社長がいてその状態なのか……部長も先輩も、誰も新人に声をかけない。


 ……私もその1人だろうが。なにを自分を棚に上げて他人を批判しているんだ。


 どうせ私も、新人を助けない。このまま彼女が不安に押しつぶされても関係がない。新人になんて関わっている暇はない。さっさと仕事を終わらせてみなとさんを探さないといけないのだ。


 ……


 ……


 ああ……もう……わかったよ。

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