第23話 あ、ごめーん

 そしてその日の夕方、いつものように休日出勤。今日はいつもより長く休めた。お昼すぎまで休日が続くなんてあまりないことだ。


 薄暗いオフィスで仕事をこなしつつ、私は壁にかけられているカレンダーを確認する。


 ……次にみなとさんのサービスに申し込めるとしたら、2週間後の日曜日……いや、そんなに待っていられない。どれだけ我慢できても1週間だ。来週の土曜日。その日が最短の休み。


 問題は上司に呼び出されるか否かだが……そうならないようにこの1週間で仕事を進めておこう。ある程度仕事が進んでいれば、呼び出される確率は低くなる。まぁ仕事がなくても呼び出される可能性はあるけれど……


「やっほー青鬼あおきさん」

「……あ……」また同僚に話しかけられた。いつも私に仕事を押し付けてくる人A……名前は思い出せない。その人は缶コーヒーを飲んでいた。美味しそう。「お疲れ様です」

「大丈夫大丈夫、あんまり疲れてないよ」あなたの仕事も私がやってますからね。「ねぇ聞いてよ……今日さぁ……社長に呼び出されちゃって」

「社長……ですか」

「そうそう……それで噂の金庫見せられたよ。金があるから私の愛人になれって……昭和すぎるよねぇ。金だけくれって思ったよ」


 令和すぎる。いや……今のツッコミは令和を生きる人に失礼だった。心の中で謝罪しておこう。


「社長……その金でハゲをなんとかすればいいのに……」辛辣すぎる。どうしようもないかもしれないじゃないか。「とにかく、面倒くさかったなぁ……最近雇った運転手が美人だとかなんだとか、どうでもいいことも聞かされて……イライラする」

「は、はぁ……」


 最近雇った運転手……美人の人を雇ったらしい。興味ないし、私には関係ないけれど。


青鬼あおきさんもムカつく」ごめんなさい。「いつも気のない返事ばっかりして……もっとシャキシャキ喋りなよ。おっきな声でさ」

「す、すいません……」

「……」それから同僚さんはなにやら悪巧みを思いついたように笑って、「あ、ごめーん」


 謝ってから、彼女の手から缶コーヒーが滑り落ちてきた。その缶コーヒーは音を立てて私の机に落下して、横に倒れる。そして中から出てきたコーヒーがデスクにあった書類を濡らした。


「あ……」慌てて、私は缶と書類をどける。そして思わず同僚を見て、「……」

「なにその目? まさか私がわざと缶を落としたとか言いたいの?」

「……いえ……その……」わざとだろう。謝ってから、落としてただろう。「その……」

「だからもっとはっきり喋りなよ。イライラする」

 

 そう言い残して。同僚は去っていった。当然のように書類も置いていったので、この仕事もこなせということだろう。


「……」


 舌打ちしそうになって、なんとかこらえる。そして濡れた書類やデスクをティッシュとハンカチ、雑巾で処理し始める。


 嫌がらせ……だろうな。気持ちはわかる。弱い私にイライラするのは他人だけじゃない。私だって自分にイライラする。反論できない自分に腹が立つ。バシッと言ってやれればいいのに……


 ……やっぱり、ちょっとくらいは変わりたいな。少なくとも、こうやって仕事を押し付けられたり嫌がらせを受けないくらいには強くなりたい。それを強さというのかはわからないけど……とにかく強くなりたい。


 でも、変わり方がわからない。どうやったら変われるのか、それがわからない。


 涙が出そうだ。でも、社内で泣きたくない。また陰口を叩かれるのは目に見えている。誰も助けてくれないどころか、冷笑されるのがオチだ。

 誰か助けてくれたとしても、惨めな気持ちになるだけだ。

 自分一人で乗り越えないといけない。この気持ちを整理して、強くならないといけない。


 ああ……ああみなとさん。早くあなたに会いたい。それだけが今の私の希望です。

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