はじめての

第22話 逸脱した

 私のすべてを肯定してくれる人、みなとさん。みなとさんはサントクというインターネットアプリ(自分の特技や自分の作った商品を売れるサービス)で、依頼者を肯定するというサービスを提供している。

 その優しさに触れた私は、みなとさんに恋をしてしまう。みなとさんの優しさがサービスだから私にもたらされていることは承知の上だが、もう心が止められない。


 ゆきさんと別れて自宅に戻って、私は1人考える。


 なんとかみなとさんとお近づきになりたいが、みなとさんは住所や個人情報の開示はしていない。もう一度サービスに申し込んで住所を聞いても、答えは返ってこないだろう。


 つまり……


みなとさんの……プライベートの一面と知り合いになる必要がある」


 サービス提供者としてのみなとさんじゃなくて、本来のみなとさんと知り合いにならなければならない。商売抜きでみなとさんと知り合って、仲良くならないといけない。


 無論、これは逸脱した行為であり、逸脱した好意だ。みなとさんは個人情報を開示していない。なのに、私はその個人情報に踏み込もうとしている。


「正面からはダメ……あくまでも偶然を装って……」


 私がみなとさんの個人情報を取得しようとしていたことがバレてはいけない。あくまでも偶然、私はみなとさんの個人情報を知ってしまうのだ。

 運命の出会いを偽装する。そうすれば……なんとかお近づきになれるかもしれない。


 だんだんと、危険思考に染まっている自覚はある。だけれど、もう止められない。はじめて見つけた恋のお相手。そう簡単には諦めたくない。気持ち悪いのは承知の上だが、もうやるしかない。


「問題はその方法……」独り言が多くなってきた。「どうやってみなとさんと知り合うのか……」


 その方法がわからない。現状の手がかりは……『おそらく県内に住んでいる』ということだけ。移動費のことを考えると、遠くに呼び出されたのでは儲けにならない。少なくとも3500円以内で県内の多くのところに移動できる。

 

 山奥の……仙人みたいなところに住んでいる? いや、それはない。交通状況が悪いところだと、タクシー等を利用する必要が出てくる。自転車で移動して電車に乗っている可能性は? そう考えると山奥でも……


「ああ……もう……」


 情報がなさすぎる。この広い県内で、たった一人の男性を偶然見つける? そんなことができるわけがない。もっと……もっと情報が欲しい。彼についての情報が、必要なのだ。


 インターネットで検索してみるが、彼は一般人。当然大した情報が出てくるはずもない。時折、彼のようなサービスを提供している人が出てくるが、個人情報にはつながらない。


 ガードが硬い……さすがみなとさん。それでこそみなとさん。


 こうなったら……方法は1つしかない。


「もう一度、申し込む」


 みなとさんのサービスをもう一度受けて、個人情報を引き出す。せめてどの場所に住んでいるのか……その大まかな情報を掴まないといけない。

 

 そのためには、やはりもう一度みなとさんと会わないといけない。前回のように漠然とした出会いじゃなくて、今度は情報収集が目的。やってはいけない行為だとはわかっているが……だからこそ燃え上がってしまう。


 タブーに触れる……それは私の人生にとってはじめてのことだった。今まで大人しく、ルールを守ってきた私が、こうして危険行為をしようとしている。


 なんと、甘美な行為なのだろう。こんなに心臓が跳ね回るものだとは思っていなかった。なんと、甘美な好意なのだろう。


 恋の味も、タブーに触れる行為の味も……はじめて知った。もっと早くに知っておけばよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る