第17話 恋

 意外と夢のような時間だった。期待値が低かったせいなのか、とてもみなとさんのサービスを楽しむことができた。

 全肯定してくれるサービス……最初は当たり障りのない言葉しか投げかけられないのだと思っていた。だけれど、みなとさんは違った。しっかり私の長所短所を理解して、私の内面を肯定してくれた。


 そんな風に私のことを褒めてくれたのは、両親くらいだ。もうすでに亡くなっている私の両親。その時以来のぬくもりを、私は忘れることができずにいた。

 

「あれ青鬼あおきさん……なにか良いことあった?」


 いつも通りの職場で、同僚の女性が話しかけてきた。この人は……この間私に仕事を押し付けてきた人だ。


「え、ああ……まぁ、そうですね」

「へぇ珍しいね。いつも辛気臭い死にそうな顔してるのに」死にそうですいません。「まぁちょうど良かったよ。この仕事、ついでにやっといて」

「……あ、あの……」

「ありがとう」まだ引き受けてないですよ。「ちょっと今日忙しくてさぁ……青鬼あおきさんがいてくれて助かった」


 というわけで、いつも通り仕事を押し付けられた。


 ……結局こうなるんだよな。みなとさんと会話して、少し気分が明るくなっても、私の弱さや現状は変わらない。


 そんなとき、みなとさんの言葉が脳裏に蘇ってきた。


むぎさんが変わりたいと願うのなら、それも否定はしませんよ。変わるあなたも、変わらないあなたも……僕は受け入れます』


 私が変わりたいと願うのなら……


 ……私は、変わりたいと願っているのだろうか。現状を変えたいと思っているのだろうか。


 今の私は、一応生活が成り立っている。仕事を押し付けられたり上司に怒られたりするけれど、それは私の弱さに起因するものである。

 今のまま過ごしても、生きてはいけるだろう。お金はもらえているし、もっと仕事を続ければ楽にこなせるようになるかもしれない。


 そんな現状を、私は変えたいと思っているのだろうか。今の弱い自分と決別して、変わりたいと願っているのだろうか。


 わからない。いつからか、自分の心がわからなくなっている。自分の心を後回しにしすぎた結果、自分の心がもはや他人みたいになっている。


 こんなとき、みなとさんならなんて言ってくれるだろう。私になんて声をかけてくれるだろう。みなとさんならどう思うだろう。


 ……


「はぁ……」


 思わずため息をついて、少しだけ天井を見上げる。しかし休んでばかりもいられないので、すぐにまた仕事に取り掛かった。


 みなとさんも今頃、仕事中なのかな。今も誰かを肯定しているのかな。それとも他の仕事中なのだろうか。あるいは試験に向けての勉強中だろうか。絵の練習中だろうか。


 ……


 気がつけば私は、みなとさんのことばかり考えている。朝起きても夜寝るときも、みなとさんのことを考えてしまっている。


 他人みたいになった自分の心……そんな状態でもわかる。


 私は、みなとさんに恋をしている。

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