第15話 なんだかクセになりそう
思えば、最後に肯定されたのはいつだっただろう。最後に褒めてもらえたのはいつのことだっただろう。
無論、見かけだけの賛辞や肯定は受け取ることもある。かわいいとか、優しそうとか……お店の店員さんと話せば、否定されることは珍しい。
だけれど……今回みたいに……ちゃんと私を見て褒めてくれたのは、ちゃんと私を見て肯定してくれたのは、本当に久しぶりだった。子供の頃に両親に褒めてもらって以来の感覚だった。
もちろん彼がやっているのは仕事だ。
それでも、私は嬉しかった。涙が出てくるほどに、心が満たされてしまった。
喫茶店風光明媚……その店内で、私は涙を拭って鼻をかむ。
「……おさわがせ、しました……」まだ鼻声だが、ちょっとだけ落ち着いてきた。「すいません……いきなり泣き出しちゃって……」
「い、いえ……それは大丈夫なんですが……」
「違います」ここは明確に否定しなければならない。言葉で伝えるのは苦手だけれど、頑張らないといけない。「傷ついてなんかないです……むしろ、嬉しくて……その、こんなに優しい言葉をかけてもらったのが、本当に久しぶりで……だかその……
「そ、そう、ですか……」一応納得してくれたようだった。「それならよかったんですが……もしも僕の言動が不快ならば、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「大丈夫、です……」
だから、安心して会話ができる。それが仕事のための優しさであることは重々承知しているが、だからこそ安心できるのだ。
「すいません……」私はもう一度謝ってから、「とりあえず……注文しましょうか。お昼にはちょっと早いですけど……飲み物だけでもいいですし」
「そうですね……」
「あ、紅茶派ですか?」
「そうなりますね。コーヒーを飲むと少し胃が荒れてしまって……」
「ああ……わかります」私も胃が弱いタイプなので、コーヒーはあまり飲めない。好きなのだけれど。「じゃあ……私も紅茶ですね」
注文が決まって、
ちなみに……
ありがたい配慮だった。これ以上
「紅茶を2つ、ですね。かしこまりました」
礼をして
紅茶を2つ注文して、また
もう私は、
ということなので、さらに聞いてみる。
「
「学生時代ですか? そうですね……部活はなにもやってませんでした。帰宅部でもなかったのですが」
「……?」
帰宅部でもなく、部活もやってない? どうしてそんな表現になるのだろう。部活をやってなければ、帰宅部と呼んでいいと思うが……
「そもそも、高校に行っておりません」
「あ……」しまった。話しやすい話題を選んだつもりが、地雷を踏んでしまった。「す、すいません……」
「いえいえ」
「高卒認定試験……ああ、聞いたことあります」
高校を卒業できるくらいの学力がある、と認められる試験だったはずだ。そして大学受験の資格を得られる。受験が認められない大学もあるのかもしれないが……ともあれ受験資格が得られる試験だったはずだ。
「はい。それを受けて合格して……できれば大学に行こうかと。そのための学費を稼がないといけないので……いろんな仕事に手を出しているわけです」
つまり、この全肯定サービスもその一環か。これだけで生きているわけじゃなくて、他のこともやっているらしい。そりゃ大学の学費を稼ぐとなると、それくらい必要になるだろうな。
まぁ、この会話が真実なのかも不明だけれど。仕事用に用意した会話なのかもしれないけれど。そんなものはどっちでもいい。真実でも嘘でも、今この会話が楽しければいいのだろう。
ああ……この感覚……なんだかクセになりそう。
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