第15話 なんだかクセになりそう

 思えば、最後に肯定されたのはいつだっただろう。最後に褒めてもらえたのはいつのことだっただろう。


 無論、見かけだけの賛辞や肯定は受け取ることもある。かわいいとか、優しそうとか……お店の店員さんと話せば、否定されることは珍しい。


 だけれど……今回みたいに……ちゃんと私を見て褒めてくれたのは、ちゃんと私を見て肯定してくれたのは、本当に久しぶりだった。子供の頃に両親に褒めてもらって以来の感覚だった。


 みなとさんの肯定は……私の上っ面だけを見ての肯定ではなかった。しっかりと私を理解して、私のことを肯定してくれた。どこにでもあるありふれた言葉じゃなくて、私の行動と内面を見透かして肯定してくれた。


 もちろん彼がやっているのは仕事だ。みなとさんは仕事だから私を肯定してくれている。そんなことはわかっている。


 それでも、私は嬉しかった。涙が出てくるほどに、心が満たされてしまった。


 喫茶店風光明媚……その店内で、私は涙を拭って鼻をかむ。


「……おさわがせ、しました……」まだ鼻声だが、ちょっとだけ落ち着いてきた。「すいません……いきなり泣き出しちゃって……」

「い、いえ……それは大丈夫なんですが……」みなとさんはかなり慌てているようだった。「なにか……僕の言動で傷つけてしまいましたか……? だとしたら……」

「違います」ここは明確に否定しなければならない。言葉で伝えるのは苦手だけれど、頑張らないといけない。「傷ついてなんかないです……むしろ、嬉しくて……その、こんなに優しい言葉をかけてもらったのが、本当に久しぶりで……だかその……みなとさんが悪いわけじゃないんです」

「そ、そう、ですか……」一応納得してくれたようだった。「それならよかったんですが……もしも僕の言動が不快ならば、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「大丈夫、です……」


 みなとさんの言葉が、とても選ばれた言葉なのは伝わっている。私を否定しないように、細心の注意を払っていることは会話をしていればわかる。


 だから、安心して会話ができる。それが仕事のための優しさであることは重々承知しているが、だからこそ安心できるのだ。


「すいません……」私はもう一度謝ってから、「とりあえず……注文しましょうか。お昼にはちょっと早いですけど……飲み物だけでもいいですし」

「そうですね……」みなとさんは気を取り直して、「では……僕は紅茶にします」

「あ、紅茶派ですか?」

「そうなりますね。コーヒーを飲むと少し胃が荒れてしまって……」

「ああ……わかります」私も胃が弱いタイプなので、コーヒーはあまり飲めない。好きなのだけれど。「じゃあ……私も紅茶ですね」


 注文が決まって、みなとさんが店員さん……赤星あかほしさんを呼んでくれた。どうやら今この店にいる従業員は赤星あかほしさんだけらしい。


 ちなみに……赤星あかほしさんは私が泣き出したとき、一瞬だけ対応しようか躊躇していた。だけれど、結局私が……助けたれたほうが気にするタイプだと思ったのか、そのまま静観してくれた。

 ありがたい配慮だった。これ以上赤星あかほしさんに迷惑はかけられないので、気づかないふりをしてもらえて助かった。


「紅茶を2つ、ですね。かしこまりました」


 礼をして赤星あかほしさんは厨房に入っていく。なんだかそんな一連の動作すらも美しい。高校時代とか……本当にモテただろうな。なんかどっかの部活のキャプテンとかやってそう。


 紅茶を2つ注文して、またみなとさんと2人きり。


 もう私は、みなとさんの前で泣いている。最大級の恥ずかしい姿を見せつけている。そのことから、逆にちょっとだけ安堵感を得ていた。これ以上の失態を晒すことはもうないのだから、少し安心できる。


 ということなので、さらに聞いてみる。


みなとさんは……部活はなにかやっておられましたか?」

「学生時代ですか? そうですね……部活はなにもやってませんでした。帰宅部でもなかったのですが」

「……?」


 帰宅部でもなく、部活もやってない? どうしてそんな表現になるのだろう。部活をやってなければ、帰宅部と呼んでいいと思うが……


「そもそも、高校に行っておりません」

「あ……」しまった。話しやすい話題を選んだつもりが、地雷を踏んでしまった。「す、すいません……」

「いえいえ」みなとさんは気にした様子はないが……それは見た目だけかもしれない。「高校に行ってないことに、後悔はありませんよ。それに……今は高卒認定試験というものを受けようとしてます」

「高卒認定試験……ああ、聞いたことあります」


 高校を卒業できるくらいの学力がある、と認められる試験だったはずだ。そして大学受験の資格を得られる。受験が認められない大学もあるのかもしれないが……ともあれ受験資格が得られる試験だったはずだ。


「はい。それを受けて合格して……できれば大学に行こうかと。そのための学費を稼がないといけないので……いろんな仕事に手を出しているわけです」


 つまり、この全肯定サービスもその一環か。これだけで生きているわけじゃなくて、他のこともやっているらしい。そりゃ大学の学費を稼ぐとなると、それくらい必要になるだろうな。


 みなとさんもいろいろ大変なんだな……どんな人がこんな仕事をしているのかと思っていたが、どうやら結構真面目な人物らしい。


 まぁ、この会話が真実なのかも不明だけれど。仕事用に用意した会話なのかもしれないけれど。そんなものはどっちでもいい。真実でも嘘でも、今この会話が楽しければいいのだろう。


 ああ……この感覚……なんだかクセになりそう。

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