第4話
佐久間先輩が言っていた通り、彼女、ブロッコリーさんはあれから毎日決まった時間にブロッコリーを買いに来た。
カゴを取ることもなくまっすぐに野菜売り場に向かうと、迷うことなく一番手前に置いてあるブロッコリーに手を伸ばす。ブロッコリーの価格はここ数カ月百五十八円と変動していないから、彼女は財布をもってくることもなく、必要な小銭だけを握りしめてやってくる。
袋もいらない、レシートも受け取らない。ポイントカードももちろん作らない。合計滞在時間、約三分。
そんな変わったブロッコリーさんを見るのも、今日で最後となる。佐久間先輩とシフトを代わるのは、今日が最終日だ。
時計を見ると、午前十一時二十八分。あと二分もすれば彼女はやってくるだろう。毎日、彼女がやってくる時間は午前十一時三十分。その時間に何の意味があるのかはわからないが、毎日この時間になると必ず彼女は現れる。
そんなことを思っている間にもう時刻は十一時二十九分。お決まりの時間まではあと十秒。どこかゲームをやっているようなワクワクした気持ちで、壁に掛けられた時計の秒針を見つめる。
五、四、三、二、―。
「いらっしゃいませ!」
僕が言うよりも早くに、パートの大久保さんに先を越されてしまった。僕が彼女にいらっしゃいませと言えるのは、これが最後かもしれないのに。
そんなことを考えている間にも、ブロッコリーさんは迷うことなくお決まりのルートをずんずんと進んで行く。スーパーの入り口には、今の時期夏野菜のトマト、きゅうり、なすが破格で並べられている。
バイトの研修のときにこれは習った。もともと買う気がなかったとしても、つやつやの野菜が店内に入ってすぐに目に飛び込んできたら、僕だって思わず手に取ってしまう。スーパーの戦略ってやつ。でもそんなもの、ブロッコリーに一途なブロッコリーさんにはなんの効力ももたない。
野菜売り場の、さらにブロッコリーが売っている場所にたどり着くためのルートは二通り。野菜が売られているブロックの二番目、入口から見て右奥に位置しているブロッコリー売り場にたどり着くためには、多くの人がよく通るきのこ類が置かれている左側の通路を通るよりも、豆腐や納豆が置かれているお惣菜コーナーの脇を通ったほうが速い。もちろん、おそらくこれもブロッコリーさんは知っている。
そうこう考えている間に、ブロッコリーさんの足は着実にレジへと進んでくる。このスーパーのレジは全部で三つ。一番レジは大久保さん、二番レジは西城さん、そして僕がいるのがこの三番レジ。
大久保さんは声は大きくてもまだ仕事が拙い新人のパートさん、西城さんはいい人なのに顔がこわいからいつもレジが空きがち。そして僕は一応このバイトを始めてから三か月経っているからまあまあ仕事はできる。さあ、ブロッコリーさんはどのレジに来るのか―。
「いらっしゃいませ、お預かりいたします」
ブロッコリーさんは、僕を選んだ。
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