第3話
「あっ、もしもし那須木?俺だけど。おつかれー、今日のバイトどうだった?」
「おつかれさまです。大丈夫ですよ。特に変なこと言ってくるお客さんとかはいなかったですし、仕事内容もいつもとそんなに変わらなかったです」
僕が佐久間先輩とシフトを代わった一日目、佐久間先輩は僕にわざわざ電話をかけてきてくれた。こういうところ、佐久間先輩は本当に優しい。佐久間先輩を好きになる女性たちは、彼のこういうところからまず入る。
「そっか、ならよかった。いや、昨日電話切ってから気づいたけど、おまえあの時間入るの初めてだったなって思って。でも大丈夫そうならよかった。あと四日間、よろしくな。―あ、そういえばあの人は?見た?」
あの人。思い当たる人がいないわけではない。でも僕はなぜか―
「あの人って?誰のことですか?」
「ほら、あの人だよ。あれ?俺昨日言ってなかったっけ?」
「ああ、あの変わったお客さんって言ってた」
「そうそう。ブロッコリーさん」
僕の脳裏に、一瞬彼女の姿がよぎった。フライパンくらいありそうな大きなアフロヘア。彼女自身は小顔でも、あの人が歩くだけでいつもと同じ幅の通路がたいそう窮屈に見えた。しかも、購入していったのはブロッコリーがたった一つだけ。前々から従業員たちの間でうわさになっていたのは知っていた。
顔ははっきりとは見えなかったが、見たところ、おそらく僕とはそこまで年齢も変わらないだろう。彼女のことを勝手にブロッコリーさんと呼ぶのは、少しばかり気が引けた。
「明日も多分、その人来ると思うから。よろしく。あ、別になにか特別なことしなきゃいけないわけじゃないんだけどさ。あ、ごめん俺今スマホの電池三パーしかないんだわ、そろそろ切るわな。あと四日間、頼んだ。お土産買ってくるから楽しみに待っ」
僕が返事をする前に、佐久間先輩からの一方的な電話は切れてしまった。おそらく、電池がなくなってしまったんだろう。
ベッドに仰向けになり、天井を見つめる。
「―ん?」
昔からあったはずの天井の染みが、今日はなぜかブロッコリーの形に見えた。
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