30,覚悟の有無

「………………………………」

 オロチの話をき終え、場には静寂せいじゃくが残る。

 俺は今、何も言えずに絶句ぜっくしていた。恐らく、今の俺は何とも言えない顔をしていたのだろう。覚悟かくごはしていた。ユキや王達が抱えるやみは其処まで安いモノではないと理解しているつもりだった。

 しかし、やはり俺は多少はあなどっていたのだろう。まさか、此処までだとは思っていなかった。闇がこれほど深く暗いものだとは思いもしなかった。

 果たして、オロチに対しどう声を掛ければ良いのか?判断にこまる。俺はこの時、どう声を掛ければよかったのだろう?どう反応を返せばよかったのだろうか?どのような言葉をかけるのが正解せいかいだったのか?何も分からない。

 ただ、それでもオロチ達にはオロチ達の苦痛いたみがあった。ユキにはユキの苦しみがあったのだろう。そう、俺は理解したからこそ迂闊うかつな回答は出来なかった。

 そんな事は許されるものではない。きっと、オロチ達にとって安い哀れみや同情心など求めていないだろう。そんなもの、オロチ達にとって侮辱ぶじょくと同じだ。

 そんな事はすべきではない。ゆるされる事ではないから。

 では、俺は彼等にどう声を掛ければ良いのか?どうすれば良かったのだろう?一体何が正しいのか?

「…………後悔こうかいしたか?私の話をいて」

「……いや、少なくとも聞いて後悔したなんて事は無いよ」

 真っ直ぐ、オロチの顔を見てそう答える。それだけは、断言出来た。

「……ふむ、そうか。少なくともお前は私の言葉をしんじるのだな」

 そう言ったオロチに、俺は静かにうなずいた。オロチの言葉は信じるに値する。少なくとも俺は今の話に一切のうそや誇張を感じなかった。

 だからこそ、俺は悩みつつも俺なりの回答かいとうをオロチに示す事にした。それが、果たして最善さいぜんなのかは分からないけど。それでも、俺なりの回答を示す。

 きっと、それが今の俺にとっての最善なのだと信じて。俺はオロチへと手を差し伸べる。こいつはもう、俺にとってはてきではない。手をり合うべき仲間なのだと、そう伝える為に。

「オロチ。そして全ての王達に言おう……お前達にどうかこの手をって欲しい」

「何だと?」

 オロチは怪訝に顔をゆがめる。どうやら、今の話を理解出来なかったらしい。

 いや、或いは理解したからこそその意味いみが理解出来なかったのか?それは分からないけど、それでも俺はもうおうと呼ばれたこの者達を敵だなどと、刃を向ける事が出来ない。

 いや、きっと彼等は最初から敵対てきたいすべき存在では無かったのだろう。共に手を取り合い共に歩む、ともであるべき存在だったのだろうと思う。そう思うから……

 だからこそ、俺は手を差し伸べる。オロチに、王達にあゆみ寄る。俺の考えを示す。

 そして、俺の考えを理解りかいしてもらう為に。この手を差しべる。

「俺はもう、お前達を敵だなどと思えない。もう、お前達とは敵対てきたいしたくない。俺の味方になれとは言わないけれど、せめてユキの味方として手伝てつだって欲しいと思う」

「……………………」

「どうか、たのむ。この手を取って欲しい」

 そう言い、俺はオロチに手を差し伸べる。手を差し伸べ、みを向ける。

 しばらく呆然としていたオロチだったが、それでもやがて何か思案しあんするように考え込んだ。そして、そのままそっと溜息をくように息を吐いて……

 その首を横にった。

「……お前の考えは理解した。いや、ようやくお前という人間の本質ほんしつを理解した」

「……………………」

「残念ながら、お前の手を取る事は出来ない。お前と我らは相容あいいれない」

 そう言って、オロチは俺をにらみ付けた。

 俺は少なくとも、この時落胆していたのだろう。僅かに、胸の奥でかなしい気持ちが押し寄せているのが自分自身理解出来たから。理解出来たからこそ、落胆していた。

勘違かんちがいして欲しくはないのだが、私自身はお前の考えを否定ひていする気はない。ただ、お前の考えはこの時代ではあますぎるのだ。だからこそ、お前の手を取る事は断じて出来ない」

「……そうか。まない」

 落胆する俺に言った、オロチの言葉。

 恐らく、オロチなりに気遣きづかってはいるのだろう。この時代において、俺の考えは確かに甘すぎるのかもしれないから。だから、此処ここでその甘さを指摘しようとしているのかもしれない。

 だから、か。

「お前の考えは理想りそうばかりで覚悟かくごが足りない。その正義には覚悟というものが伴っていないのだ。そもそも、誰かをすくうというのは相対的に誰かを救わない事だろう?お前はただ、救われない者を見捨みすてる事が出来ないだけではないのか?救われない者を無理に救おうとして……所詮全員は救えないというのに」

「……………………」

 ああ、そうかもしれない。そう思った。なるほどね。

 俺は、理想を述べるばかりで覚悟がりなかった。生きていた時代が違うと言えば確かにそうなのだろうけれど。きっとそんな言葉ことばで済ませて良い問題ではないだろうから。

 こいつの話は確かに理解出来る。理解出来るだけに、その言葉が胸にさる。端的に俺は一体どうすれば良かったのだろうか?俺は、こいつらに対して何をすれば良かったのだろうか?

 オロチの話を聞き、それでも敵対する事など俺にはどうしても出来ない。

 そう、もう俺にはこいつを敵と認識にんしきする事が出来ないのだ。こいつ等を敵だとは。

 俺にはもうべないから。

 俺は、一体どうすれば良いのか?それが分からない。

 ……まるで道化ピエロだ。そう、俺は思った。これでは英雄ヒーローではなく、道化ではないか。

 俺はただ、救いたいものを救いたかっただけなのに。きっと、それは傲慢ごうまんなのだろうけれど。

「……お前に一つだけ、私から言葉を残しておく事にする。お前が本当にすくいたいのは何だ?救いたいとかんじているのは一体誰だ?我らの母か?それとも我らか?もしくは人類じんるいどもか?」

 一体誰を救いたいのか?本当に救いたいと思っているのは、一体誰か?

 天秤はかりに掛けねばならない。全てを救う事は不可能ふかのうなのだから。許されないから。

 全てを救って大団円だいだんえんなど、それこそ空想くうそうでしかない。そんなものはおとぎ話の中だけだろうから。

 誰かを救うという事は、つまりは誰かを救わないという事でもある。誰かに手を差し伸べれば、それはつまり誰かをないがしろにするという事。

 そういう事だから。

 俺は、一体どちらをえらべば良かったのか?どちらが正解せいかいだったのか?分からない。

 もう、何も分からなかった。

「……此処では私から退く事にしよう。しかし、次は無いぞ?次に会ったら、その時こそお前達人類の最後だと思え。もう、私は一切の容赦ようしゃはしない」

 次こそは、お前達人類を根絶ねだやしにして見せる。母を取り戻して見せると、そう言った。

 そして、オロチは俺の前からっていった。

「……………………」

 分からない。もう、何も分からない。

 俺には、もう何が正解せいかいなのか理解出来なかった。一体何を選べば良かったのか?一体何が正解だったというのか?それとも、このまま選べずにちてゆくのが俺の最善だとでも言うのか?

 一体、俺はどうすればいのだろうか?

「……分からねえよ、何も」

 俺にはただ、それだけをつぶやくしか出来なかった。何も、分からなくなった。

 ただ、それでも……

 もし、それでもゆるされるのならば。きっと俺は。

 俺は、それでも全てを救う英雄ヒーローになりたかった。おとぎ話の英雄になりたかった。

 そう、おもうから……


 ・・・ ・・・ ・・・


 視界の利かないくろの中。其処でオロチにはなし掛ける者が居た。

「あれが、最近母が気に掛けているらしい小僧こぞうか?」

「……ああ、その通りだ」

 闇の中には、複数の目があかく輝いている。それは毒々しく、おぞましい輝きを放っていた。

 端的に言えば、オロチと会話しているのは巨大な蜘蛛くもだ。オロチと同等のサイズを誇る、巨大極まりない蜘蛛の怪物。怪物の王、蜘蛛王くもおうツチグモという。

 彼は牙を打ちらし、複数の赤い目を闇の向こうへと向ける。

「ふむ。中々甘いというか……優しすぎる人間ゴミだな?俺は奴の事をどうも好きにはなれん。つぶしたくなってくる」

「ああ、そうだろうよ」

 蜘蛛王ツチグモ。彼とクロノはきっと、性格的に何処どこまでも合わないだろう。そうオロチは正しく理解し評価ひょうかしていた。だからこそ、オロチはクロノの考えを突っぱねたのだから。

 そもそも、あの甘い性格ではすべてを救えない。どうしても相容あいいれない者が出る。

 だからこそ、オロチはそれを指摘してきする為にあのような事を言ったのだ。

 ああ、きっとそんな自身も甘いのだろう。そう、オロチは内心苦笑をらした。

 そして、ツチグモはそんなオロチの考えを正しく理解りかいしていた。

 理解し、彼の事も甘いと内心でひょうした。

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