25,覚醒~めざめ~

 意識が覚醒かくせいした。何だか一瞬、懐かしい記憶きおくを垣間見た気がする……

 しかし、思い出せない。思い出せないけどなつかしい気がして胸が痛む。郷愁きょうしゅうのようなモノだろうか?

 それにしても、此処は何処どこだろう?見た所、洞窟のようだけど。身体を動かすと、どうやら鎖につながれているらしい。金属のれ合う音が洞窟内に反響して響いた。

 意識が完全に覚醒してゆき、徐々に状況がみ込めてゆく。どうやら、此処は洞窟内にある牢屋のような場所らしい。昔に使われていた牢屋ろうやを利用したのか?鉄製のおりが見える。

 今は怪物達は何処かに出ているのだろう、姿が見えない。チャンスではあるのだろうけれど。本当に、誰も居ないのか?ふと疑問に思う。

 少し腕を拘束こうそくしている鎖を壁に叩き付ける。甲高かんだかい金属音が鳴り響いた。すると、物陰からうごめく影が僅かに見えた気がした。どうやら、こっそりと隠れて監視しているらしい。

 見た所、どうやら二~三匹程度の数が監視しているようだ。ならば問題ない。そう思い、俺は全力で手足を拘束している鎖を引っ張った。

 今の俺なら、この程度のくさりなど紙をやぶくように簡単に引きちぎれるだろう。

 甲高い音と共に、鎖が引きちぎれる。全力で異能を発動した余波よはのようなものだろうか?俺の身体から燃え盛るほのおが噴き出している。恐らく数千度は下らないだろう高温の炎。それが、俺の身体から噴き出しているのである。

 しかし、その炎が俺をく事は無い。むしろ、その灼熱の炎は俺を守っているようなものだ。

 炎の塊と化した俺はそのまま鉄製の檻を破り、物陰から呆然ぼうぜんと俺を見る蛇達を瞬殺した。

 焼き尽くされる蛇達。だが、今の物音ものおとを聞いたのだろう。わらわらと蛇や猿、蜥蜴の怪物達が出現する。しかし、そのような物量ぶつりょうなど今の俺にとって物の数には入らないだろう。取るに足りない雑兵ぞうひょうだ。だからこそ、俺は怪物達を次から次へと正面から倒してゆく。焼き尽くしてゆく。

貴様きさま!まだそのような力を…………ぐああっ‼」

「くっ、この化物ばけものめ…………ごあっ‼」

脱走だっそうだ!捕虜ほりょが脱走したぞ!…………ぐわっ‼」

「くっ、来るなあああああああああああああああっ‼…………げひゃっ‼」

 次々と、怪物達をき殺してゆく。しかし、キリがない。キリがないが、それでも俺は怪物達を只管に焼き尽くしてゆく。胸のおくが、ぎゅっと痛む。分かっている。この痛みの正体しょうたいを。

 以前、甲殻バジリスクのれと戦った時も感じたこの痛みの正体。それは、良心の呵責だ。俺は、きっと甘いのだろう。

 殺さなければ殺される。殺さなければうばわれる。それを理解していながら、それでも殺す事にためらいを覚える甘さ。俺は、それをてきれないんだ。だからこそ、こうも胸が痛むんだ。

 だが、今は良心の呵責を抱いている暇はない。胸を押さえながら、俺は更に意思を燃焼ねんしょうさせてゆく。

 もっとだ、もっともっと。まだまだ俺はさきへ行く。まだまだ、もっともっと先へ‼

 際限なく加速かそくしてゆき、俺は一つの流星ほしと化す。灼熱の炎を纏い、俺は地上の流星と化した。炎をまとう、流星だ。

 真っ直ぐと突貫して、俺は怪物達を焼き尽くしてゆく。焼き殺してゆく。

 ズズウゥンッ…………‼

 鈍い音が、振動と共に俺の許にひびいてきた。どうやら何処かで何かが起きているらしい。ならば、俺は其処へと向かう。真っ直ぐ、真っ直ぐにれの発生源へと向かってゆく。

 確たる証拠しょうこがある訳ではない。しかし、其処に行けば何かあるという確信はあったから。だから、俺はそちらの方へと疾走しっそうしてゆくのだ。疾走して、駆けてゆく。

 外の光が見えた。瞬間、俺は迷う事なくそのままそとへと駆け出した。

 ……其処には、無数の怪物の死骸と共に対立するユキとオロチが居た。


 ・・・ ・・・ ・・・


 時間は遡る。

 ユキは走っていた。恐らく、オロチが根城にしていると推測すいそくされている場所。地下大空洞へと向かい、ユキはいそいで駆け抜けていた。急がねば、でなければクロノの命はない。

 ユキはしんじていた。クロノなら、きっとまだ生きていると。信じている。だからこそ急いでオロチの根城まで全速ぜんそくで駆けていた。一陣の風と化し、音速すらも超えて駆け抜ける。

 ヤスミチさんは、救出きゅうしゅつには消極的だった。それほどまでに彼は。いや、みんなはオロチを恐れているのだ。

 そもそも、クロノが生きている保証ほしょうなど何処にもありはしない。既に死んでいると判断するのが妥当だとうだと思われたからだ。そもそも、オロチからすれば生かす道理など何処にも無い筈だ。

 そんな生死すら不明あいまいの状態で、貴重な人員をいて王に挑むのは無茶だ。そう、ヤスミチさんは判断したらしい。非情ひじょうにも思えるが、仲間の命を何より大切にする彼らしいと思う。けど、それでも……

 ユキは信じていた。クロノの事を信じていたのだ。

 彼ならまだ生きていると。まだ、生きてくれていると。ユキは信じていた。

  だからこそ、仲間達の制止せいしを振り切りユキは単独ひとりでクロノの救出へと向かった。

「クロノ君……必ず助け出すから。っていて」

 ユキの脳裏のうりに浮かぶのは、かつて幼少ようしょうの頃の光景。一人の少年との出会い。

 意識を切り替える。ユキの目前に、地下大空洞へとつながる洞窟があった。其処には一匹の怪蛇が待ち受けている。頭部に二本の角を生やした白蛇はくじゃ

 怪物のおう。旧日本に巣食すくう大怪蛇。オロチだ。

「我があるじ。全ての女王じょおうたる始祖よ、待っていた」

「……クロノ君は何処どこ?」

「奴はまだきている……というより、殺す事が出来できなかったの間違いだがな」

「殺せなかった?」

 オロチは首をたてに振り、再度ユキへ言った。

「我らが主、アバターよ……」

「……そので呼ばないで。私の名は白川しらかわユキよ」

 ユキのその言葉に、オロチは歯をきしらせた。その感情は、焦燥といかり。

 しかし、その行き場のない感情を寸ででおさえ込みオロチは言った。務めて丁寧な口調で。まるで女王に仕える臣下しんかのような態度で。おやの機嫌を伺う子のような態度で。務めて丁寧に。

「しかし、貴女は本来我らのがわに居るべき存在ではありませんか。何故、其処まで頑なに人間れっとうどもの味方をするのですか?貴女は我ら超越種の女王たる星のアバターではありませんか」

 その言葉に、首を左右に振ってオロチをにらむ。

「だから、その名で呼ばないで。私は元より人間にんげんだから、貴方達の味方になんてなれないよ」

「っ、何故なぜだ‼何故、其処まで我らをこばむ。人間より優れた力を持ちながら、それでいて何故未だ人間でいる事にこだわり続けるのですか‼教えて下さい、母よ‼」

 オロチは憤りと焦燥をめて叫ぶ。しかし、それでもユキは首を縦には振らない。

 かなしげな顔で、それでもオロチを真っ直ぐに見て言う。

「私の人生せいは間違いだった。もう、人間をほろぼそうとは思えない。だから、これは私の。私自身の贖罪しょくざいでもあるの。私は罪を償う」

「それは詭弁きべんだ!誰も貴女をゆるしはしない!貴女の味方は我らしか居ないのだ‼」

「それでも、だとしても私はもうあんな間違いは犯したくない」

 そう言い、ユキはかまえた。もう、二度と間違いは犯さない。今度こそ人間の味方でいる為に。その為にもユキはオロチへとそのこぶしを向ける。自らの罪と向き合う為に。

 そんなユキの悲壮ひそうな覚悟を前に、オロチは叫んだ。それは、まるで泣き叫ぶ子供のような悲痛で悲壮な悲鳴ひめいでもあった。そして、それを理解していたからこそユキは覚悟を決めたのだ。

 泣きそうな悲しげな表情で。それでも覚悟を決めて。

「オロチ、私は貴方をつ」

 洞窟からわらわらと、夥しいまでの数の怪物かいぶつが現れる。それを、ユキは不可視の刃で切り捨て次から次へとち倒してゆく。そんな彼女の姿に、オロチは絶叫を繰り返すのみだ。

「何故だ!何故、貴女ははは其処までして―――‼」

「私は人間だ!人間として生き、つみを償っていくの!でなきゃ、でなきゃ死んでいった人達にっ……」

「それでも、貴女には我らしか……我らには貴女しか居ないのだ‼」

「それでも、それでも私はもう二度とあんな間違いは犯したくないっ‼‼」

 悲痛なまでの絶叫が木霊こだまする。それに呼応こおうするように、大地が鳴動する。嵐が吹き荒れる。

 大陸すらるがしうる巨大な大嵐。それが局地的に圧縮あっしゅくされ、極大の大災害へと昇化しょうかする。しかし、それすらもユキは不可視の刃で切り伏せ怪物達を討ち倒してゆく。

「オオッ、オオオッ…………オオオオオオオオオオオオオオオッッ‼‼‼」

 オロチのその声は、もはや悲鳴に近かった。き叫ぶような、行き場のない悲しみに満ちた声が周囲一帯にひびき渡る。しかし、それでもユキは止まらない。止まってはいけない。

 もう二度と、間違いなど犯してはいけないから。犯したくないから。だからこそ、ユキは戦う。刃を振るう。

 かつて、無自覚むじかくに傷付けてしまった者達の為に。自身を止めようと、立ち向かった夫婦の為に。そして、幼少の頃出会った一人の少年しょうねんの為にも……刃を振るう。

 そして、ついにその場にはユキとオロチのみになった。その時……

「ユキっ‼」

「っ、クロノ君⁉」

 洞窟の入口に、遠藤えんどうクロノが立っていた。

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