12、覚悟のカタチ

 それは、とある洞窟どうくつの奥底。地のそこにある大空間でそれは蠢く……

「…………たれた、か」

 その声を発するのは、クロノ達を襲撃した白蛇の怪物より巨大な大怪蛇だいかいじゃだ。頭部に二本の角を生やし、身体の所々に緑のこけを生やした巨大な白蛇。その巨体、四メートル半はゆうにあるだろう。

 この大怪蛇こそ、旧日本に住まう王の一角。怪蛇王かいじゃおう”オロチ”だ。オロチの傍には彼の配下たる蛇の怪物達が数多あまたと蠢いている。並の精神をしていれば、秒と平静を保ってはいられないだろう。それほどまでに、狂気的。

 しかし、オロチの発したその言葉により配下の蛇達に動揺どうようが走る。

 アイツが?討たれた?馬鹿ばかな!ありえない!奴等、何か卑怯ひきょうな手を……

 そんな声が、配下の蛇達からこえてくる。それもその筈、クロノ達によって討たれた白蛇の怪物。彼はオロチの配下の中でも指折りの強者きょうしゃだった。

 それこそ、文字通りの意味でオロチが目をけていたと言って過言ではない。今より更に経験さえ詰めば、自身の後継者こうけいしゃとして未来の王に据えようとしていた。それくらいにオロチは彼の白蛇を気に入っていたのだ。それが、討たれた。

 オロチの心痛しんつうは計り知れまい。しかし、

みな、静まれ‼」

 一言。オロチは自らの心痛を一切悟らせぬ威厳いげんを以って声を発した。その言葉に、配下の蛇達は皆静まり返る。

 オロチはその威厳を以って、配下達に命令めいれいを下す。

同胞どうほうが奴等の手により討たれた。それだけで奴等をゆるせん気を俺は理解する!だがしかしっ!今はまだ準備じゅんびが足りない!やるなら徹底的に、徹底的に奴等の息の根を止めてくれようぞ‼」

 地下大空洞に、蛇の怪物達による大音声だいおんじょうが轟いた。恐らく、これは蛇の怪物によるときの声だろう。その声は地下大空洞全域に響き渡り……

 地下空間におぞましい大合唱となって反響した。

「今は、今はまだ貴様等に時間じかんをくれてやる。せいぜい仮初の平穏へいおんの中で震えて待っているが良いさ」

 そう、オロチは赤いのような瞳をぎらつかせ呟いた。


 ・・・ ・・・ ・・・


 白蛇の襲撃から数日の時がぎた。

 まだ集落の復興ふっこうは終わっていない。しかし、それでも人々は必死に生きている。そうだ、人々は今を必死に生きているんだ。それを、俺は感じる事が出来た。いや、感じさせられたのか?

 ともかく、俺達はいまを生きている。そう、生きているんだ。

 それをしっかりと脳内あたまに刻みながら、俺は現在とある墓に向かっていた。集落のはずれにぽつんと一つだけ立つ石造りの墓。明影タツヤとその妻の墓だ。

 元々、その墓は彼の妻の為にてられたものだった。しかし、せめて死後くらいは一緒の場所に眠らせてやりたいとの声が多く出た。その為に、彼も同じ墓に埋葬まいそうしたのだ。

 ……墓の前に着くと、其処には既に先客せんきゃくが居た。ユキだ。

 ユキに声を掛けようと近付く。しかし、俺はすぐに足を止めた。

 ユキが、肩をふるわせて泣いているのが分かったから。

「ごめん……なさい。ごめん、なさい……」

「……………………」

 ユキは、泣きながら謝罪しゃざいしていた。何故、とは思わない。ただ、泣いている彼女を見て胸が引きかれるような痛みが走った。それ程に、彼女の謝罪は悲痛ひつうだった。

 他に、人の気配けはいはない。今、ほとんどの人は集落の復興に出払っている。

 そんな中、ユキはひとり墓の前で謝罪していた。

「ごめんなさい。私が、私のせいで……」

 俺は、何も言ってやる事が出来なかった。何も言う事が出来なかったけど、それでも俺は静かにユキの近くに歩いていった。その足音あしおとにびくっとユキの肩が震える。

 しかし、関係ない。俺はユキのとなりにそっとしゃがみ込み墓に手を合わせた。

「……………………」

「……………………」

 俺が黙って手を合わせるのを、ユキは呆然ぼうぜんと見ている。そんな彼女に、俺は静かに言った。

「俺は、きっと英雄えいゆうになりたかったんだ」

「……え?」

 きっと、ユキには何を言っているのか分からないだろうけど。けど、俺は関係なく続ける。

 俺は英雄になりたかったと。そう、俺は英雄になりたかったんだ。

「俺は、きっと英雄にあこがれていたんだと思う。そんな俺だからこそ、あんな異能が宿ったんだろうな」

「……………………」

「ユキ、決めたよ。俺は英雄ヒーローになる。英雄になって、この世界をすくってみせるさ」

「……あっ」

 それは、俺の偽りようのない理想りそうそのものだった。俺は今、俺の理想を語っているんだ。俺自身の偽りのないゆめを語っている。そして、それを絶対に叶えてみせると覚悟を決めた。

 だから、

「俺は、お前や他の皆を。この世界を完膚かんぷなきまでに救ってみせる。英雄になってみせるから」

 この世界を、ユキを、皆を救うと決めた。これは、そんな俺の英雄譚えいゆうたんだ。

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