9,怪物の王

 夜、11:32———俺は微妙な時間に目がめ、目が冴えてしまった為そのまま起きる事にした。トイレで用を足した後、そとの空気を吸う為に外へ出る。外は微妙に空気が冷たかった。

 すると、物陰ものかげから声が聞こえてきた。こんな時間に一体誰だ?と、思ったけどその声から推測するに恐らくはヤスミチさんとユキだろう。とにかく二人の声が建物の陰から聞こえてくる。

「……………………」

 そっとのぞいてみる。其処にはやはり、二人の姿が。二人は真剣な表情で話をしている様子だった。

 話の内容ないようは、どうやら以前襲撃してきた甲殻こうかくバジリスクについてらしい。

「……やはり、最近になって外来がいらいの怪物種が増えている気がします。甲殻バジリスクなんて本来はこの旧日本に生息している筈のない外来種ですから。あきらかに異常ですよ」

「ああ、やはりこの異常には”王”が関わっている可能性が濃厚のうこうだろうな」

「王、ですか……やはり、甲殻バジリスクとなると”チェシャ”ですか?」

「いや、或いは”ゲオルギウス”が関わっている可能性かのうせいもある。ともかく、もう少し調べてみる必要があるな」

 王、その言葉にユキがわずかに反応する。俺には分からない話だったが、どうやら最近外来種が増えてきているらしい。その可能性として、が関わっていると。

 それに、”チェシャ”に”ゲオルギウス”だって?一体何の話をしているんだ?

 どうもき取りにくい。そう思い、僅かに身をり出そうとした瞬間。

「何をしているんだ?」

「っ⁉」

 背後から声が掛かった。声の主は神薙ツルギだ。俺は、思わず肩をねさせ驚く。

 ついでにヤスミチさんとユキも驚いた。勢いよくこちらにり向く。ツルギは状況を上手くみ込めていないらしく、きょとんと首を傾げている。何て間が悪いんだ。

 流石にバツが悪くなり、俺は素直に二人の前に出ていった。二人は驚いたような、それでいて何処か苦虫にがむしを噛み潰したような顔をしていた。聞かれたくない話だったのだろうか?

「お前、何時いつから其処に居た?」

「……あー、ついさっきから?丁度、ユキが外来種がえているとか話している辺りぐらいか」

「……………………」

 ヤスミチさんのいに、俺は素直に答える。その返答にヤスミチさんは再び苦い顔をした。この際だから、俺は先程の疑問ぎもんを聞く事にした。王の話だ。

「で、さっき言っていたおうって何の事だ?チェシャとか、ゲオルギウスとか」

「……まあ良い。これから重要じゅうようになってくる話だ」

 ヤスミチさんは何処かあきらめたような、それでいて逆にっ切れたような、はたまたやけくそ気味な顔で話し始める。

 それは、この世界に住まう六体の怪物種の頂点ちょうてん。一体一体が強大な力を誇る怪物種の中でも尚、最強さいきょうとされる絶対者。通称”王”とされる存在だ。

「この世界せかいには数多く存在する怪物種の頂点に立つ六体の王が存在する。それぞれが高い知能と強大なちからを持つ、正真正銘の王だ」

「怪物の、王?」

「そうだ。それぞれオロチ、ツチグモ、チェシャ、ゲオルギウス、セイテンタイセイと存在し、それぞれがそれぞれの領土で猛威もういを振るっている」

 オロチ、ツチグモ、チェシャ、ゲオルギウス、セイテンタイセイ。と、俺は指を折りつつその数を一匹一匹と数えていく。しかし、数がわない。

 先程言った話では確か、王はではなかっただろうか?

「六体目は?」

「………六体目は、先程言った王達の中でもとりわけなぞに満ちている」

「謎?」

 ヤスミチさんは重々しくうなずいた。それに、ユキとツルギも。

 何処か、ユキの表情が冴えない気がするのは気のせいだろうか?何かにおびえているような、或いは恐れているような。

「……六体目の王は、その名を”ほしのアバター”。その存在のほとんどが知られていない一切が謎に包まれている存在なの」

 ユキの言葉に、俺は僅かに疑問をおぼえる。

「本当に、そんな奴が居るのか?」

「居る、それだけは間違まちがいないよ」

 そう答えたのは、ツルギだった。力強く、断言だんげんするその声。

 ツルギの表情は重々しく、それでいて深いいかりに満ちていた。

「奴は、アバターは人類文明を直接滅ぼした存在だ。世界にえない傷跡を残したのも全てはそいつ一体のみなんだよ」

「ああ、それに他五体の王達がアバターの事をははと呼び従っている事も明らかになっている事だ。だからこそ、俺達はアバターを決してゆるす訳にはいかない。奴を、何としても探し出し打倒する必要があるんだ。それが、死んでいった奴等に対するせめてもの手向たむけだからな」

 ツルギの言葉にそうめくくるように言ったヤスミチさん。しかし、俺は何処かそれでも疑問をぬぐう事が出来ないでいた。

 それは、やはり実際に人類文明の滅亡を経験したとしても実感じっかんがわかないからか。

 或いは、俺自身が悪意や敵意に対してそれを信じる事が出来ないあまさ故か。

「……どうして、星のアバターは人類文明を滅ぼしたのかな。どうして、文明は滅びなければならなかったのかな?」

 その問いに対し、やはりツルギとヤスミチさんの反応は淡泊たんぱくだった。

「そんな事はらん。だが、それでも奴が人類に明確な敵意を持って牙を剥いた事には変わりはないだろうよ。クロノ、其処ははき違えては駄目だめだ」

「……………………」

 それでも、俺はやはり何も知らないままに敵意を向けたくない。そう思うのは果たして甘えだろうか?どうにも、それだけは分からなかった。

 ……と、其処で気付く。先程からユキが無言むごんのままだという事を。

 ユキの方を見る。そして、ぎょっとした。ユキは、目に見えて蒼褪あおざめた顔をして小刻みに震えている。そういえば、先程のアバターについての話から様子が変だったような気が……

「……ユキ、大丈夫か?どうした?」

「何でも、ないよ……」

 何でもない。そう言うが、しかしユキの表情はとてもつらそうだ。何処か、酷く怯えるような恐れるようなそんな表情をしている。何かを必死にえるような、そんなどうしようもない表情か。

 そんなユキの表情に、ヤスミチさんは何かを考えるような顔で問う。

「……ユキ、お前もしかしてアバターについて何か知っているんじゃないか?」

「…………っ。い、いえ……私は何も知りませんから。本当ほんとう、です」

 びくっと震える。震えながらも必死にそうこたえる。

 その姿に、ヤスミチさんは更に問いを重ねようとする。しかし、それを片手で制してユキは息も絶え絶えに言った。

「すい、ません……私は、そろそろ…………」

「…………おう」

 ユキは、ふらつきながらも何とか歩きプレハブ小屋の中へ戻っていった。

 ユキの姿が消えた後、ツルギは真剣しんけんな表情でヤスミチさんに問い掛けた。

「どういう事だ?さっきのユキの様子もへんだったし、もちろん何かあるんだろう?」

「ああ、とはいえ俺だって確信かくしんがあったわけじゃねえけどな。ユキはまだツルギ達が赤子の頃に、今と変わらない姿すがたで来たんだよ」

 その言葉に、俺だけではなくツルギも驚く。そう、つまりユキはとしをとっていない事になるだろう。

 或いはそれが彼女の異能いのうとも考えられる。しかし、俺は見ていた。ユキが不可視の刃を飛ばして甲殻バジリスクを倒す姿を。それでは彼女は異能を二つ所持している事になり矛盾むじゅんが生じる。

 一気に、ヤスミチさんとツルギの表情に疑惑ぎわくが混じる。どうやらユキを疑っているらしい。これは、少しいやな気配だ。

「少し、明日にでもユキにい質してみるか?」

「ああ、その返答次第では……」

「返答次第では、何だ?」

 気付けば、俺の口からややかな声が出ていた。自分で言っておきながらびっくりするくらいに冷ややかで淡泊な声だ。

「……クロノ?」

「ユキは、俺達の仲間なかまじゃないのか?その仲間を疑って、それで問い質すだって?返答次第ではだって?お前等、一体何をっているんだ?」

「……いや、しかしよクロノ」

 そう、言葉をはさもうとするヤスミチさん。俺は無感情に視線を向けた。

 ヤスミチさんは口をつぐみ、ツルギもバツが悪そうに視線をらす。

「しかし何だ。お前等、一体ユキの何を見てきたんだ?出会ってもない俺にだって理解出来る。ユキが一生懸命必死に、皆をおもって努力している姿を」

「それ、は……」

「あの甲殻バジリスクの時だってそうだろう。逃げまどう人達をう蜥蜴達を相手にユキが一体どれだけ必死に戦っていたと思うんだ?あの姿もうそだと?」

「……………………」

 俺は一度だけ呼吸をととのえた後、静かに断言するように言った。

「ユキは仲間でしょう?今までずっと、皆の為に頑張って。身体を張って必死に働いてきた筈だ。そんな仲間を追い立てて本当にそれでいんですか?」

「……………………」

「……………………」

 黙り込む二人。そんな二人に、俺は言う事はわったとその場を去った。

 俺の脳裏には、未だにユキの怯えた表情がり付いていた。それにしても、彼女は一体何をかかえているというのだろうか?

 分からない、けど何時かすくってやりたいと思っていた。


 ・・・ ・・・ ・・・


 「ごめんなさい……ごめん、なさい…………」

 ひたすらに、ユキはベッドにもぐりこんで何かにあやまり続けていた。その姿は何かに対して怯えるよう。

 果たして彼女は何に怯えているのか?何を恐れているのか?

 分からない。けど、それでも白川ユキが怯えて震えている事だけは確かだった。

「私のせいで……みんな、みんな私のせいで…………ごめん、なさい」

 誰も居ない室内で、ユキは一人怯え続けていた。その姿は、余りにも悲壮ひそうだった。

「クロノ、君……」

「何だ?」

「っ⁉」

 突然の返答に、ユキは思わずびくっと身体をねさせて驚く。居る筈のない場所に居る筈のない人物ヒトが居たからだ。

 そう、遠藤クロノだった。

「ど、どうして此処ここに?此処、女性用宿舎だよ?」

「ごめん、こっそり入ってきた」

「ど、どうして……」

「ユキの事が心配しんぱいだから」

「で、でも……」

 ユキがそれでも何かを言おうとしているのを、クロノは片手で制した。思わずユキは口を噤んで黙ってしまう。

 クロノがあまりにもあかるい笑顔で笑っているから。楽しそうに笑っているから。

 思わず黙り込んだユキに、クロノは何処から取り出したのかトランプを一束ほど取り出して一言だけ言った。

あそぼう、今夜は寝かせないぜ?」

「…………うん」

 ユキは思わず、頬を朱にめて頷いた。クロノの意図いとする所を察したからだ。

 つまり、クロノはこう言いたいのだ。目一杯、一緒に遊んで先程の事は忘れてしまおうと……

 その優しさに、思わずユキは胸の奥が高鳴るような錯覚さっかくを覚えた。

 そう、これはあくまで錯覚なのだ。気のせいでしかないのだろうと。

 そうおもい……

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