8,よそよそしい二人

 次の日の朝、俺は目をますと近場の川へ顔を洗いにいった。この時代には水道設備が整っていないため、顔を洗うのも身体を洗うのもかわにいく必要がある。文明が滅びた世界では水道施設すいどうしせつなど夢のまた夢でしかないのだろう。これも仕方のない話だ。

 しかし、何時かは復活ふっかつさせたいなと俺は考えている。何時か文明を復活させたい。

 そして、近くの川に着く。其処には既に先客せんきゃくが居た。ユキとエリカの二人だ。どうやら二人で洗濯をしているらしい。二人の傍には大量の衣類があった。

 意図的にわすれようとしていた昨夜の事を思い出し、俺はどう声を掛けたものか少しばかり悩む。けど、そうこうしている間にユキの方が俺に気付きづいたようだ。ぎょっとした顔で俺の方を見る。

「っ、クロノ君⁉」

「っ、あ、えっと……」

「……えっと、あの。ぁうっ」

 互いに何も言えなくなる。そんな俺達を、エリカは不思議ふしぎそうに見ている。きょとんと首をかしげながら一言。

「二人とも、どうしたの?」

「え⁉いや、何でもないよ‼うん、べつに何もないから‼」

「あ、ああ!別に何でもない。うん、何でもないな」

 慌てて否定ひていする俺達。もはや、逆にあやしい事など火を見るよりも明らかだ。そんな俺達に更に首を傾げて不思議そうな顔をするエリカ。徐々に俺達は居心地が悪くなってゆく。

 そして、それはやがて限界げんかいに達した。主に俺のメンタルが限界だった。

「……ごめん、俺はもう少しあとにするよ」

 そう言って、そそくさとげるように立ち去る。うん、いやまあはっきり言わなくても無様ぶざまな事この上ないのだが。正直この場に居続けるのは針のむしろだろう。

 そして、結局俺はその少し後になってようやく川にもどり顔を洗った。時間はもう既に08:30をぎており、とっくに目は覚めていた。目は覚めていたのだが、それでも俺は顔を洗わずに居られなかった。顔を洗い頭をやしておきたかったから。川の水はよく冷えていて気持ちがよかった。

 結果、俺の頭は冷えた。うん、今度会ったらユキにあやまろう。そう決心した。

 流石に昨夜は俺が悪かった。あれだけ錯乱さくらんしているユキを放っておけなかったとはいえ流石にどうかしていたと思う。もっとしっかりと話をしよう。そう思い、俺は今度こそ決意をかためたのだった。けど……

 しかし、そう上手うまくはいかなかった。

 結果として、俺はユキにけられていた。中々ユキに会う事が出来なかったし、会えたとしても彼女の方からそそくさと逃げられる始末しまつだった。

「え、えっと?」

「っ⁉ごめん、私これから用事ようじがあるから‼」

 そう言い、そそくさと逃げるように去っていくユキ。俺はしばらくその場に立ち尽くす。これは少し、どうした物か?

 こまり果てた頃、俺は唐突に声を掛けられた。アキトだ。

 アキトは俺を物陰ものかげへと引っ張ってゆき、真剣な表情で聞いてきた。

「……単刀直入にく。お前、ユキさんに何かしたのか?」

「えっと……?」

 いきなりの事で、俺は思わず首をかしげてしまう。しかし、正直聞いている意味は分かっている。要するに今日の俺達の様子を怪訝けげんに思って聞いているのだろう。

 さて、どう答えた物か?そう思っていると、アキトは何処までも真剣な瞳で話を続けた。

「一応は善意ぜんいで言っておく。本当に何かしたのなら今の内に謝っておいた方が良いと思うぞ?今のままじゃ最悪一生ものの後悔こうかいになりかねないからな。それに、身内であらそうのは辛い事だ」

「……………………」

 確かに、そうかもしれない。そう俺は心の内で納得なっとくした。

 俺の脳裏のうりにユキの顔が浮かぶ。やはりそうなのだろう。確かに、今のままでは一生俺は後悔しかねない。それは、いやだ。

 何故かは知らないけど、俺はユキにだけはきらわれたくないから。

 そう、思っているから。

「もし、お前が後で後悔したくないなら。今の状況におもう事があるなら。それは今の内に解決かいけつするべき事だと俺は思っている。ちがうか?」

「…………いや、確かにそうだな。ありがとう」

 そう言って、俺はアキトにれいを言った。確かに、そんな後悔はしたくない。

「ごめん、行ってくる!」

 そう言って、俺は急いで走った。


 ・・・ ・・・ ・・・


 夕暮ゆうぐれ時に差し掛かった頃。既に日はしずみかかっている。場所は近くの川辺、話を聞いたエリカは何処か納得なっとくしたような顔で頷いた。

「なるほど?そういう事があったわけね」

 昨夜あった事はある程度ぼかして答えた。もちろん、ぼかしたのは私のつみについてだ。あんな話、そう簡単にできる話ではないから。その話については、多少ぼかしている。うん、昨夜は何故なぜクロノ君にあんな話をしたのだろうか?それこそ、こんな話は彼に対して話すような事ではない筈なのに。それとも……

 相手あいてがクロノ君だったから、或いは話そうと思ったのか?クロノ君だからこそ、私の罪や想いをって欲しかったなんて……

 僅かによぎった考えを、私は慌てて振り払う。そんな事、それこそありえない。私がクロノ君に対して、よわみを見せたいなんて。そんな事。

 そんな事、る筈がないのに。いや、或いはもしかして———

「……………………っ」

「……ユキ、貴女が何を思って何をかかえているのかは私自身も知らない。きっと知る権利すら無いんでしょうね。けど、それでもこれだけは言わせてもらうから。私達は何時でもユキの味方みかただからね?」

 そう言って、エリカは私に微笑み掛けた。

「……エリカ」

「だからこそ言わせてもらうよ。クロノ君とは仲直なかなおりした方が良いと思う。きっと、彼の方もユキとは仲直りしたいと思っている筈だから」

「……そう———」

 そうかな、と言おうとしたその時。私達に向かって走ってくる人物が居た。振り返ると、其処には激しく息をらせたクロノ君の姿が。その姿に私ははっとする。

 クロノ君は真剣な表情で私を見ていた。息を切らせながらも、それでも私を見ていたのだ。

 エリカはやさしく微笑みながら、そっとその場から立ち去った。最後に、私の耳元でがんばれと応援おうえんの言葉を残して。その場に私とクロノ君だけが残った。


 ・・・ ・・・ ・・・


 地面に二人、座り込む。俺とユキは隣同士で座ってならぶ。

 ……やはり、此処ここは俺から話すべきだろう。そう思い俺は口を開いた。

「ユキ、まずは昨日の事だけど。ごめん」

「……私こそ、ごめんなさい。クロノ君は私の事を考えてくれていたのに」

 ユキと俺はほぼ同時に頭をげ、謝った。謝って、また再び気まずくなる。しかし此処でだまり込む訳にはいかないだろう。だから、俺は言った。

「ユキ、君はやっぱりいやかもしれないけど。俺はユキの事を知りたいと思っているんだ。ユキの事を知って、もっとユキの助けになりたい。重荷を背負せおいたい」

「それ、は……」

「分かっているよ。ユキは、本当はそれをしてしくないんだろう。君はきっと、何か途方もなく重い何かを背負いそれを他人ヒトには背負わせたくないと思っている。けど俺は、一緒に背負いたいんだ」

「……………………」

 一緒に背負いたいんだ。

 そう言って、俺は俺の意見いけんを言う。真っ直ぐにユキの瞳を真っ直ぐ見て、俺自身の意思を伝える。しっかりとを見て、自分の意思を言う。

 俺の考えは、ひとりよがりで自分勝手なのだろう。きっと、十人中ほぼ過半数が俺をそう責めるに違いない。見方によってはただただ痛々いたいたしいだけなのかもしれない。それくらいの自覚はある。

 けど、それでも……

「俺は、君をすくいたい」

「……………………」

 ユキを救いたい。ユキの想いを理解りかいしてやりたい。そう、俺は真っ直ぐ告げる。

 黙り込むユキ。しかし、俺の言葉はきっと彼女の何処かにひびいたのだろう。小刻みに肩を震わせ、その目からは涙をにじませているのが見える。

 俺は、そんな彼女を真っ直ぐ見詰める。確かな意思を籠めて。

 そして、そんな俺にユキは答えた。

「もし……」

「……………………」

「もし、私の罪が途方もなくおもいものだったら?もし、私の罪を知れば全人類がこぞって私を責め立てて弾劾だんがいし糾弾するような重罪だったら?それでも、貴方は私の味方みかたでいてくれるの?」

 泣いている。ユキは、涙を流しながら問いを投げ掛けている。

 彼女のそんな言葉に、俺はただ彼女をき締める。昨夜のような咄嗟とっさの行動ではない。俺自身の意思で、彼女を強く強く抱き締める。

 俺は、俺の意思をつたえる為に。俺自身の気持ちを伝える為に。全力を尽くす。

「もし、君がそれ程の重罪をったのだとすれば。俺はそれを一緒に背負おう。誰もが君の罪を弾劾し糾弾するなら、俺はそれでも君の味方で居続けよう。ユキを人類の敵になんかさせたりしないから。俺の考えはわらない。言ったぞ?俺はユキを救いたいんだ」

 その言葉に、ユキはくしゃりと表情がゆがむ。それは今まで背負い込んできた何かが崩れ去るような、そんな表情だった。今までずっとめ込んできた何かから解放されたような。

 けど、彼女はぐっとそれでも何かをこらえるように表情を引き締めて涙を拭う。

 そして、静かに首を左右に振った。そのまま俺からそっと離れこまったように笑う。

「ありがとう。でも、やっぱり私の罪は私だけのものだから。クロノ君に背負わせる訳にはいかないよ……」

「そうか……」

 そう、か……

 やっぱり駄目だめか。やっぱり、受け入れてはくれないか。そう、俺は少しだけ寂しいような気持ちになった。

「けど……」

 そう言って、ユキは困ったような。それでもさっきより幾分かれやかな笑顔で笑い掛けた。それは、俺にとってまばゆく映った。

「けど、それでもクロノ君は———私のそばに居てくれる?」

「ああ、もちろんだ」

 俺の答えも、もちろんまっていた。一切迷う事などなかった。


 ・・・ ・・・ ・・・


 その光景こうけいを、離れた場所でアキトとエリカが見ていた。仲直りした様子の二人を見てアキトもエリカも満足そうにみを浮かべている。

「良かった、やっぱり私達の見立みたては間違っていなかったね。私、初めてクロノ君を見た時に思ったんだ。彼は、ユキをつみの意識から救ってくれる筈だって」

「ああ、彼女自身はかくしているつもりかもしれないけど。俺達からすればユキさんの秘密がバレないか何時もひやひやしていたからな」

 アキトとエリカは互いに苦笑をけ合う。どうやら、二人はユキの何かを知っているらしい。けど、それをかす事はしないようだ。

 一体彼等は何を知っているのか?何を知って、何を期待きたいしているのか?

 それは分からない。けど、どうやら彼等はクロノという少年に一種の期待をしているらしい。それだけは理解出来た。

「うん、けど彼ならきっと救ってくれる。ユキの事も。そして、この世界せかいの事も」

「ああ、きっと。あいつならなってくれるさ。俺達の英雄ヒーローに」

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