第二節 縁

第41話B 光の龍種

 隕石の落下に等しい衝撃波が巻き起こり、土の精霊もろとも山の木々を焼いた。

 光が晴れるより先にモミジはまた空へと舞い戻って、無数の光芒を爆炎に向ける。


春夏冬を穿つ天降ヘルプスト・ファウスト


 光芒に沿って光の礫が形をなし、地形さえ作り変える勢いで落下した。涼華のアルビオンに匹敵しうる一撃の重さと、私の雷にさえ並ぶ攻撃の速度——私の望む全てを持ち合わせる彼女は、相手に有無を言わせぬ魔法の連射を以て地面を丸々焼き尽くした。

「成程、土の精霊というのは複数いるらしい。道理で空虚な訳だ」

 モミジはそう呟くと共に真下へと急降下、また違う形で光の魔法を叩き込んだ。

 一撃ごとに鳴り響く轟音と巻き上がる土煙は、きっと街のどこにいてもこの戦いの苛烈さを知らせることだろう。

 しかし奴の防御力は相当に高い。奴は肉体の削られた部分を瞬時に補って、崩れた土砂と岩をモミジに投げつけた。

 弾け飛んだ一部は私たちにも明確な殺意を伴って迫り来るが、モミジがこちらに向けた光と、ネリネが空中で振るった槍がほぼ同時にそれを弾く。

 モミジは自身の体に回転する光の球を纏わせて、飛翔する岩盤の数々を到達の前に叩き壊した。

「むだ。諦めろ」

 攻撃に長けたモミジが操る光は土の精霊が放つ魔法にも劣らなかった。攻撃は最大の防御という言葉は、まさに彼女の為にあろうというほどに。

 モミジはもう空にいない。荒れ果てた地面に足をつき、土の精霊の懐を取っていた。

「お前くらい倒さなくては、他の者に対する示しもつくまい。滅び去れ」

 光が巨大な砲台を作り、激しい熱量を伴って土の精霊を消し飛ばす。

 一撃はあまりに大きくて、あれほど頑丈に思われた土の精霊の防御をいとも容易く崩してしまった。

 焦茶に変色して凹んだ大地の上に立ち尽くし、涼しい顔でモミジは腕についた土を払う。彼女は事の顛末を空で見守る我々に視線を送り、小さな声で呼びつけた。

 

 胸の傷は殆ど癒えたが、僅かに空虚な疼きをもたらす。突然起こった出来事の連続に頭の理解は追いついていないし、依然鼓動は高まるばかりだが——ともかく、モミジは味方と見て良さそうに思われた。

「……久しぶり、というほどでもないか。それでモミジ。宣伝というのは?」

 モミジは小さく頷いて、先程の強烈な魔法からは想像もつかない程にのほほんとした口調で説明をし始めた。

「わたしは長いこと眠っていた。そのせいで魔力の巡りが悪かったところを狙われた。ほんきのわたしを倒して、その上に泥を祓ってくれただろう。それと、わたしは暇。お前たちが精霊裁定国に向かったことを聴いて、わたしにも何かできないかと思ったということ」

 ……緊張感のない喋り方のモミジだったが、その発言は非常に頼もしい。

 あの日砂漠で激闘を繰り広げた時より、モミジが何者かの魔力に呑まれていたのは知っていた。しかしまさか、解放された後に私たちを追ってくるとは思いもしなかったが。

 その時、ネリネは訝しげな視線と共に声を上げる。

「貴方、本当にそれだけの目的でここまで? あれから数日しか経っていないのに、そこまで魔力が戻っているのも無茶苦茶だわ」

「人間が何代も生きるくらいの間ねむっていたから、魔力は余る。速度をえらんだから、やむなく砂漠に預けた魔力もあるのです」

 魔力量は先ほど見せた圧倒的な実力が物語っている。砂漠に比べて限られた魔力であっても、土の精霊を倒せるのだ——戦力としては相当だろう。

 協力の申し出となれば快諾するほかない。了承を口にしようとしたその時、モミジはネリネを見て口にした。

「……ネリネ、お前はらいばる。でも、なかまに入れてくれるなら協力しよう」

「ライバルとは言い得て妙ね。——ええ、努々そうしましょう」

 その発言の意味は私にはわからなかったが、どうやらネリネには伝わっているらしい。……果たして、二人はどこかで出会いでもしていたのだろうか。

 険悪な雰囲気があるような、それでいて真っ直ぐで闘争的な空気が二人の間に広がっていた。私は二の句が継げないで、眼前のやり取りを黙って見ているに留まったが、二人の緊張も長くは続かない。彼女らは内に秘めた闘争心を降ろして、直後にモミジが言葉を発する。

「よろしく、めりあ」

「あ、ああ。よろしく。力を貸してもらおう」

 口頭での契約を済ませた私たちは、土の精霊の脅威を一旦置き、本来の目的——宮殿の侵入に向けて話を進めることとした。

「まずは宮殿の地図を手に入れるところからだろう。全く、エレオスがいれば簡単に済んだものを」

 他の者を強請る手もあるが、多用は私たちから大義を消失させてしまう。

 そこまで言ったところで、ネリネが何かを思いついたような反応を示した。

「別荘があるとか言ってなかったかしら。それ自体は聞けば簡単に割り出せるでしょうし、侵入すれば手っ取り早いのではなくて?」

「確かに。だが問題は宮殿内部へ入る時だ。土の精霊の模造品が量産されているんだとしたら、其奴らの探知を掻い潜るのは難しかろう」

 量産型が本体の実力を正確に反映しているとは限らないが、あれに取り囲まれては目的の達成も難しい。

 二人が揃えば敵の掃討も実現しうるところだが、そもそも向こうの皆を集めるための侵入なのだから、そんなものは机上の空論だ。肝心の内部突破に関してはネリネも思い浮かばぬようで、黙って思案を巡らせている。

 事態が大きく進展するのは、私がどうしたものかと首を捻った直後のことだ。

「透明、できる」

「はっ?」

 モミジが無茶苦茶なことを口走った。

 あまりに当然のことだったので、言葉の意味を理解するのには少々時間を要したが、彼女の台詞はつまり、私たちの目的を簡単に達成してやれるということになる。

「見えなければいいのなら、かんたん。光が透過するように弄ればすぐ」

「確かに、それが可能なら地図の入手も容易ね」

「だが、透明になると目はみえない。最短距離を最速で攻略するための準備はだいじ」

 革新的な技には代償がつきものである以上、視界の損失くらいは仕方ない。私の感覚を利用すれば、そこまでのデメリットにはならないはずだ。

「地図は手に入れ次第頭に叩き込んでおく。そうと決まれば時間がない。すぐにでも聞き込みを始めよう」

 私が山を降りようと背後に視線を飛ばした所、モミジが私とネリネを脇腹に抱えた。

「飛ぶ。……あ、まて」

 あまりに強引な飛び方に困惑する私たちを、突然の一言が更に戸惑わせる。

 また気の抜けた声でモミジは言った。

「……変装、できるかも」


 そして、私たちは街へと降りていた。

 変装と口にしたモミジだったが、私たちは何かを身に纏ったり、顔を隠したりしているわけではない。ただ、周りの者には私たちが何か別のものに見えている。

「これも魔法とはな。中々に奇抜だ」

「光を曲げてちょっと映り方を変えているだけ。だから、太陽が眩しくて顔が見えないようなもの」

 成る程、光の魔法とは随分都合のいい代物らしい。

 また、グルナートを頼るのも彼にとって悪影響となりかねない。この光魔法を駆使して適当に聞き込みをすれば、ある程度は情報が揃うだろう。


 広場より少し離れたところに着地して、私たちは暫く道なりに情報収集を行った。

「別荘は隣町なのですね。はい、三つほど隣から越してきたんです。ええ、ご挨拶にという話ですわ。ありがとうございます、貴方こそお気をつけて」

 聞き込みに際して最も多くの情報を得たのはネリネだった。顔がハッキリしない中でも、相手に不信感を与えずにコミュニケーションが取れる彼女は私たちの中でも飛び抜けた才を発揮した。

 エレオスのような下郎を見かけることもなく、今のところは土の精霊も見かけない。

 平穏な空気の中で暫くを過ごしているうちに、エレオスの別荘に関する情報の多くが揃っていた。

「ふむ、規模は他より少し大きい程度ね。従者も使用人が二人いるだけらしいわ」

「そうか。主人が死んだわけだ、もしかするともう辞めているかもしれないな」

 ともかく、地図さえ手に入ればエレオスの邸宅など後はどうでもいい。

 そのまま道なりに進んだところで、私たちは目的の場所に到着した。

 豪邸には至らないものの、民衆よりも頭ひとつ分抜け出た大きさの家だった。外にはどこか浮足だった様子の門番が二人立っている。願わくは或いはと思ったが、やはり戦闘は避けられないか。

「吹き飛んでもらうとしよう。二人とも、少々待ってくれ」

 私が雷の魔法を生成し、奴らに照準を定めた直後のことである。

 物陰よりネリネが出て、振り向きざまにこう言った。

「まあ落ち着きなさい。暴力だけが戦いじゃないのよ。この程度、変装なんてなくともね」

 二人に向かって毅然とした様子でネリネは歩いていく。

 軽微な魔力を視線に纏わせて従者二人の目を見据えてネリネは妖しい笑みを浮かべる。

 その正体は与り知らぬが、戦いはその一瞥で決着となった。

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