冷血公爵なはずの旦那様が溺愛してきます……溺愛?これは溺愛なの!?

仲村 嘉高

第1話:始まり




「お前の結婚が決まった」

 いきなり父親から言われた言葉に、私は顔を上げた。

 声を掛けられたのはいつぶりか。

 誕生日に祝いの言葉も無い家族だから、おそらく姉関係で怒鳴られて以来……1年半以上は経っている。


 何を言っても怒られるのは解っているので、黙って話の続きを待つ。

「自分の結婚なのに、興味も無いのねぇ」

 姉であるエステルが私を馬鹿にしたように言う。

 ように、では無いか。

 完全に馬鹿にしている。


 両親からの愛情を、いや祖父母からの愛情も、全て一身に受けている姉は、私の事を人間だとは認めていない。

 淑女教育も受けていない私は、姉のような話し方が上手く出来ない。

 使用人からの事務的な声掛けしかされない幼少期のせいで、事務的な口調になってしまった。


 学業は最低限家庭教師をつけられたが、やはりそこには事務的な関係しかなかった。

 その後、貴族の義務である学園に2年通ったが、そこでは姉のばら撒いた悪意が私を孤独にした。

 教師が私に冷たい対応をするので、それにならった生徒が私を無視したからだ。


 卒業式には、誰も来なかった。

 勿論、祝いの言葉も無い。

 それが3ヶ月前。


 学園を卒業してから、父親の書類を清書して家令に渡すのが私の仕事だった。

 給料など出るはずもなく、私は無料タダでこき使える奴隷と同じ扱いだった。



「でも、淑女教育も受けていない不肖の娘に、結婚なんて大丈夫ですの?」

 母親が父親に質問するが、自分の言っている言葉のおかしさに気付いているのだろうか。

 貴族の令嬢に淑女教育をしていないのは、親の怠慢だ。

 それをまるで自分は優れているのに、私だけが悪いかのように言っている。


「あぁ、大丈夫だ。相手は『冷血公爵』だ。婚約解消が2桁だから、もう性別が女でさえあれば誰でも良いのでは?と言われているだ。打診したら、直ぐに了承の返事が来たぞ」

 父親が迂闊な発言を平気でする。

 家の中だからと油断しているのだろう。


「まぁ!公爵家のお飾り妻……いえ、みにくくて飾れないから名前だけ妻かしら?」

 姉が私を見る。

 さげすみが常備されている視線に、私を貶める言葉しか出て来ない口。


「こんな娘を嫁がせるだけで公爵家から支援が受けられるなら、使用人扱いだろうが、奴隷扱いだろうが構わん。いや、いっそ殺されでもした方が金が貰えるかもな」

 ハッハッハッと楽しそうに言う父親に、母親も姉も上品に笑う。


 確かに、この家から出られるのならば、使用人だろうが奴隷だろうが、私はなるだろう。



「これで王太子妃になる為の準備が進められるわね」

 姉はなぜか昔から「私は王太子妃になるのよ」と、断言していた。

 両親と祖父母が可愛いと褒め続けたから、世界一自分が美しいと本気で思っているのかもしれない。

 学園でも姉に心酔していた教師は多かったので、あながち間違ってはいないのだろうか。


 私は姉の内面を知っているので、美しいと思った事は無い。

 人間の美醜など生皮1枚剥いでしまえば変わらない。



 自分は煌びやかな服を日替わりで着て、毎日違う宝飾品を着けるのに、私の学園卒業パーティーで着るドレスを「無駄遣い」だと許さなかった姉。

 唯一人制服で参加した私は、壁の華にすらなれず嘲笑の対象になり、学園生活を終了した。


 私の普段着は、使用人が下町で買ってくるワンピースだ。

 しかも7枚のみ。

 自分で洗濯しないと、使用人に手荒に扱われて直ぐにボロボロにされてしまう。

 誕生日まで買って貰えないのに。



 朝から冷たい『前日の使用人の夕飯の残り』を食べさせられ、昼は抜き。

 学園に通っていた時も、お金を払って貰えなかったので昼食は抜きだった。

 そして夜もやはり使用人の昼食の残り。

 温かい食事など、物心付いてから数える程しか食べた事がない。


 それなら家族と別に食べさせれば良いのに、残飯を食べる私を見ながら、自分達が豪華な食事をするのを姉が楽しみにしていた。



 だが、その生活もやっと終わる。

 公爵家で名前だけの妻であろうと、使用人扱いであろうと、姉が居ないだけでここでの生活よりは絶対にマシに違いない。



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