12話  権能解放 後編

 「————アリア!!」


 分かってはいた。これだけの敵を前に、1人の犠牲も出さず、完勝するなど不可能だ。分かっていた。分かっていたはずなのだ……ッ!


 「『大賢者』!アリアはッ!?」


 〈個体名『アリア』の生命活動——確認できません。結論———。外部からの強い衝撃により、身体の大半を消失した事に影響すると推測されます。〉


 文字通り、失い、力無く地面に叩き落とされたアリアの身体死体を前に、ルイはただ呆然と、自責を重ねた。


 なぜやつにトドメを刺せなかった——?

 


 ——俺のせいだ。

 


 なぜアリアが死んだ——?

 


 ——俺のせいだ。

 


 なぜアリアを連れてきた——?

 


 ——俺のせいだ。

 


 なぜ止めなかった——?

 


 ——俺のせいだ。

 


 何が悪かった——?

 


 ——俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ。

 


 何をしている?追撃が来るぞ。さっさと逃げろ。


 「ウルッサイッッ!!!!」


 感情で理屈を黙らせる。こんな事、今まであっただろうか。この俺が、感情を優先させるなど。


 [ルイさん!逃げてください!すぐに追撃が!!ルイさん!応答してください!!]


 あぁそうだ。本来なら、いや。間違いなく、ここはアリアを諦めて撤退に努めるべきだろう。


 ——


 知ったことか。アリアが死んだ。俺のせいで。何もかも俺が悪い。


 そもそも、こんな少ない残りの魔力で。右腕を失ったこの体で。今更何ができる?


 答えは簡単。


 


 こんな状態じゃ、逃げることさえできない。ならもういっそ。


 同じ場所で。同じ刻に。最後までアリアに付き合うのもアリじゃないか?


 そんな愚考が頭をよぎり、ルイの思考回路は——完全に壊れた。


 待てよ。ふざけるなよ。『最後までアリアに付き合う』?何を言ってる。


 俺が今やるべきことはただ1つ。


 アリアを。仲間を殺したクソ野郎を。この世から消す。それだけだろ?


 何を難しくアレコレと考えていた。確かにアリアに付き合うのも結構。だがその前に、やらなければいけない事があるだろ?


 ルイは、完全に思考を放棄していた。


 今のルイでは何もできない。


 利き腕を失い。魔力を失い。先を生きる希望を失い。


 そんな人間ができることは?


 


 そして再び、光が弾けたとき——


 [ルイさん!]

 「ルイ殿!」


 ルイとアリアは——姿を消した。


 そして再び弾けた光は虛を穿ち、その大地をえぐった。


 「ぇ…?ルイ…さん?アリアさんは…どこに・・・?」


 「ルイ…殿…?」


 ソフィアはもちろん。実践経験を幾度となく積んだガフでさえも、判断した状況は『』。


 言い換えようのない、異常事態だった。


 「…私がルイさんに代わって指揮を執ります!ガフさんは統制を!」


 「了解!」


 だがソフィアはかろうじて我を取り戻した。


 なんとかしないと!ルイさんとアリアさんがいない以上、この場でまともな戦力となりうるのは、私とガフさん、他のギルドの妨害魔法だけッ!


 これらでどう倒し切る!?私には『大賢者』も『探知』もないから、敵の残りのHPがわからない!!


 最も懸命なのは、『撤退』。私たちの主戦力が2人いなくなった以上、この判断が最も賢明だ。


 だが逃げ切れるか…?アイツを背に、街まで逃げたところで何になる?逆に追われて、一般人を巻き込む事になる。それは論外だ。


 なら——!


 「私は『No.Name』のソフィアです!今からルイさんに代わり全体の指揮を執ります!!」


 ルイが死亡したことを暗示する発言に、一同の視線はガフに集中する。「本当にいいのか?ルイはどうなった?」と。


 「————」


 だがガフはその視線を即座に黙らせる。すなわち、歴戦の猛者が持つ、『あ?うるせぇ』という眼差しに。


 「!!冒険者は各位の攻撃や妨害を続行!騎士団の皆さんは、私の狙撃の援護と追撃を!」


 逃げてたまるか——!街まで逃げたところで、おそらく全滅。いや、街ごと一帯が朽ちるだろう。


 それこそが最悪の結末だ。死ぬのは…私たちだけでいい…!


 「『光輪の弓帝』!」




 「ここは…?——アリア!」


 ルイが目を覚ましたのは、既視感のある、白い空間。そして、ルイの横には、アリアの体が力無く横たわっていた。


 あぁそうか。俺のせいでアリアが死んだんだ。他のみんなは?ソフィアとガフはどうなった?まだ生きてるのか?それとも2人もアイツに敗れたか…?


 ここは一体何だ?妙な既視感はあるが思い出せない。…まぁどこでもいいか。出られるならそれでもいいし、出られないならそれもいい。まったくほんとに——


 ルイが首を上げると、そこには——あの女神がいた。


 「——ッ!」


 だがそこにいたのは、以前のおちゃらけた、パリピじみた女神ではなかった。


 慈愛に満ちた、まさしく辞書で『女神』と引けばこの様子だろうという女神だった。


 「久しぶりだな…」


 「はい。貴方のを、ずっとここで見ていました。」


 あぁなるほど。ルイの既視感は間違いではなかった。ここはまさしく、萩原が死に、ルイが生まれた場所。『天界』だった。


 「の間違いだろ。笑えよ。仲間1人守れない、英雄を気取った笑い者だって。」


 だがそんなルイの自虐を捨て置いて。


 「あえてありきたりに、端的に申し上げます。——力が、あの魔物を、『墮鬼人だき』を倒す力を。貴方は欲しますか。」


 え…?今、なんて——


 「貴方も不思議に思ったでしょう。かのナンバーズは、どうやって墮鬼人を下したのか…。答えはこれです。私が、彼のスキルの『権能』を解放しました。」


 『権能』…?『解放』…?一体何の話だ——?


 「本来、私は世界に干渉することはできません。ですが、あの墮鬼は、この世界の産物ではありません。この世界や、ほかの次元。全ての世界の、『悪意』によって生まれたものです。貴方が昔いた『地球』の創作物でも、よく言われていましたね。」


 だからこそ、私もこの事態に関与できる、と告げ、


 「貴方達が持つ、『スキル』の中には、一部のものを除き、『権能』というものが存在します。『権能』を解放したスキルは、以前のスキルとは比べ物にならないほど強力になります。かつてナンバーズが、墮鬼人を下したように。」


 ルイの反応はない。だが、聞いてはいるという確証を持って、女神は続ける。


 「『権能』を解放させる貴方のスキルは、『物質支配』です。無機物のみでなく、有機物——『細胞』の支配をも可能にします。」

 だが『細胞の支配』という言葉を聞き、ようやくルイは言葉を返した。


 「それは——アリアの…蘇生…も?」


 かつての先人曰く、『暗闇だからこそ、光が見つけられる』。


 次にルイが発する言葉はもう、決まっていた。


 「可能です。ですが『権能』の解放には代償が——」


 「。代償は——でどうだ!!」


 ルイのスキルの総数は39。その3割は、約11。


 決して多くない。いや、この世界ならどんな金銀財宝でさえ霞むその数に、僅かに眼を剥いたのは女神の方だった。


 代償?知ったことか。


 またもう一度、あの声が聞けるのなら。


 またもう一度、あの天真爛漫さに振り回されるのなら。

 


 

 何もかも————惜しくない!!

 


 

 「かしこまりました。それほどの覚悟を見せつけられては、私もそれに応えるしかありませんね…」


 ——またアリアに会いたい。

 ——またアリアと冒険がしたい。

 ——また3人でバカ笑いがしたい。


 「では貴方の、『ストレージ』『恐怖の邪眼』『呪殺の邪眼』『死滅の邪眼』『ステータス偽装』『物理耐性』『魔法耐性』『恐怖耐性』『邪眼耐性』『状態異常無効』『予見』のスキルを代償に、スキル、『物質支配』の『権能』を解放します。」


 その瞬間、ルイの中から何かが抜け落ちていくのを感じた。


 これがスキルがなくなる感覚なのか——!?


 瞬間。今度は胸が灼けるような、赤熱を感じた。


 「これで完了です。」


 体感的には何も変わっていない自分の身体を眺め——唱えた。


 「『権能…解放』」


 その瞬間、大量の魔力が消費されたのを感じた。ルイの総魔力量の、約2割の魔力が放出された。


 そして、ルイの左手の甲には、黒い立方体が刻まれていた。


 「………!」


 その手をアリアをかざすと同時。


 アリアの体に、三原色の丸い光が収束していき——身体が再生を始めた。


 これが…細胞の支配…


 いつかその光の収束は止み、ルイにとって何時間にも感じた数瞬の後。


 閉ざされていたアリアの瞼が、ゆったりと、だが確実に開き始めた。


 「あ…れ…?ここって…どこ?——あれ!?ルイ!?なんで泣いてるの!?」


 失ったはずの半身を取り戻し、だが直前の記憶が抜けているらしいアリアが体を起こした瞬間。


 ルイが今まで堪えていた涙は、決壊した。


 「アリア…ほんとに…お前は…いつも…迷惑ばっかりかけて…少しは…俺の言う事も…きいてくれよぉ…」


 上手く舌が回らず、またえずきのせいでちゃんと発音できているかさえ怪しいルイの言葉の真意を、アリアは理解できなかった。


 それでも——


 「ちょっと…ルイ…!こんなところで抱き付かないでよ…!」


 自分にルイが抱きついているという事実だけを認識し、アリアの体温は上昇を続けた。


 「では行きなさい。貴方のお仲間が、墮鬼人に敗れるのも、時間の問題ですよ。」


 「…あぁ。すまなかった。俺らしくないところを見せたな…感謝するよ。本当に。」


 「…え!?ちょ、ルイ!あのお姉さん誰!?いつからそこにいたの!?」


 ルイが自分に抱きついた時から。あるいはその前からそこにいたのか、というアリアの問いを流し。


 「あぁそれと。お前、前の方が似合ってたぞ。」


 いつもの調子を取り戻したルイに、女神は小さく微笑し。


 「ちょ、だから質問に答え——」


 アリアの手を引きへ走り、そのまま飛び出した。


 

 「ン…!そろそろルイさんが帰って来てくれない…と!まずいですね…」


 地上では、いまだ何も糸口は掴めないまま、極限状態が続いていた。


 そろそろ私の魔力だって尽きてしまう…ここまで犠牲者が出ていなかったのは、ルイさんの指揮が完璧だったおかげ…!私ではいつか、誰かを犠牲にしてしまう…!


 「士気を落とすな!!今はただ、ヤツに一撃でも多く攻撃するんだ!!」


 こうやって励ましてくれるガフさんの魔力も、残り僅かなはず…!何か、何かを見つけないと!!


 「ソフィア殿!!!!」


 え——?


 ソフィアの眼前には、既に墮鬼人の光線が迫っていた。


 しまっ——ッッ


 咄嗟に木から飛び降りるも、受け身の姿勢を作れず、左足をひねってしまった。


 何をしている!!?周りのクリアリングなど、狙撃手の基本じゃないかッ!でもこの足じゃもう…!


 そう思い見上げた空に、ソフィアは一筋の、だが太陽よりも眩しい——煌きを見た。


 また、その煌きの中に、2つの人影を臨み。


 「…ほんっとに…遅いんですよ…」


 それがルイと、ルイと手を繋いだアリアだと気づくのに、ソフィアが要した時間は、実に約3秒だった。


 

 「ふぇ!?何で私たち——落ちてるのー!?」


 扉を飛び出したその先に待っていたのは、


 そう。空だった。


 本来、人間が道具も用いずそこ舞う者はおらず、仮にいたとしても、それは確実に心を病んだ者しかいないそこを!!


 ルイとアリアは——落下していた。


 アリアは絶叫を。いや、ネコの世界を脱出した女子高生も耳を塞いだであろうを伴い。


 ルイは獰猛な笑みと、まだ全滅していない様子への安堵を伴い。


 未だ消えぬ黒い立方体を刻む左手をかざし、唱えた。

 

 


 「失せろ————っっっ」

 


 

 直後、三原色の光が、だが今度は逆に墮鬼人の身体から放出されていき——そこには虚空と、質量の消失による旋風だけが残った。


 そのまま落下するかと思われたルイとアリアも、『重力操作』によって危機を免れ。


 「ルイ殿!」「アリアさん!」


 ここまで全体を指揮した、2人の声に。


 「ハハ…遅れて悪い…ちょっと…休む…わ……」


 ルイは今まで感じたことのない疲労感を受け入れ、そのまま意識を手放した。

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