義妹と彼女
「仕方がありませんので、兄さんでも食べられるような物を作りたいと思います」
「まるで僕が偏食家みたいな言い方! 好き嫌いはしない方なんだけどなあ」
「邑楽くんは、何でも美味しいって言ってくれるからねぇ。そういうところ、わたし好きだよ」
「何でもも何も、まだ一、二回した一緒に食事した覚えがないんだが……あれ!? 神騙!? なんで!?」
翌日。つまりは土曜日。基本的に家に寄り付かない僕でも、普通に好ましいと思えるお休みの日。
嫌いというほどではないが、好きであるとは言い難い学校に向かわなくても済むのだから、それも当然だろう。
自由な時間はあればあるほど良い。僕はそう思うタイプの人間で、今朝も旭さんと沙苗さんを見送った後、今日はどこに出かけようかと画策していたところを、愛華に捕まったのであった。
いつもであれば、適当な理由をつけて逃げ隠れするところであるのだが、流石にもう、そうするわけにはいかない。
歪であろうとも、自然でなかろうとも、互いに歩み寄ろうとすれば、きっといつかは、ちゃんとした兄妹になれるはずなのだから。
そのためには、多少なりとも一緒の時間を過ごした方が良い──なんて、柄にもないことを考えた結果、どこからか現れた神騙が、愛華と並んで僕を待ち受けていたのだった。
おい……これは一体、どういうことだ…?
この女、何を当たり前みたいに、人の家に上がり込んでいるんだ……。
すわ不法侵入か? とも思ったが、神騙は頭がおかしいだけで、法に反するタイプの非常識ヒューマンではない。
法には触れない、電波なだけの女である。いや充分ヤバいんだけど……。
罪には問われないラインにいる人間の相手が一番困るんだな……と深く頷くしかない僕だった。
しかし、まあ、愛華が招いたと考えるのが安牌だろうか。何で招いちゃったのかしら……と頭痛がしてくるところではあるのだが、まあ何も狙いが無いという訳でもあるまい。
今日はこれから、僕は彼女らに何をさせられてしまうのだろうか……。
早速今日が厄日になる予感がして、ブルリと身体を震わせた。
「いや、でも何で神騙がいるんだ……? 誰かに教えてもらう必要なんてないくらい、愛華は料理出来るだろ」
「でも、それだと兄さんは食べられないのでしょう? でしたら、食べてもらえたことのある人に、ご教示願うのは当然のことかと思いますが?」
「…………何で僕が、神騙の弁当は食えたこと知ってるんですかね……」
「えへへ、自慢しちゃった」
「自慢されました」
ギュゥゥとお玉を握りしめる愛華と、陽気すら発してそうなくらい、朗らかな笑みを浮かべる神騙。
わぁ、春と冬が同居してるみたいだなぁと、現実逃避気味に思った。
「そういう訳で、腹立たしかったので、せめて力を借りようとした次第です」
「腹立たしいって……」
その割には、冷静な判断している愛華であった。強かだなあ、と思う反面、妙な勘違いをされてそうだな、とも思う。
「悪いんだけど、多分味の問題じゃないぞ……ていうか、もしそうだとしたら僕、マジで最悪なやつになっちゃうからね?」
「ええ、もちろん分かっています。ですから、わざわざ神騙先輩を招いたんですよ、兄さん」
単に好みの問題でしかないというのなら、レシピだけで十分でしょう。と愛華が当然であるかのように言う。
えぇっと……つまり、どういうことだ?
分かったようで全く分からなかったので、取り敢えず分かったような顔をしておけば、呆れたように神騙が笑う。
本当、神騙はこういうところをスルッと見抜いてくるのだから、時折恐ろしい。
「要するに、きみの愛するお嫁さんと一緒に作った料理なら、きみも食べられるんじゃないかって話をしてるんだよ」
「なるほどな、別に神騙は嫁でも恋人でもないから、諦めなさい、愛華」
「そうなると、他人であればあるほど、兄さんはご飯を食べられるということになるのですが……」
「まあ、あながち間違っちゃいないからな……」
実際、コンビニ弁当なんかは全然食べられる訳だしな。学食だって、気を付ければ問題ないくらいだし、外食は言わずもがなだ。
本当に、この家の料理だけを、僕は受け付けていなかった。
こんなことを言ってしまえば、本当に家族が嫌いなやつみたいだな、と思う。
嫌いでは無いはずなのだが、状況的にはそうも言えない感じはどことなくした。
「でも、わたしが作ったお弁当が、一番美味しかったでしょ?」
「くっ……くそっ、まあ、そうだな」
「えへへ。何だかんだ文句は言いつつも、そこは認めてくれるの、きみらしくて好きだよ」
「どこら辺に”らしさ”を見出してるんだよ……というか、それはもう遠回しに捻くれてるって罵倒じゃない?」
「兄さん、デレデレしないでください。みっともないですよ」
「デレデレなんてしてたかなぁ……!?」
神騙といると、微妙に理不尽さが上がる愛華だった。もうね、しれっと足踏んでくるところとか超理不尽。
ぐりぐりとねじったりするのやめようね、普通に痛いから。
この子、何となく暴力性が上がってないかしら……。距離が近いのは別に構わないが、暴力以外のコミュニケーション能力を身に着けて欲しいなと思った。
「何だ、愛華。僕がとられそうで嫉妬してるのか?」
「うっっ、ぬぼれないでください! なーくんの──兄さんのそういうところ、本当に嫌いです!」
「逆に普段の僕はそこそこ好きなのか……」
「そ、そうやって軽口ばっかり飛び出してくるの、昔のなーくんみたい……いえ、本当に兄さんって感じがして、苛立ちます。叩いても良いですか?」
「もう叩いてるんだよなあ……」
僕に向かって、拳をポコポコ鳴らす愛華だった。可愛らしい音の反面、普通に痛くて表情が歪む。
あんまり暴力を振るうの、お兄ちゃん良くないと思うな……。
僕に対してはそういうところ、昔っからアクティブなんだよな。
もう少しだけで良いので、僕にも普段のお淑やかさを発揮してみせて欲しかった。
どう思う? ねぇ……と神騙へと目を向ける。
そうすれば、そこにいたのは両頬を”むぅ~”っと膨らませる神騙だった。
珍しい──いや、珍しいと言えるほど、僕は神騙のことを、良く知ってはいないのだが──姿だった。
あからさまに不満そうに、それでいてなお可愛らしく、神騙は僕を見つめ返した。
「……ズルい」
「は?」
「わたしもきみに、もっと構ってもらいたい……」
「可愛い声と目で言うのやめろよ……ちょっと心がグラつくだろ」
うっかりコロッと、愛華みたいな扱いをしてしまいそうになる僕だった。
危ない危ない。ここで絆されたら完全に負けである。
ただでさえ、既にかなり心を許してしまっているのだから──というか、神騙に対しては、むしろ心だけが、勝手に最初から全開になっている節がある僕である。
これは僕に限らずとも、多くの人にとって異常な事態ではあるだろう。
もしここで、理性が押し負けてしまったら、もう後は、ズブズブと沼にハマってしまうだけになるのは意外と目に見えていた。
そ、それだけは嫌だ……。
このまま何も分からず、何も分からん女に絆されるのは、ぶっちゃけどうかと思うし……。
「まあでも、神騙のご飯が食べられるってのは、僕としてもラッキーだな。昼飯になるんだろ? 楽しみにしてる」
「きみ、本当にそういうところだよ……」
「どういうところだよ……」
非難するような目のくせに、頬は嬉し気に緩む神騙だった。
せめて感情と言葉は一致させてくれないか、という僕の小言はやはり、届くことはなかったが。
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