それはいつの日の記憶。
何だか本格的に、神騙と僕との関係性だったり、如何に神騙の頭がぶっ飛んでいるのかを、一から説明してあげた方が良いような気もしてきたのだが、しかし時間も時間である。
夜の十時半と言えば、高校生と言っても補導されてしまいかねない時間帯だ。
じっくり三人、卓を囲んで話すにしては、些か以上に遅すぎる。
そういう訳で、今日のところはお開きとなった。
どうにもコンビニ帰りだったらしい愛華を家へと帰し、そのまま神騙の家へと直行する
再び二人乗りでもすれば一瞬でつくような距離ではあるが、神騙の要望で歩きとなった。
倉庫に自転車を叩きこみ、神騙の隣を歩く。
「それにしても、盲点だったなあ。愛華ちゃんのお兄ちゃんが、邑楽くんだっただなんて」
「まあ、兄妹って言っても、しょせん義理だしな。それに、こうなったのは一年前のことだし、知らなくて当たり前だろ」
「だけど、二人は従妹でもあったんでしょ? それなら、やっぱりもっと、早くに知りたかったなぁ」
「そりゃまた、何で」
「もちろん、きみともっと早く、会いたかったからに決まってるじゃない。ずっと、期待だけはしてたんだから」
「前世電波、そんなに小さい頃から受信してたのかよ……」
筋金入りというか、ここまで来たら神騙の中では、設定ですらないのかもしれなかった。
それはそれで闇を感じると言うか、出来れば踏み込みたくはない感じである。
しかし、まあ、この先付き合いが多少なりとも続くのであれば、否が応でも踏み込むことにはなるのだろうな、と思う。
何せ、藍本家を見れば分かる通り、他人との距離の取り方というのが、僕は絶望的に下手くそなのだ。
グイグイと距離を詰めてくる神騙とは、そういった意味合いで、相性は最悪とも、最高とも言える。
それはつまり、神騙が開示したい情報部分までは、容易く誘導されてしまうということに他ならない。
そう考える、今から微妙に気分は重かった。
「小さい頃からなんてものじゃないよ、わたしはわたしがこうして生まれた時から、きみのことだけは覚えていたんだから」
「へいへい……そりゃご大層な記憶だな。僕の一番幼い頃の記憶なんてアレだぞ、犬にかまれてギャン泣きした時のやつだぞ」
「何それ可愛い……」
「全然可愛くはないんだが……」
むしろ痛ましい記憶だった。今思い返してみても、マジで痛かったという記憶だけが焼き付いている。
小型犬とかじゃなくて中型犬だったんだよな。
「あー、あとはアレ。従姉妹……愛華じゃない、年下の子がいたんだけどさ。その子と話した記憶がぼんやり残ってるな」
「へぇ、どんな人だったの?」
「分からん」
「?」
「いやだから、分かんないんだよな。つーか、僕が勝手に従姉妹だって思ってるだけで、実は違う可能性もあるんだ、これが」
「?????」
疑問符をいっぱい出しながら、可愛らしく首を傾げる神騙だった。その気持ちは本当に良く分かるのだが、これ以上の説明が僕には出来ない。
というのも、記憶がしっかり残っている訳ではないのである。
何を話したのか、どうして話したのか。いつ出会ったのか、彼女が誰であったのか。
困ったことに、鮮明として思い出せるものが、何一つなかった。
まあ、幼い頃の記憶なんて、そんなもんかもしれないのだが……。
恐ろしいことに、僕以外に彼女の存在を把握しているような人物が、僕の周りには一人もいなかった。
今は亡き、父さんと母さんに話したこともあるが、どちらも「夢でも見てたんじゃない?」といった旨の回答が返ってきたことがある。
いや、確かにうちは親戚付き合いがほとんど無かったので、従姉妹と定義している僕が間違っている可能性は大いにあるのだが……。
でもなあ、ほとんど無かったということは、多少はあったということであり、実際、葬式の時は滅茶苦茶な人数が参列していた。
その辺の道端で出会った子と、偶然話が弾んだと考えるよりかは、従姉妹である可能性の方が高そうなため、勝手に従姉妹だと思っているところはある。
何ならいっそのこと、本当に夢か何かであったと考える方が現実的かもしれないのだが、何となくそうではない、という確信があった。
根拠の一つも無い確信ではあるが、まあ人間なんだからそういうこともあるだろう。
「ま、振り返って思い返した時に、思い出補正で幻想化させた、子供の頃の不思議な記憶枠だよ。誰にだってあるだろ、そういうの」
「う~ん、まあ確かに、そういうのがあるのは分かるけど……もうちょっと、思い出せることとかないの?」
「もうちょっとって言ってもな……」
夏であった。とは思う。
照りつける太陽は、肌を軽々焼いてしまうくらいの熱を降り注がせていて、その暑さにぐったりとしながらも、縁側に並んで座っていた。
けれども、鮮明に思い出せるのはそこまでだ。
つーか、何でか年下だと思い込んでいたが、シルエット的にはむしろ年上なんだよな。
中学生か、あるいは高校生くらいか?
少なくとも、今の僕たちくらいなようにも思えた。
今の僕が経験するのならば、年下だと思い込んでも仕方がないが、当時まだ、小学生かそれ以下だったと思われる僕が、何故そんな傲慢なことを思うのか……。
不思議というか、いっそ変だなと思った。
ま、そうはいっても子供の頃の記憶だからな。
あやふやな部分が多いのは仕方がない。
「ああ、でも、そうだな。その人も金髪だった気がする。良く見るキラキラした感じじゃなくて、何ていうか、儚さがあるっていうか……あっ、そうアレ。ちょうど今日、図書館で見た絵があったろ? イメージとしては、アレが一番近いかもしれないな」
「────っ、それ、は。えっ? 邑楽くん、やっぱりわたしのこと大好きだよね?」
「え!? なに!? 何でそういう話に接続されるんだ!?」
とんでもない話の受け取り方と飛躍をする神騙だった。やっぱりこいつが絵のモデルなったんじゃないか?
だとしたら、とんでもない告白みたいなことをしてしまった形になるので、恥ずかしいとかいうレベルの話ではないのだが……。
えへえへえへへぇ……と、頬を緩めまくる神騙を見ていると、何についても言及するのは憚れるというものだった。
沈黙は金、雄弁は銀である。
大人しく黙り込めば、酷く嬉しそうに身を寄せて来た神騙が、しかし驚くほどに優しく、理知的な声音で言う。
「わたしも、きみのことが大好きだよ──いつでも頼って、寄り掛かって良いからね。でも、だからこそ……もうちょっと、愛華ちゃんをちゃんと見てあげて。愛華ちゃんは、ずっときみを真っ直ぐ見つめてるよ」
「シレッと僕が神騙のことが好きみたいにするんじゃない……でも、うん、分かってる。悪いな、気遣わせて」
基本的にグイグイ来るくせに、本当に踏み込んで欲しくないところは把握している節のある神騙は、やはり一線を引いた、背中を押すかのような優しい言葉だけを紡ぐ。
ああ、これはダメだな、と直感的に思った。
下手をすれば依存してしまいそうな、底なしの優しさ。
それはきっと、僕をダメにしてしまう──ま、その優しさが向けられてるのも、今だけかもしれないのだが。
またね、と笑って手を振り、部屋へと入る神騙の背中を見つめながら、小さく息を吐いた。
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