図書館デート?-04
ペラリとページをめくる音が耳朶を叩く。それ以外の音はほとんどなくて、意識をすれば互いの呼気が聞こえるくらいだろうか。
二人掛けのソファに並んで腰をかけ、先程選んだ同じ本をゆるりと読む。
ようやく正しい図書館の利用をし始めた僕たちは、静かにそんな時間を過ごしていた。
今更過ぎる気もするが、神騙との距離が近すぎるということ以外は、概ね心地の良い時間である。
手に取った小説のジャンルは恋愛もの……というよりは、青春ものだろうか。とはいえ特段、ジャンルを意識した訳ではない。
たまたま二冊並んでいたのがこれだった、というだけの話である。
神騙がどうかは知らないが、僕は割と濫読家だ。特定のジャンルに絞って本を選ぶことはほとんどない。
だいたい何でも読む、というやつだ。もちろん、何でも楽しめるという訳ではないが。
好みくらいはあるからな。単純に、本を選ぶ時にその辺を考慮しないことが多い、というだけの話である。
そうした方が、色々な本と出会えて面白いしな。
自分の視野が広がる感覚というのは得も言われぬものだ。
そういう訳で、黙々と読み進めてはいたのだが、どうにも集中力が途切れてしまった──小説の内容が面白くないという訳ではなく、単純に疲れてしまったのだろう。
読書って意外とスタミナ使うんだよな。
それに今日は色々とあった……僕からしてみれば、ありすぎたくらいだ。
疲れない訳が無いというか、むしろガッツリ疲弊していると言っても良いだろう。
ふぅ、と小さく息を吐き、背もたれに背を預けてから、神騙の横顔を盗み見る。
──本当、美人だな。
整った容姿に、シミ一つない白い肌。
美しい亜麻色の長髪に、はしばみ色の瞳。
真剣な表情でページをめくる神騙は、頭がぶっ飛んでいる電波な少女には全く見えなかった。
むしろ深い知性を感じるほどで、実に理知的な美少女といった様子である。
それこそ、この瞬間を切り取ってしまえば、それだけで立派な絵になると思えるほどに。
そのくらい、神騙かがりという少女は、多くの意味で整っていた。
これで前世が云々だとか言い始めなければ、絵に描いたようなパーフェクト美少女なんだけどな。
天は神騙に何物も与えたが、その分だけ頭からネジを取り外してしまったらしい。
なんてことをしてくれたんだ……返して! 神騙に一本でも良いからネジを返してあげて! なんてことを思っていれば、不意に目が合った。
少しだけ驚いたように目を丸くして、それからふわりと笑う。
「なぁに? 構って欲しくなっちゃった?」
「馬鹿言え、そんな訳ないだろ。ただ、やっぱ美少女だよなって、そう思ってただけだ」
「……きみって本当、誰にでもそういうことを、サラッと言えちゃう人だよねぇ。嬉しいけど、ちょっと減点だなあ」
「分かったようなことを言いながら減点されている……」
まあ、何点引かれようが痛くも痒くも無いのだが、それはそれとして、何で僕が非難されるような目で見られなきゃならないんだよ……。
美人な人は美人だし、イケメンな人はイケメンだろ。
お世辞ではなく、事実そうなのだから、本人に伝えたところで支障はないはずである──というか、そういう人たちって言われ慣れてるからな。
多少なりとも自覚はあるだろうし、あちらからしても、もう聞き慣れたを通り越して、聞き飽きているんじゃないだろうか。
特に神騙は、分け隔てなく誰とも接するような人間だ。
この類の言葉をかけられるなんて、日常茶飯事と言っても過言ではあるまい。
「同じ言葉でも、言ってくれた人によって、受け取り方は変わるものなんだから。その辺、気を付けないとダメだよ? 邑楽くん」
「安心しろ、まず気を付けないといけないような人間関係は存在しないからな」
「それじゃあ、わたしのことだけ気にかけて?」
「それはちょっと……」
返しの言葉の威力が高すぎるだろ。ビックリして思わず声震えちゃったんだけど?
だいたい、こうやって連日振り回されているのだから、ある意味ではすでに、神騙のことを考えっぱなしみたいなものである。
「ていうかな、僕だって相手くらいは選んでるよ。神騙だから、こうやって気軽に言えてるんだ」
「きみ、女誑しの才能までそのままなんだね……」
「前世電波を受け取りながら罵倒も出来るのかよ……万能すぎる」
ていうか、女誑しって……。初めて言われるタイプの悪口だった。
仮にそうだとしたら、今頃彼女とは言わずとも、友人の一人や二人、軽々と出来ていそうなものである。
現実がそうなっていない時点で、その辺はお察しというものだろう。
誑し込むって言うか、むしろ避けられてるまであるからね。
これが入学時に友達作成スタートダッシュをきれなかったものの末路である。
コミュ力低めな人間が、そこで盛大な遅刻をかましてしまったら、最早人権は無に等しいのだ。
ま、まあ? 別に? 僕は一人でも人生楽しい側の人間だし?
内心、言い訳を重ねながら、栞を挟んでパタンと本を閉じる。
時計に目をやれば、短い針はそろそろ10に重なろうとしていた。
「そろそろ出るとするか……悪いな、こんな時間まで付き合わせて」
「わたしが好きで付き合ってるんだから、謝らないのっ。感想はまた今度だね」
「だな」
僕は読むのが早い方でも遅い方でもない。多分、至って平均的な読書スピードだ。
それに加えて、今日は特別目が滑る日だった。
読み終わるのは明日か、まあ明後日くらいだろうか。
カウンターで貸し出しの処理をした後に、二人揃って外へと出る。
もう数時間もすれば深夜と言っても良い時間帯だ。すっかり辺りは暗闇に落ちていて、電灯がチカチカと瞬いている。
後ろに座った神騙が、僕の身体に手を回すのを確認してから、ペダルを踏み込んだ。
ここから互いの家までは、そう遠くもないが、だからと言って、近いと言うほどでもない。
神騙もいることだし、ちょっと急ぐか……と思えば、心なしか、体重をぐったりと預けられているのを感じる。
「おい、神騙。寝るなよ、マジ危ないからな」
「分かってるよ~、ふぁ……」
「全然分かってなさそうな欠伸だな」
「大丈夫大丈夫、仮に寝ちゃったとしても、きみのことは手離さないから」
「声がマジトーンすぎる……」
とはいえ、そんな言葉を馬鹿正直に信じるのもな……と思いつつも自転車を転がす。
あまり会話はないが、それなりに居心地の良い時間が続き、やがて藍本家の家が見えてくる。
ここから更に、もう少しだけいけば神騙の家だ。
もうひと頑張りだなと思うと同時に、人影が前から来ていることに気付く。
減速しながら、道を空けるように逸れれば、不意に目が合った。
暗闇の中でも分かる、綺麗な黒の長髪──
「あ、愛華」
「あら兄さん、今日は随分とおそ──その方は?」
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