図書館デート?-03



 腹ごしらえもそこそこに、僕たちは再び図書館に戻ってきたのだが、どうにも此処は随分と遅くまで開いているらしかった。

 ふと目を向けたボードに掲示されていた、開館日やら閉館時間の案内のところに、手書きででかでかと「今日は0時まで!」と書かれている。


 何とも豪気というか、刹那的に生きてそうなオーナーだなと思った。友達にはなりたくないタイプである。いや、友達なんて数えるほどもいないんだけど。

 とはいえ、助かったといえば助かった──もちろん、そんなギリギリの時間まで粘る気は毛頭ないが、それでももう一、二時間くらいは潰したかった僕からしてみれば、朗報とすら言えるだろう。


 さーて、今度こそ新しい出会いを手に入れるぞーっという期待を、しかし持つことはなく、普通に気付かなかったレベルで、自然に手を繋いでいた神騙の動向をうかがった。

 パチパチと瞬きをした神騙が、コテンと不思議そうに首を傾ける。


「? どうしたの? 邑楽くん」

「や、てっきり単独行動を禁止されてるのかと思ってな。館内で騒ぐわけにもいかないし、仕方ないから行き先は委ねようかと……」

「おっ、流石邑楽君。鋭くなってきたねぇ」

「流石も何も、誰だってそろそろ学習してくる頃合いだろ……」


 自覚の有無は確認しようがないが、少なくとも昨日から、僕は神騙に振り回されっぱなしである。何をするにも隣に神騙がいたし、お陰で自動的に、神騙の思うがままの一日にされているようだった。

 頭がぶっ飛んでいるだとかは、さて置くとしても、たまーにいるんだよな、こういう台風みたいな人種。


 こういう手合いを相手するときは、いっそ全てを諦め、振り回されるがままとなるのが最適解である。

 ただ、過ぎ去るのを待つのみだ……神騙が、容易に過ぎ去るとはあまり思えなかったが。


 むしろ僕の周りにずっとたむろしているまであるレベル。そんなやつとどう戦えって言うんだ!


「それじゃあ、くるっと一周だけしちゃおっか。それからその後は……二冊あるの選んで、二人で読まない?」

「悪くないな、読み終わったら感想戦でもするか」

「うんっ、久しぶりだね」

「いや初めてなんだけど……ナチュラルに過去を捏造……じゃない! 流れるような前世電波キャッチやめろ」

「えへへ……楽しみだなあ」


 もちろん僕の小言が気にかけられることはなく、神騙はキュッと、ひと際強く手を握り、ルンルン気分で歩き出す。

 思わずため息を吐きそうになったが、僕も今回ばかりは、気持ちが分からなくもないので、苦笑することしかできなかった──いや違う! 別に僕まで前世電波をキャッチしているわけではない! ただ、感想戦が楽しみだと、そう思ったのである。


 僕は自身をそれなりの読書家であると自負している方ではあるが、しかし、誰かと感想を共有したことはなかった。

 実はちょっと憧れてたんだよな。


 創作物は、ただ楽しみ、糧にするのも良いが、誰かと語り合うのもまた醍醐味の一つである。

 同じ物語だとしても、人それぞれの捉え方があり、見え方がある。


 そういう、自分とは全く違う視点から見た感想を言い合えるのは、きっと楽しいだろう。


 やったぜ、と先ほどまでとは別種のウキウキを携えながら、神騙に引かれるままに歩く。

 この地下図書館は、確かにオーナーの趣味が散りばめられているらしい。


 あちこちに飾られている絵画が、僕にそれを教えてくれているようだった。こうも大量に、それでいてしっかりとした額縁に収まっているのが並んでいると、図書館というよりは美術館だなと思う。

 美術の成績はどれだけ足掻いても4(うちの学校は5段階評価制だ)でしかない僕に、それらの価値や凄さを理解することは難しいが、そんな人間であっても、意外と楽しめるらしい。


 なるほど、美術館デートなんてものが存在し続ける訳だ、と深い納得を得る。てっきり、恋人が出来るような人間というのは、そういった方面にも詳しくないといけないのかと思っていたぜ。

 まあ、でも確かに、美術への知見が浅かろうが、誰にだって、基本的には好みの絵だったりってのは存在する訳だしな。


 そう考えるのであれば、むしろ多種多様な絵や彫刻がある美術館というのは、そもそも誰しもが楽しめる場所なのかもしれない。

 どれか一つくらいは、気に入るようなものがあるという訳だ──いや、ここは別に美術館ではなく、図書館なんだけど。


 今度、時間がある時にでも、美術館に足を運んで良いかもしれない、なんてことを考えつつも、まじまじと肖像画を見つめる。

 ”制服の天使”なんて銘が打たれたそれは、金髪の少女がモデルだったらしい。


 何となく、それでいて強烈に目が惹かれる。そういえば、書庫でアルバムを見た時も、似たような気持ちを抱いたな。

 自覚は全く無かったのだが、僕は金髪が好きなのかもしれない。


 まさか地下図書館とかいう場所で、己の性癖を理解することになるとはな……。

 このことは誰にも漏らさず、墓場まで持っていこう……と心に誓っていれば、不意に裾を引かれた。


 相手が誰かなんて、考えるまでもない。だから、特に考えることもなく目を向ければ、頬をほんのりと朱に染めた神騙がそこにいた。


「ど、どうしたの? そんなにまじまじと見て」

「んー、いや、別に何かあるって訳じゃないんだけどな。ただ、好きだなと思って」

「え、えへへ……」

「何でお前が嬉しそうに照れてんの!? 神騙の話じゃなくて、絵の話な。絵の」

「だから、嬉しいんだよっ」

「だから、何が”だから”なんだよ……! 順接には荷が重すぎるだろ」


 何だろう、実は神騙も金髪だったりするのか?

 まあ、確かに神騙の綺麗な亜麻色の長髪は、遠目かつ薄目になって、気合でそう見ようと思えば、金に見えないこともないかもしれないが……。


 いや無理だろ。どう頑張っても、金髪には見えなさそうだった。

 しかし、だとしたら、何がどうなったら、この絵を褒めて神騙が照れるとかいう、謎の構図が生まれるんだ……。


 頭のネジが外れすぎて、頭を振ればカラカラ音が鳴るんじゃないかな。


「あっ、それとも何? 神騙がこの絵を描いたりしたのか?」

「まさか、全然違うよ~。絵は好きだけど、わたしは見る専門だから」

「じゃあ、神騙もこの絵が好きってことか?」

「うぅん、難しい質問だなぁ……」

「悩むような感じではあるのか……僕は結構というか、かなり好きなんだけどな」


 何と言うか、しっくりくるんだよな。この街に来てから、そう思うことが多い。

 多々良野高校自体もそうだし、あの四階の教室だってそうだ。


 初めての場所だというのに、妙に馴染むような、あるいは既視感のようなものを感じることが多い。


「……きみ、やっぱり前世の記憶があったりしない? わたしに意地悪してるだけとかじゃないの?」

「ある訳ないだろ……! やめろ、前世は実は半神半人の存在であり、世界を救うための戦いに身を投じていたことを思い出させるな!」

「テンプレートをなぞったみたいな中二病の記憶だね……」

「カミソリみたいな切れ味の一言だったぞ今の……」




 もうちょい語彙に優しさとか足してみない……? と、情けない声音で言いながらも、ぼんやりと目の前の絵画を見る邑楽を前に、神騙は小さく笑う。


『お嬢、絵のモデルとかやってみないか?』

『だから、わたしのことは……ん? モデル?』

『そう、絵のモデル。最近、描くのハマってんだよね』


 生来、身体の弱いわたしが、学校を休みがちになった頃。前ほど頻繁に顔を出せなくなった部室で、彼は軽い口調でそう言った。

 またいつもの気まぐれが始まったか、なんて当時は思ったものだけれども、今思えば彼は、わたしの姿を遺そうとしてくれたんじゃないか、なんて思う。


 生まれつき、短い命の蝋燭しか持ち得ていなかったわたしが、それでもこの世界にはいたんだと証明するために。

 いいや、あるいはそれは、彼自身の為のものだったのかもしれないけれど。


『ま、まあ良いですけど……先輩って、絵心ありましたっけ?』

『任せておけ、これでも僕は、棒人間を描かせたら右に出るものはいないと、僕の中で評判の男だぞ』

『ダメダメじゃないですか!? 信用できる情報が何一つ出てこなかったんですけど!』

『まあまあ』

『まあまあじゃないです……! もうっ、可愛く描いてくださいね』

『それは……難しいな』

『んなっ……!』


 それはどういうことですかーっ! と抗議を始めたわたしを、彼は笑いながら宥める。

 あんまりはしゃぐと、まーたぶっ倒れるぞ、なんて忠告とともに。


『ていうかな、今のは罵倒じゃなくて、誉め言葉だ……』

『誉め要素が欠片もなかったと思うんですけど……?』

『あのなぁ……まるで創作から出てきたみたい、なんて比喩が似合う美少女を、もっと可愛く描けなんて、プロでもお手上げだろって話だ』

『──……あ、あぅ』

『お前本当、押されたら激よわだな……』


 せめてお世辞くらいには慣れておけよ……なんて彼は言ったけれど、平然としている表情とは裏腹に、耳は紅く染まっていて。

 だからそれが、全くお世辞ではなく、心の底からの言葉であることが分かって、わたしは完全に返す言葉を失ってしまったのだった。


 まあ、結局それだけでは終わらず、この日から、彼が納得いくような絵が描けるまで、暫く付き合うことになったのだが。

 だからこそ、最高傑作というのは、あながち間違ってはいなかった。


 一つ、二つまでなら偶然でも良い。けれども、こんなにも沢山起きる偶然は、もう必然と言えるんじゃないだろうか。

 やっぱり、きみにも前世の記憶があるんじゃないのかな、なんて思わず疑ってしまう。嘘を吐くのが苦手なことくらい、良く知っているのに。


 無いなら無いでも良い。だけど、有るなら有るって言って欲しい。

 それとも──ただ、思い出せないだけなのかな。


 もしそうであるのなら、わたしはどうするべきなんだろう……いいや、どうしてしまうんだろうか。

 分からないけれど──それでも、今度こそは、きみの隣にずっといたいな。

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