図書館デート?-01
後ろからしっかりと、僕に捕まった神騙の指示に従って、グネグネと複雑な道を駆け抜けていく。
ようやく春が来て、日が長くなってきたといっても、17時を超えれば辺りはもう、明るいとは言い難い。
完全に真っ暗というわけではないが、夕方から夜を感じる頃合いだ。
だというのに目的地に着く様子はないし、何なら段々と、人気が無い所に誘導されてる気さえするのだった。
あれ? これ僕、殺されるやつなんじゃない? と内心ドキドキし始めた僕の気持ちとは裏腹に、神騙が、
「あ、そこそこ。止まって、邑楽くん」
と言った。ゆるりとブレーキをかけて減速し、少しだけ進んだところで停止する。
それから軽く見渡してみたが、図書館らしき建物は一つも建っていなかった。
え? いやマジでない。
普通に住宅街って感じなんですけど……強いて言うのであれば、喫茶店が一つあるくらいだろうか。無論、先日足を運んだところは、また別の喫茶店である。
幾ら前世電波を頻繁にキャッチする、頭のおかしい女こと、神騙と言えど、喫茶店を図書館と呼ぶほどイカレてはいないだろう……であれば、やはりこの立ち並ぶ家々のどれかということになるのだが……。
「神騙! ぼ、僕を騙したな……!?」
「あははっ、絶対言うと思った。でも嘘つきじゃないよ、ちゃーんと図書館……みたいなのが、あるから」
「今”みたいなの”って言った?」
「さー、行くよ、邑楽くん!」
「ちょっと? 質問への答えは? ねぇ、神騙さん?」
るんるるん、と全身でご機嫌を表しながら、僕の手をキュッと握ってスキップ気味に進む神騙だった。
こ、こいつ、力業で強引に乗り切ろうとしてやがる……!
こんな横暴を許してはならないぞ! と己を奮い立たせたところで、不意に神騙が立ち止まった。勢いあまって、少しだけぶつかってしまう。
「わわっ。もうっ、ダメだよ? 邑楽くん。いきなり人に抱き着くなんて、マナー違反なんだから」
「ちょっとその言葉を胸に落として、これまでの自分の行動を振り返ってみてくれないか?」
「さてさて、そんなことより、ようやく図書館に到着しましたよっ」
「さて置くんじゃない、話を進めようとするな! おい……あの、ちょっと?」
更に文句を重ねようとしたが、ぴっとりと唇に指をあてられ、軽く黙らせられる僕だった。神騙が「静かに、ね?」とでも言うように、”しー”と人差し指を立てる。
何故か素直に従い、文句を呑み込んでしまったのだが、冷静に考えたら意味分かんねぇな、これ。
僕は悪くないというか、神騙が僕を黙らせるのが上手すぎだった。どこで何を学んで来たら、こんな効率よく人を静かにさせられるんだよ。
これが人としての格の違いなのだろうか……と真剣に検討し始めたかったが、それより先に、神騙が、「気を付けてついてきてね」と言って、姿を消した──いや、違う。階段だこれ!
ギリギリ二人並んで、昇降出来なさそうな地下行き階段が、喫茶店の真横に、ひっそりと設置されていたらしい。暗さも相まって気付かなかった。
改めて、下っていく神騙の背中を見る。
……いや、こえーな。絶対に降りたくない……。
完全にホラゲーであるやつだもん、これ……。
このまま放置して、逃げ出しても良いんじゃないかとも思ったが、流石にそこまでしたら薄情というものだろう。
仕方がないか、と覚悟を決めて足を踏み込んだ。
幸い、段数はそこまで多くなかったようで、先に降り切っていた神騙とはすぐに合流できた。
「あはは、ごめんね。手繋いだままにしておけば良かったね」
「いや、良い。結構だ、手なんか繋いでたらいざとなった時困るだろ」
「どういういざを警戒してるのよ、きみは……」
暗闇の中でも分かる、呆れ切った声を出した神騙が「まあ、それもきみらしいけどね」と言った後に、扉へと手をかけた。
それなりにしっかりとした作りの扉が、少々重々し気な音を立てつつ開かれる。
そうすれば広がったのは、意外にもちゃんと、図書館然とした光景だった。
小さいながらも手入れの行き届いているエントランスは、柔らかい橙色の電気に明るく照らされていて、地下にあるとは思えない清潔さを誇っている。
更に言えば、職員だって当然のようにいて、馬鹿みたいに呆けていた僕に向かって、軽く笑いかけてくれた。
まるで信じていなかったというか、これもう図書館という名の、ホラゲーにありそうな謎の書庫にでも連れていかれてんじゃねぇの、とかなりブルッていたせいで、あまりの温度差にパチパチと瞬きをしてしまう。
そんな僕を、少しばかり意地の悪い、ニヤニヤとした神騙がキュッと手を握ってくる。
「ね? 言ったでしょ、ちゃんと図書館だって」
「いやホント、ちゃんとした図書館すぎてビビってる。何で地下にあるんだよ、利用者を何だと思ってるんだ」
「まあ、個人経営の図書館らしいからね。地下にあるのも、その人の趣味だって聞いてるよ」
「なるほどな……」
確かに、そういうことであれば納得はできる。図書館の個人経営なんて、聞いたこともないが、出来ないことはないだろう。
相当な金持ちでないと出来ない芸当だろうが、まあ、世の中そういう人間は、幾らでもいるのかもしれない。
Twitterを買収した金持ちなんかもいるらしいからな。
世界は広いということだ。
「他にも色々趣味がチラつく図書館だから、いるだけで楽しいと思うよ」
「それはそれで不安になってきたんだが……トラップとかないよね?」
「お化け屋敷じゃないんだから、大丈夫だよ~」
馬鹿なこと言ってないで行くよ、と僕の手を引く神騙。淀みのない足取りは、ここの常連さんであることを示しているようだった。
小さなエントランスを抜けて、その先の書庫へと足を運ぶ。
チラホラと僕らの他にも利用者はいるようだったが、学生は僕らだけのようだった。
まあ、場所が場所だし、時間も時間だからだろう。
とはいえ、他に誰がいるから何という話でもないのだが──図書館に来て、やれることなんて限られている。
読書に勉強、調べものだったりと、その全てが一人でしかやれないことだ。
ここが何時に閉館なのかは知らないが、これだけ人がいるならまだ余裕はあるのだろう。
しばらくは別行動だな。よっしゃ! 今日は新しい本との出会いを楽しんじゃうぞ~! とウキウキに歩み出したのだが、しっかりと繋がれた手が離されることはなかった。
疑問符を連発しまくりながら、小声で神騙に語り掛ける。
「何だ? 僕はこれから出会いを求めに行くところなんだが……」
「ナンパしに行く人みたいなこと言ってる! ダメダメ、時間が時間だし、まずはちょっと、ご飯とか食べないかなって思って」
「そりゃ構わないが……それなら、道中で寄ってきた方が良かったんじゃないか?」
「ふふっ。甘いね、邑楽くん」
ここは作った人の趣味が詰め込まれた図書館だって言ったでしょ? と神騙が囁いて、スッと指をさす。
その先にある扉の上には、「れすとらん」とひらがなで書かれたプレートがぶら下がっているのだった。
いや、自由すぎるだろ……。図書館名乗るのやめろ。
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