彼の食事事情。
キンコンカンと、お昼を告げるチャイムの音が鳴り響き、教室内の雰囲気がドッと弛緩する。
お弁当を取り出す者、購買へと向かう者、机を合体させる者と、それぞれが自由に動き出す。
人気者というか、高嶺の花とすら言える神騙もそれは例外ではない。
今朝抱いていた僕の懸念をあざ笑うように、神騙は男女問わず、友人に囲まれ始めていた。
それをラッキーとばかりに横目で目て見て、スルリと教室を抜け出す。
これもいつも通り、僕にとっての平常運転だ。特に誰かに気付かれることはなく、一人フラッと二つ上の階へと向かう──と、そこで何かが足りないことに気が付いた。
スマホはあるし、読み止しの本だって持ってきた……では、何が無い?
のんびりと歩を進めながらぼんやりと、何か忘れてる気がするんだよなあ……と考えていれば、
ガラリと戸を開けて、窓を少しだけ開く。
使われていない教室特有の、少し古臭く埃っぽい空気を換気してから定位置に座り、
「なるほど、昼飯を忘れたんだ」
と、思わず腕を組んだ。脳内では”痛恨のミス!”と小っちゃい僕が叫んでいる。
いつもであれば、家から持ってきた菓子パンをもぐついているのだが……。
今朝はちょっと色々あったからな。あれ以降、なるべく居間には近寄らないようにしていたせいか、すっかり持ってくるのを忘れていた。
ふー、と長めのため息を吐く。それから、”まあ良いか”と割り切った。
今から購買に向かっても、まともなものが残ってるとは思えなかったし、食堂は毎日、辟易するくらいには混雑している。
普段からソロプレイが基本な僕にとって、人が密集しているところは避ける傾向があった。
あと何か……量が多いんだよな。今をときめく高校生向けになっているのか、デフォルトの量がちょい大盛りなんだよ、うちの食堂。
朝昼と、菓子パンで満足していることからも分かる通り、僕は大食漢とは真逆の極致にいるような人間だ。
値段設定がお安くなっているのは有難いが、残すのは申し訳ないし、無理して詰め込むのは、それはそれで苦痛である。
……それに、あんまり好きじゃないんだよな。人の料理って。
外食等だと特に気にならないのだが、如何にも手作りといった料理は、あまり受け付けなくなってしまっていた。
昔は母さんの手料理が、何より好きだったんだけどな。
とはいえ、もちろん全く食べられない訳ではない。実際、夕飯を藍本家で食べる時は、
無理をすれば食べられる──裏を返せば、毎日無理出来ないから(したくない、ではないのがポイントだ)、ファミレスなんかで夜遅くまで、ガッツリ粘ることがあるのだった。
正直なことを言えば、何が原因でそうなってしまったのか、ハッキリとしたことは自分でも分からない。
だから、改善しようにも、何をどうすれば良いのか分からなかった……でも、そう考えれば良かったよな。
少なくとも、愛華にはこのことを、気付かれていないということなのだから。
何とか上手く隠せているということだ。それは、間違いなく良かったことであると、胸を張って言えるだろう。
ただでさえ迷惑をかけて、お世話になっている身分なのである。
その上、こんな失礼極まりない体質で気を遣わせるのは、流石に僕としても申し訳が立たない。
せめて、高校を卒業するまでは隠し通したいものである──高校さえ出れば、同時にあの家を出ても、何ら問題はないだろうから。
いつまでも藍本家に厄介になる訳にはいかないしな。
進学するにしろ、就職するにしろ、あの家は出る。それがきっと、互いに良い……って言うのは、ズルい言い方か。
僕が良いんだ。そうするのが僕にとって、何よりも都合が良いのである。
ざっくり後二年かあ。長いなあ、と訴えかけてきた小さな空腹を無視して、外を覗いた。
運動部の連中はお昼だっていうのに、早速元気にグラウンドを駆けまわっている。
とてもではないが真似できない……つーかあんなに動いたら、折角補給したばかりのお昼ご飯エネルギーを、全部使い切っちゃうんじゃないかと思うくらいだ。
多分もう、人種として別物なんだろうなー、と思考をあっちやそっちに飛ばしていれば、
「だーれだっ」
不意に視界が、真っ暗に覆われた。
誰も何も、ここに来るような人間は、僕の他には一人しかいない
部外者である僕が、見てるだけでも”うへぇ”と思ってしまうくらいの群がられっぷりだったというのに、良くもまあ、抜け出してこれたものである。
僕の次くらいには、忍者としての適性があるんじゃないか、と苦笑いを零しそうになれば、目隠しの主は僕が分かっていないと判断したらしい。
もとより近かった距離を零にするように、身体が密着する。
背中に柔らかい感触が伝わって、同時に耳元に呼気を感じた。
「ヒントは、きみのお嫁さんだよっ」
「~~~~~っ! 何するんだ神騙! あと結婚はしてない!」
「あははっ、相変わらず耳弱いんだねぇ、邑楽くん」
「しかも流れるように前世電波を受け取ってやがる……!」
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