第12話 気分爽快(変更前:綺麗さっぱり)

《新規魔導点の増設が完了しました。動作確認後に、新たな起点から魔導腑の拡張作業を再開します》


 ふぅ。やった、これで少し休める。


 目下、腹腔内を改造中。内臓痛が生じるたびに、身体を海老のように丸めたり、弛緩したりするのを繰り返している。


 冷や汗や脂汗が浮く程度で済む時もあれば、腸が捻じ切られるような激痛に強制嘔吐、咽頭や食道の粘膜が傷ついて、吐瀉物に血が混ざる時もある。


 でも、不幸中の幸い? これまでと違って、作業は細切れというか、断続的に進むことが多い。


 インターバルが空くたびに訪れる、痛みからの解放。まとまった休憩時間が、一連の作業が終わるごとに挟まれるので、気分的にも肉体的にもかなり楽に感じた。それに、生活面でもプラスになったんだよね。そう、こんな風に。


「リオン様、湯浴みを致しましょう」

「眠くなられたら、そのままお休みになっても大丈夫ですから」


 早速、薄着を羽織った柔らかい身体に抱きしめられ、蒸気に満ちた温かい湯殿に運ばれる。

 共に湯船に入りながら、乳母の優しい手が身体を撫でるように洗い、頭皮を軽くマッサージしながら耳や髪の汚れも落としてくれる。


「ふふっ。気持ちよいですか? とても寛いだお顔をされています」


 あーっ癒される。たぷんとしたお湯はめっちゃ気持ちいいし、いい匂いがするし、ほっぺにあたるオッパイ最高。


 入浴文化があるんだよ、この世界。

 質の良い石鹸や良い香りの入浴剤も完備していて、いまだ完全介護に近い状態だけど、比較的体調のいい日は、こうして入浴させてもらえるようになった。


 拭うだけでは残ってしまう不快な汚れが、綺麗さっぱり取り除かれるのはもちろん、血行が良くなって、心身の爽快感がたまらない。


 オッパイはおまけだ。基本的に、俺にとっては大事な栄養の供給源(まだ完全には断乳していない)であり、ポヨヨンポヨヨンの感触が気持ちいいだけだから。


 胸腔内で魔心を稼働した時は、こうはいかなかった。心拍や呼吸が急に止まったり、仮死状態になったりして、いつ死んでもおかしくない状態が続き、さすがに挫けそうになった。


 あれに比べたらマシ。死ぬよりマシ。みたいな、痛みに対する打たれ強さは育ったと思う。今は大抵の痛みはやり過ごせる気がする。


 なんて言ってみたけど、実際には、以前より痛みの程度自体が軽くなっているんだよね。


 原因は既に分かっている。新たな能力の獲得だ。


 自己開発が進んで頭頸部の作業が終了したとき、[蛛弦縛枷]が➤➤➤から➤➤に変化して、それに伴い【理皇】の派生能力が幾つか増えた。


 続いて、魔心が稼働を始めたときには、また[蛛弦縛枷]が➤➤から➤に変わって、その直後に、次の一般能力(スキル)が発生している。


【痛覚制御】痛覚の閾値を上下する


【精神耐性】精神的な負荷を軽減、精神保護に働く


【飢餓耐性】飢えに適応し、栄養吸収を増進する


【不眠耐性】睡眠時間の短縮、乱れによる負の影響を軽減する


 心身に跨るストレスを軽減する。どれもその類いのもので、効果は補助的なものに留まるが、俺にとってはありがたい支援系のスキルだ。


 身体の状態もあって、これを確認できたのは、だいぶ後になってからだった。凄く嬉しかったのと同時に、[蛛弦縛枷]がもっと早く外れていれば、なんて思ってしまった。


 アイが外部干渉と呼ぶ、謎の温かい力。あれがなければ、負荷に耐え切れずに死んでいたんじゃないかと思う。それほど一時は酷い状態だった。


 本当に生き残れてよかった。これで能力が開花しなかったらガチ泣きするよ。アイが大丈夫だって言うから信じてるけどね。


 転生時に獲得した職業は【理皇】。

 開花待ちの固有能力は【究竟きゅうきょうの理律】というもの。


 俺の職業って法律家なの? 最初に聞いた時の第一印象はこれだった。


 アイいわく、理律とは世俗の法律ではなく、この世界を司る法則(根幹となるのは魔法)に通じ、自在に力を行使できる素養があるらしい。


 職業系統で言えば、ずばり魔術職だ。


 そうなると、自在に力を行使できるなんてチートかもしれない。と喜べたのは一瞬で、自己開発に躓けば全てパー、チートどころか痛み損になると知り、頭を抱えてしまった。


 でも、可能性に賭けた。

 だって、目の前のチャンスから逃げるような奴が、遥か高みにある、ひと握りの人間だけが辿り着ける未来を切り開けるわけがない。


『幸運の女神には前髪しかない』


 古の詩人が歌うように、ここで楽な方に流れちゃダメだって。そう思ったんだ。


 この世界には職を司る神様がいて、子供が7歳になると神殿で儀式を行い、全員が何らかの職業を授かると聞いている。


 ただし、魔術系の職業につけるかどうかは、ほぼ生まれたときに決まってしまうのだそうだ。


「魔術の才に恵まれた」


 そう評価されるには、少なくとも三つの主要魔導器官――魔導中枢(脳)・魔心(胸腔)・魔導腑(腹腔)――が、先天的に備わっていなければならないからだ。


 先天的に。そう、俺みたいに、ゴリゴリ幽体を削らなくてもいいの。


 ただし、彼らのはいわゆる規格品で、その多様性にはパターンがある。

 俺との違いは、自由な拡張性があるかないか。


 自分なりに覚悟を決めて、大規模な幽体改造を受け入れた結果、規格品では頭打ちな機能も、既に限界突破していると聞いている。


 今後、魂への「理」(魔術原理。魔術を実行するのに必須)の埋め込みが終われば、全身を魔導化したスパコン(はさすがに言い過ぎ?)みたいになるらしい。


 ただ、肉体的には脆弱なので無敵とはいかない。もし戦闘の場に出るなら、何らかの防御手段を身につける必要がありそうだ。


 最終形態は、オールインワン。身体ひとつでなんでもできます的なスタイルになりそう。


 そこまで至れば、さぞかし素晴らしい。でも、それと引き換えに、せっかく異世界転生したのに、ずっと寝たきりなのはどうかと思うよ。


 赤ん坊の時は、どこに寝ているのか分からなかった。でも、魔眼視が発達してくるに連れて、俺のいる場所が、かなり変わった作りの部屋であることに気づいた。


 部屋の形が六角錐、つまり底面が六角形のピラミッドみたいになっている。


 その高い頂点から天蓋が垂れ下がり、薄い布が寝台の周囲を覆っている。

 寝台もお揃いのように六角形で、角ごとに水晶のような形の六角柱の支柱が立っていた。


 ここまで拘るからには、六角形に何か意味があるのだろうか?


 生まれたばかりの頃は、寝るのはもちろん、授乳や沐浴も寝台の上でしていた。じゃないとあっけなく死んじゃいそうだから。

 すぐに吐くし、穴という穴を詰まらせて失神するし、呼吸や心拍も頻繁に止まるというヤバさだ。迅速な救命のために、常に誰かが側にいた。


 幸いにも生まれた家は、かなりの資産家なのか、入れ替わり立ち替わり世話されて、医療チームも常に待機。


 至れり尽くせりな24時間看護体制。プラス、いよいよとなれば、あの温かい謎の力が助けてくれる。


 でも、そういった周囲の状況や、自分自身のことを確認する余裕ができたのは、わりと最近になってからだ。


 異世界にきて何年も経っているのに、身についたのは言葉だけ(ただし、語彙は少ない。残念、言語チートはなかった!)。


 無力な幼児とはいえ、生きるのに精一杯で、知らないことが多過ぎる。


 今世での家族についてすら、ほとんど把握していないのだから。

 たまに見かける男性が父親なのは分かった。母親もいるらしいけど不明。兄弟姉妹がいるかどうかも不明。


 動けるようになったら、まずは身体を鍛えて、いろんなことを積極的に学んでいけたらいいな。



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【あとがき】

 この回で、第二章終了です。散々な目にあってきた主人公ですが、今後は痛いことはなくなる予定です。そして、話はまだまだ続きます。


 書き溜めの手直しが予想以上に大掛かりになり、毎日必死で書き換えています。

 副題が決まったことで足りない部分が見えてきて、かつ物語の方向性が固まってきました。

 何カ月もかけて書き上げて、これでよしと思った内容に、自らバシバシとダメ出しする日々。

 そんな状況で皆様の応援が大層励みになっています。

 作品フォローや応援コメント、星ひとつからでも大歓迎です。

 温かい応援に感謝!!


漂鳥

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