第9話 世界が虹色
《魔眼―視覚野―魔導中枢経路:構築済み魔導基盤、魔導軌道のフルサーチ 完了》
《魔力浸透 完了》
《魔力循環 正常》
《駆動試行 成功》
《視覚系改造工程を完了しました》
《
待ち望んだアナウンスを聞いて、全身から力が抜けた。とりあえず生きてた。あの痛みに耐えて、無事に生き残れたよ。
《マスター、お疲れ様です》
お疲れ〜。うん、マジお疲れ。マジ苦痛塗れ。
たぶん、生まれてから半年くらいは経っている。なのに、改造が終わったのは視覚系だけという。
かなり時間がかかるとは、予めアイ(特典の自己開発指南『アイ・ベル・アイン』の通称)に聞いてはいたんだけどね。
《ヒトの眼球の光学系はカメラのそれによく似ていて、非常に精密な構造をしています》
眼球は、まさに有機生体カメラともいうべき器官だった(既に過去形)。
2種類のレンズ(角膜及び水晶体)でピント調節を行い、瞳孔径の拡大縮小が絞りの役目を果たす。眼球に入ってきた光は、レンズで屈折し、透明なゲル状の硝子体を通過して、眼球の奥にある網膜上に焦点を結ぶ。そういった仕組みになっている。
でも、科学があれだけ進歩した前世でも、実用レベルの人工的な視覚機能の再現は、思うように進捗を見せていなかった。解像度に優れた人工眼球ができているにもかかわらずだ。
なぜなら、肝心なのは眼球の外、人間の脳にあったから。
《人の目が感じる波長範囲内の光、つまり可視光線の光刺激は、網膜にある光受容体を介して電気信号に変換されます。それが視神経を通って脳の視覚野に伝わり、視覚情報の統合や処理が多角的に行われて映像化するに至るのです》
つまり、ヒトが"見ている"映像は、目が捉えたダイレクトなものではなく、脳内で集約され、統合・修正されたものになる。
その入力情報は軽く億越えだ。視覚野までの経路は長く、ネットワーク化していて、フィードバック情報や記憶野からの補正も少なからず加わっている。
だから、魔眼への改造は単に眼球を弄るだけでなく、そういった従来の視覚システムを乗っ取り、更に拡張する形で行われているらしい。
この世界の身体特有の、肉体と幽体のオーバーラップ。これは特に、感覚器系に顕著に見られるそうだ。その分、肉体という制限を越えて、魔改造することが可能だった。
今回の作業では、眼球―視覚野―魔導中枢に渡る魔導基盤や魔導軌道の構築に加えて、処理速度の要となる主記憶核と補助記憶核にも梃入れしている。
作業進行はアイに丸投げして、言われるがままひたすら耐えて、ようやく憧れの魔眼持ちになれたというわけなのだけど。その見え方がね、予想とは違ったんだ。
今現在は、ぼんやりと魔素や魔力を両目に映している。なんか不思議。物の捉え方というか、見え方が全然違うから。
この世界は魔素に満ちていて、生命は大なり小なり魔力を宿す。本来なら人の目に映らない、そういったものを可視化できる。それが、魔眼の基本仕様。
だから、表面的な形状だけでなく、生体や物体の内面まで捉えてしまう。体内の魔力や魔素まで3D感覚で見えてしまうんだ。
で、ここまで改造しておいて、というか、徹底的にやっちまったからこそ分かったことがある。
改造を始める前の視界は、明るく色づいてはいたがピンぼけしていた。輪郭が曖昧なので、おおよその形や色の違いを参考にして、近づけばなんとなく人の顔の区別が把握できる程度だった。
でも、一応は従来と同じ感じに見えていた(ここ重要)。
そのまま日常的にものを見て、光刺激を受け続ければ、成長と共に脳の視覚野が発達していき、数年後には普通の見え方を獲得するはずだった。
そんな未発達の眼球を、思いっきり魔改造してしまった。それも両眼同時に。
はい。現状、ものがまともに(従来通りにはという意味)見えません。魔素や魔力は既にかなり見えてきている。世界中に魔素が浸透しているおかげで、ものの形状把握は、以前より詳細に捉えられると言ってもいい。
じゃあ何が問題かというと、色なんだ。
ナチュラルさとは無縁のプリズム色。つまり、何を見てもレインボーカラー、虹色なんだよ。色の濃淡やグラデーションさえも、鮮やかなビビッドだ。視覚の暴力というか、あまりにも刺激が強過ぎる。
困った。これは、とても困る状況だ。今はどうしようもないけど、いずれ魔眼を使いこなせるようになったら、色調だけでもなんとか補正したい。
でも、改造はやめないよ。
今後は、他の知覚(聴覚、嗅覚、味覚、触覚)と、平衡感覚や深部感覚(関節・筋肉・腱の動きから、身体位置や動きなどを知る)に加えて、生命維持に関わる脳幹の大改造も行うと聞いている。
知覚感度の幅を広げ、身体把握や身体操作をしやすくなったり、耐久性を上げたりするために必須らしい。
魔眼と同じ轍は踏みたくないから、従来の感覚を損なうことはないように設計してもらった。そこは、ちゃんと確認したさ。
こんな風に脳を弄ることについては、初めから抵抗がなかったわけじゃない。
でもここは「魔法の理」を根幹とする異世界で、そこに生きる人々の中枢神経系は、地球人と異なっている。だから耐えられる。そう聞いて、覚悟せざるを得なかった。
目指せ! 最強の魔術師! なんてね。
現状はまだ自己開発の触りに過ぎない。素体を魔術の駆動体(パソコンでいうハードに相当)に作り変える最初の段階であり、使いものになるまでには、まだまだ沢山やることがある。
まあ、今はそういう心配はいいや。
束の間の痛みのない安らぎ。貴重な休憩時間なのだから、のんびり堪能するとしよう!
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