第8話 改造生活

 いっ……痛い。痛い痛い痛い痛い。痛いしかない、痛過ぎる。目が痛い。顔が痛い。頭が痛い。のべつまくなしに、どこもかしこも泣きだすくらい痛い。


 ドクドクと短いサイクルで脈打つ執拗な激痛。痛みは一箇所に止まらず周囲に波及し、まるで生き物のように暴れては膨張する。鋭く重い抉るような酷痛が、ひっきりなしに襲ってきていた。


 なんでこんなに痛いの?


《とても太くて逞しいからです》


 何が? 肝心の主語が抜けてるよ。将来女性に言って欲しいセリフの上位に食い込むフレーズだけど、それは残念ながら今じゃない。


《もちろん、掘削中の魔導軌道です》


 前世で一番痛かったのは、歯の根管治療を受けたときだ。

 治療とはいえ、根管内にある神経や血管を抉り出すわけだから、麻酔が切れた後、あまりの痛みに一晩中寝られなかった。鎮痛剤を飲んでも全然効いた気がしなくて、涙が出るほど辛かった。


 掘削、つまり作業的には根管治療と似た感じで、現在進行形で身体を穿たれ穴だらけにされている。そういう状態? 


《はい。正確には、勢いよく幽体を掘り進め、軌道壁を平滑に研磨し、堅固な強化処理を施す。この一連の作業を順次行っています》


 本当にこれが幽体を削る痛みなの? 肉体的な痛みが凄まじいのですが。


《生体においては、幽体と肉体は独立した存在ではなく、表裏一体、あるいはオーバーラップしています。従って、幽体に疼痛が生じれば肉体にも影響を及ぼします。なお、掘削痛と強化痛の相乗増幅効果が、強い痛みを生じる一因になっていると推察しています》


 それが分かっているなら、せめて掘削と強化を個別にやろうよ。


《無理です。掘ったまま放置すると、すぐに穴が塞がってしまいますから》


 どうにかして、少しでもいいから痛みを減らせない?


《マスターは、「麦踏み」という言葉をご存知ですよね。大地にしっかり根が張るように、麦の芽を何度も何度も踏みつけると、強い麦が育つと言われています》


 つまり、黙って耐えろってことね!


《今日なし得ることに全力をつくせ。しからば明日は一段の進歩あらん。ご健闘をお祈りします》


「ぴぎゃぁ……あぅぁぅ」


 お祈りされても何も変わらず、弱々しい赤ん坊の呻き声が口から漏れた。


 涙の溢し過ぎで腫れた目蓋。その隙間から、今なお涙が止まらない。痛みで意識が飛び、痛みで覚醒する。そんな状態がずっと続いている。健闘というレベルを越えてやしませんか? キツい。キツすぎるんですよ。


「ハッ、ハッ、ハッ……」


 あふっはふっ、い、息ができない。 


「グォッ」


 胃の腑から酸っぱいものが逆流してきた。えずく。吐きそう。いや吐く。


「ゲボッ」


 流れ出たもので喉が焼ける。まだくる。止まらない。オエッ。続けて吐く。絞り出すように吐く。胃が捻じ切れそうだ。


「ゴボッゴボボッ」


 ぐるじい。気管が詰まった。死ぬ。死んじゃう。


「グボッ……ガッ」


 背中を強い衝撃が襲った。うつ伏せにされ、容赦なくバンバン叩かれている。思い当たるのは、救命処置の背部殴打法だ。


《正解です。1歳未満には、上腹部を圧迫するハイムリック法は使えませんから》


 わーい、合ってた。じゃなくて、こっちは窒息中なのに冷静にコメントし過ぎだってば!


「カハッッ!!」


 出た。ゲボが。ゲロゲロゲロゲェロ。


 気管に空気が流れ込む。空気、空気、ハフハフ……助かっ……ひゅっ! なにこれ? 身体が勝手にビクビクする。痙攣ってやつ? 釣ったばかりの魚みたいにピチピチ跳ねて、マズイ、マズイでしょこれ。


《中枢神経系において、異常な放電が生じています》


 だったら何とかしてってば! 危険信号は赤信号どころじゃない。回転灯が超高速でグルグル回ってる。と、止まれ、止まれってば! このままじゃ走馬灯まで回っちゃう!


 フハッ……あれ? なんかあったかい。


 理由は分からないが、柔らかい羽毛で触れるみたいな、優しくてフワフワとした温い力が、急速に全身を覆っていった。過敏になった神経や筋肉の緊張を解き、慰撫するような温もり。


 これ好き過ぎる。


 謎の力が身体の末端まで広がると、ヤバげな痙攣が見事に止まった。一瞬だけど痛みも引いて、いろんなところが弛みまくる。どこからとは具体的に言えないが、汁があちこちから駄々漏れた。


 泥眠い。身も心も急激に昏い淵に沈み込み、底なし沼へ落ちていく。そんな感覚に襲われた。このまま寝てもいいよね。痛いのはもうイヤだ。あったかいまま寝るったら寝る。


《外部干渉を察知しました。貫通作業を緊急停止。掘削棘保護――外部干渉ブロック――成功。状況サーチ:異常なし。障害を取り除きましたので、作業を再開します》


 ぬぉぉぉっ鬼か。一気に寒くなって目が覚めた。酷いよ。せっかく寝れそうだったのにさ!


《マスター、現時点での中止は非推奨です》


 なんで? なんかもう泣くしかない気分なんだけど。


《視覚系改造工程:基盤貫通作業 到達度 約7/8。もうここまで来ています。中止した場合、工程を初期化した上でのリスタートになり、改造終了までに要する時間が約2倍に延長します。中止しますか?》


 なんちゅう脅しだ。でも、事実なんだろうな。なにしろアイだから。

 じゃあやる。最初に戻って倍増しとか到底無理だしね。そんなの心が折れるわ。あと1/8ならやる。やればいいんでしょ。


《困難の中に、機会がある。困難に勇気をもって立ち向かうマスターのご健闘をお祈りします。では、再開します》


 またお祈りされちゃった。有能ではあるんだけど、アイは手抜きをしてくれない。


 グホッ! この容赦なさ! 即きた。即再開。もの凄く痛い痛い痛い痛い。痛いったら痛い。痛い痛い痛い。痛いんだよっ!


 はふはふ。我慢我慢我慢。我慢だから。もう少し、もう少しだけ、我慢我慢してしてしてぇぇ……ギブアップしてぇ。


「カハッッ!!」


 無理。血を吐きそう。どこもかしこも痛くて辛い。辛過ぎる。

 改造の序盤からこんな状態かよ。目玉二個改造するだけで、早くも死にそうだ。


 まだか弱い新生児なのに。大丈夫なのかこれ?

 自己改造は早ければ早いほどいいと言われて承諾した。したけどさ。このヤバさで、果たして無事に生きていけるのか?


 代償θ型。これがその代償なのだとしたら、半端なさ過ぎだ。

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