第16話  大陸滅亡の危機と幽霊と 4 

まず、巡礼者の間では『誘拐』はものすごーい問題になっていた。

 身分なんか関係なく、金持ちでも貧乏人でも巡礼者の女性であれば、ある日、ふとした瞬間に消えるようにして居なくなる。


 聖地を巡礼する事で聖女の加護を得ようと考えて巡礼をしているのに、大事な大事な娘が居なくなる。家族は必死で探すし、居なくなった地域の領主にも掛け合うけれど、全然見つからないわけですよ。

 そのうちに、山岳からの盗賊や野盗に巡礼者が皆殺しになる事件が起こったりして、誘拐事件は忘れ去れてしまうのですよ。

 だから私も、何度も、何度も、巡礼している間は誘拐されないように気をつけろと言われたの。巡礼者の中には、聖女の加護目的じゃなく、自分の娘をただ探すために巡礼している人も結構な数いたのよね。


 だから、その誘拐に聖女を信奉する教会が絡んでいた。しかも、聖女を復活させるための生き血を使った儀式をやっている(幽霊がそう言えって言っているだけで、本当にそんな事をしているのかどうかは知らないけれど)なんて噂をばらまけば、狂信的な信者や神官たちの動きを鈍らせるきっかけにもなるわけです。


「領主様としては、誘拐されたお嬢様が助け出された事、サラハンの森に調査に入る事なんかも発表して、広大な森を調べるためという理由から武器と輜重を集めます。サハランへ向けての準備はそのままパルマ公国を迎え撃つための準備となるでしょう?今すぐ領主軍を整えて、サハランに向けて出発と言いながら敵を迎撃する準備をしたら良いでしょう」


「信者どもはどうすれば良いと幽霊様は言っているのか?」


「呪いに怯える信徒たちには城壁外に設置した天幕に移動させて、十分に食料を渡したらいいそうです。そうしたら、領主様は宗教を迫害した訳ではなく、呪いをなんとかするために奔走しているって思いますから、不満を最小限にする事が出来る上、聖女を信奉する人々の事を呪われているかもしれない人として、周りの監視の目を強めるきっかけにもなるでしょう」


「山岳部に住み暮らす部族はどうすれば良い?」


 領主様、全てが幽霊頼みになっていないですかね?

 頭の良い幽霊は、またまた私に耳打ちします。幽霊の言葉って私以外には聞こえないので、わざわざ耳打ちする必要はないんですけど、そんな気分って奴なんですかね?


「えーっと、各部族には使者を送れと言っています。パルマ公国との企みは知っている、だけどその事については不問に伏すと告げた上で、こう、伝えて欲しいそうです」


 私はえへんと咳払いを一つしました。


「ロンバルディアの生贄の量が満たされ、山の屍竜が起き上がる。部族を滅ぼしたくなければ山を降れ。こちらとしては部族を保護すると約束すると」

「はあ?なんだって!」

 領主様は飛び上がって驚きました。


 むっちゃくっちゃ昔の話、それも創世記に載っているレベルの話ですわ。


悪しき力を防ぐため

巨大な竜は人の住処の狭間を寝床とす

その骸は山脈となり、竜骨は険しき尾根となす

死してもなお、竜は生きている

死してもなお、竜は生きている

一族による力満れば腐してもなお蘇る

それは世界が滅びる譜

それが世界を滅ぼす嘔

 

「パヴィアナ山脈って竜の屍で出来ていたんですねー〜知らなかったですー〜」

「知らなかったですじゃないよ!私の代で今、物騒すぎる話が幾つ持ち上がった?歴代最強の問題発生、頻回に勃発状態じゃないのかい!」

「258年ぶりだって言っています」

「258年ぶりじゃないよー〜」


 領主様は頭を抱えて項垂れました。

「つまりは、聖都ロンバルディアが我が国を滅ぼそうとしていると?」

「というか、大陸とか世界を滅ぼそうとしているんです」

 私もまた大きく項垂れてため息を吐き出しました。


「色々な歴史が積み重なっていますけど、巨大な竜を封印するのは本来、ロンバルディア聖国の人間だったはずなんです。だけど聖国が滅びた時に散り散りになっちゃったので、現在の聖都には聖女を信仰する信徒のみが住み暮らしているんです。聖国が滅んだ時に、カタンザーロに移住した聖国人は多くいて、アメンタ家はその聖国人の末裔とも言われているのですって!最後の聖国人様!頑張って!」

「頑張ってじゃないよ!私は決して聖国人の末裔ではない!というか・・・」

 領主様は急に心許ない様子で私を見下ろしました。

「こんな話・・こんなところですべきものじゃないよなぁ」


 国家やら世界を揺るがす話は、病室でちょっと立ち話程度の感じでやるべき事ではないですよね。再び戦端が開かれるというのが、巡礼者の私(貧相な少女)からもたらされるのもどうかと思いますよ。


「だけど、そこだけは大丈夫です」

「は?」

「この話は誰にも聞こえていません」

 私は指先で金色に輝くペンを転がしながら言いました。

「この古代遺物は半径一メートル以内に防音の魔術をかけてくれるので、私たちの会話が外に漏れることはありません」

「古代遺物?まさか君は、マルサラ辺境伯に関わりある人?」


 北方に位置するマルサラ辺境伯は貴重な古代遺物を倉庫に押し込めておくだけで放置しているという事で、一部の人には有名だったりするんですよね。


「あのさ、マルサラ辺境伯の後妻が聖女様と同じピンクブロンドの髪の毛をしていて、最近社交の為に王都に現れたんだけど、何でも王子妃様の寵愛を受けることになったとか、奇跡の力があるとか、近々、聖教会に『聖女』認定されるなんて話がこんな場所まで流れてきているんだけどね?今、幽霊さんから言われた血の生贄とか何とかいう話を聞いたら恐ろしいばかりになるんだけど?」


 それは私の義理母の話ですね。

「辺境伯領でも、聖女の再来だって大騒ぎされていましたね」

「その聖女様って明らかに胡散臭いよね?」

「胡散臭いですよ!」

 普通、人間の髪色はピンクブロンドなんかにはならないんですよ。伝承でも、聖女オリヴィエラ様が唯一、その髪色だったって言われている訳ですしね!

「私はアルバリオ湾から船に乗って新大陸に向かう予定なので、この大陸がどうなろうが知った事じゃないですけど」

「酷すぎる!無責任!自分は新大陸に行くから関係ないだなんて!そんなセリフ、私だって今こそ言いたいよ!」

ティモテオ・アメンタ様はそう叫ぶと、顔を青ざめさせながら、恐怖に震え出したのだった。

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