第15話 大陸滅亡の危機と幽霊と 3
小太りでただただ人が良さそうな人のように見えるけれど、山岳に住み暮らす部族の襲撃をなん度も退け、カタンザーロを観光地として発展させたティモテオ様は決してただの人という訳ではない。
「君が幽霊が見えるという証拠はないのか?」
「はい?」
「今、君が説明した話はジュディッタの守護霊からのお告げなのか?それとも君の考察もある程度入っているのか?」
ここで、私が本当に幽霊が見えるのかどうかが気になるわけですよ。
「一応、リエンツォ商会から紹介状をもらって来ていますし、ここまで来る間に、幽霊騒動に散々巻き込まれているので、そこら辺りを調べてもらっても良いかと思いますけど」
肩掛け鞄から取り出した紹介状をひったくるように奪い取ると、領主様は真剣な表情で手紙の文面に視線を走らせていく。
そうして、ようやっと読み終わったところで大きなため息を吐き出すと、
「君のように幽霊が見える人物であれば、我が屋敷の幽霊の悲鳴問題も解決するかもしれないと書かれている・・なんと呑気な・・・」
と、項垂れながら言い出した。
聖都が裏切り、パルマ公国が進軍してきて、山に住む異民族まで襲いかかってくる上に、街に住みくらす信者たちが聖女様のためだと言って、いつでも街に火をつける覚悟でいるんだろうなって話を聞いて、幽霊の悲鳴騒ぎなんて些末も良いところの話になりますよね。
「とにかく、いつ滅ぼされるかも分からない状態なので、私は今すぐにでも領主館の地下に潜りたいんです」
「何故?」
「幽霊がそうお願いするから」
領主様はあからさまにため息を吐き出した。
「幽霊よりも生きている人間の事を考えようとは思わないのか?ここが襲われたら何万という領民が死ぬ事になるのだぞ?」
「いや、生きているかもしれないし」
「生きていたところで奴隷になるしかない未来をどう思う?」
ここの領都は他の領都と比べて治安が良いのは、領主様が民の暮らしに細心の注意を払っているからだ。見た感じ、領主軍の練度も高く、マルサラの辺境領とは雲泥の違いを感じてしまうよ。
「あー〜、幽霊の言う通り地下に潜った後は、私は聖都を経由して、南のアルバリオの港で新大陸に向かう船に乗るつもりなので、あくまで他人事というか、後はお好きな方々でお好きなようにって感じですし〜」
「君はそれでもオストラヴァ人なのか?同胞がこれから大変な目に遭うっていうのに冷たすぎやしないか?」
「そう言われてもー〜」
元々私は北方の境界線から南を領土とするマルサラ辺境伯の娘なんですけど、国防よりも後妻と連れ子のドレスと宝石を買うことに意義を見出す父親にも、それが当たり前だと論ずる婚約者にも失望感しかなかったからなぁ。
婚約者、この国の騎士団長の息子だよ?
そいつが国防よりもドレスに金を注ぎ込んで何が悪いって言っているんだから、我が王国は他国からの侵略はいつでもOKよっていうスタンスでいたのかと思っていたわけよ。
「娘の守護霊様は?ジュディッタの守護霊様は何か言っていないのか?彼はきっと我がアメンタ家のご先祖様か何かなのだろう?彼は何か言っていないのか?このカタンザーロを守るためには何をしたらいい?」
これが藁にもすがる思いって奴なんでしょうね。
カタンザーロ領の未来は一人の幽霊に託された!
さっきからその幽霊は領主様の隣に立っていたのだけれども、トコトコと私の方へと歩いてくると耳打ちをするよう語だす。
少年の幽霊に耳打ちされるために私は前屈みとなったため、側から見ると何をやっているのという感じなのだけど、領主様は胸の前で拳をギュッと握りしめて、下唇を噛み締めながら幽霊様のお答えを待っている。
「あー〜、守護霊様は言っています。教会が不可侵と言っていたサラハンの原生林の中には縦横に道が作られていました。それは長い年月をかけて作られた物だろうし、長い年月の間、教会の神官に悪用されてきたのだろう。元々、巡礼者の誘拐は問題になっていたわけですし、まずはサハランの森に潜伏する誘拐犯を殲滅させる事を理由として、お嬢様捜索のために散らばった領主軍を集めましょう」
領主様は下唇を噛むのをやめた。
「それから、誘拐された女性たちから、聖都にて生贄にされる事を目的で誘拐されたという事と、これには聖教会の神官が関わっている事。長年、教会は聖女の復活を目論んでおり、処女の生き血を祭壇に捧げ続けていたという事が判明したのだと発表します」
「本当に・・本当に・・聖教会はそんなことを?」
いや、私は知らないんですよ。
幽霊がそう言っているだけだからなぁ。
「私には本当にそんな事を実際にやっていたのかどうかはわかりませんけど、幽霊はそう言えって言っていますね。そうして、カタンザーロの教会に仕える神官、修道女、街に住み暮らす信者たちを城壁の外に建てた天幕に集めて、全てが明るみになるまでこちらで生活するようにと言って、食料を提供します。何故そんな事をするのかと言うと、誘拐された女性の生き血で作られた呪いが、神官様やら信者の方々にかけられているかもしれないからって言うんです」
「本当に生き血の呪いなんてかけられているのか?」
「そうじゃないんですよ」
思わずため息を吐き出してしまいます。
「聖地巡礼に赴く人っていうのは、オカルトな話が大好きな傾向にあるんです。聖地を巡って聖女の加護を得たいなんて考えるだけあって、神秘的な話が大好きなんですよ。そんな人たちに、実は聖都では聖女を復活させるために悪逆非道な行いがされていて、その所為で、巡礼者や神官、信者には誘拐されて殺された女性たちの呪いがかけられるようになったと言えば、驚き怯えて信じ込みます。まずは皆さんを助けるために、城壁の外へお連れする。城壁の中は呪いを増大する力があるからとか何とか言えば、みんな絶対に信じますよ。何せ、カタンザーロの悲鳴の館は巡礼よもやま話に載るくらい有名な話ですからね?」
領主様は自分の胸の前で握りしめた両手を緩めたようだった。
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