第6話  幽霊なんか見たくない 6

 急にアンジェラが歌い始めたので僕は驚いて彼女の方を見たんだけど、彼女が歌う言葉はパタラヴィア神聖語。我が国とパルマ公国を隔てるパヴィア山脈は長龍の屍から出来ていると言われていて、山脈に埋もれた長龍はパタラヴィア神聖語で封印されていると伝説として謳われている。


 パヴィア山脈はパタラヴィア神聖語の訛りからきた名称であり、尾根の末端に位置する聖都ロンバルディアやパヴィア山脈は、神聖なる原初の力で守られていると伝承では語られている。


 原初の力は歌で記されているとも言われており、古代の失われた呪歌なのは間違いない。鎮魂を意味するΣが何度も出てくる事から、おそらく鎮魂歌をアンジェラは歌っているのだろう。


 窓から入る風といい、全てが清涼なる空間に侵食され、気がついた時には僕の頬を涙がこぼれ落ちていた。涙を流すのは僕だけでなく三人の男たちも同様で、そんな僕たちの異様な姿を全く気にする様子もなく歌い終えた彼女は、

「あっ・・・」

と、いいながら紫水晶の目を見開くと、

「おばあちゃんも、その隣にいたおじいちゃんも、ここら辺にいた一切合切の幽霊は昇華しちゃいました」

てへ、みたいな感じで小首を傾げながら彼女は呑気な様子で言い出したのだった。


 女傑が憑依する降霊術を見られなかったのは残念だったようだけど、息子のレオニダの皮膚が剥がれ落ち、その下から健康そのものの皮膚が現れた事により、普通の少年そのもの姿になった彼を見て、家族全員泣きながら喜んだのは言うまでもない。


 魔女の家系と言われるルーチェ夫人は、魅了の古代遺物を不当に使用した罪やら、後継でもあるレオニダを暗殺しようとした罪やら、フィロミーナ夫人の暗殺やそれに関わったメイドの死に対する罪も上乗せされ、王都に運ばれて厳しい取り調べが行われる事になったらしい。


 古代遺物は人を呪う物も多く、王家の了承なしには使用する事は禁じられているという事もあって、ルーチェ夫人の実家にも査察が入る事になったようだが、王家の役人が向かった時にはもぬけ空となっていたそうだ。


「こんな調子じゃ一体いつになったら聖都に辿り着けるのか!本当に腹が立つ!腹が立つ!」


「その割にはしっかりと謝礼金は貰っているし、カタンザーロのお偉いさんへの紹介状もちゃっかり貰っているじゃないか?」


「労働に対する対価はきっちりと頂くに決まっているじゃないですか!女一人旅なんですから先立つものは必要でしょ?」


「やっぱり君は、女一人で聖地巡礼中なのか?」

「そういう貴女も、女一人で聖地巡礼中でしょう?」


 ひとしきり歓待を受けた僕たちは、再び聖地巡礼の旅に出る事になったのだけれど、僕は思わず足を止めて、隣にいる少女を見下ろした。


「そもそも、君はなんでパタラヴィア神聖語の歌が歌えるんだ?」

 鎮魂の歌で竜の呪いを消し去った技術にも驚いたが、そもそも失われた原初の呪歌が歌える事自体が異常とも言える。


「歌って、あの時に歌った歌ですよね?」

 アンジェラは形の良い眉毛を顰めると、小さな声で言い出した。

「幽霊に教わったんですよ」

「はあ?」

「だから、幽霊に教わったんです!」


 アンジェラは顔を真っ赤にさせると、頬を膨らませたまま言い出した。

「物心ついた時から幽霊は見えていたんです、時にはお話して交流を持つ事だって出来るんです。私が生まれた家には私に付き従うように女性の幽霊が一人いて、色々なことを私に教えてくれたんです!」

 なにその話?めちゃくちゃ沸るんだけどー!


「昔は魔法を使うための詠唱とかあったらしいんですけど、それも廃れて滅びちゃいましたし、その後には魔法陣を使って力を行使したりしていたみたいなんですけど、それも廃れて滅びちゃったし、今は補助道具程度の物でしかなかった古代遺物(アーティファクト)を後生大事に使っている状態らしいんですけど、めっちゃナンセンスって言われてて、それで今の時代に効率化を求めたら結局は原初のお作法なのよね〜って事で教えてくれたのが、あの小難しい歌ってわけで」


「なにその女性の幽霊!古代遺物がナンセンス?もしかして、めちゃくちゃインテリ階層の人だったんじゃないの?僕も話してみたい!僕も話してみたい!直接話せないのなら君に通訳をしてもらってさぁ!」

「残念ですが、それが出来ないんです」

 

 アンジェラは眉をハの字に下げて悲しげな瞳を僕に向けた。


「ある時から居なくなって、彼女の言葉を思い出しちゃって」

「どんな言葉を思い出したわけ?」

「聖地には、幽霊が見えなくなる古代遺物がまだ残っていたはずだって」

「はい?」

「私が家を出るきっかけになったのも、色々な所で足止めを食らってしまうのも、聖地巡礼をしているはずなのに、三歩進んで二歩下がる、三歩進んだはずなのに五歩下がる状態なのも全て、私が幽霊を見ることが出来るのが原因で」


 アンジェラはくちゃくちゃに顔を顰めると、両腕の拳をギュッと握りながら言い出した。


「今回みたいに人助けをするのもいいですよ、おまけで謝礼金をゲット出来るのもいいですよ。だけど、私はもううんざりなんです。色々な事に巻き込まれるのも、その処理に手間をかけさせられるのもうんざりで、もう、幽霊なんて見たくないし、お話だってしたくないし、今回みたいな強力な霊に入り込まれて憑依されるような事もしたくないんです!」


「えー〜―!」

 三度の飯よりオカルトが好きな僕としては、超うらやま体質なんだけどなー〜―。


「絶対に聖地で古代遺物を発見して、二度と幽霊なんか見えない体質に変わるつもりなんです!」

「古代遺物だよ?聖地に行ったら簡単に見つけられるって物でもないと思うんだけどね?」

「見つけられますよ!だってそこら辺に漂っている幽霊に訊けばいいんですから!」


 そこは幽霊頼みなのね。


「もう!こんな生活は嫌!私はただ平穏に!平穏に暮らしたいだけなのに!」

「あー〜―そうなんだ」


 この幽霊が見える少女が、この先、本当に幽霊を尋ねて歩いて古代遺物を発見できるのかどうかが気になるし、この後、どんな騒動に巻き込まれていくのかも気になるところで、


「だったら僕は、君が古代遺物を発見するまで護衛として付き合ってあげるよ」

僕がそう申し出ると、アンジェラはポカンと口を開けながら僕を見上げた。


「ま・・ま・・まさか、さっき貰った謝礼金目的ですか?もう、ギルドの金庫に預けてしまったので手持ちは大した金額じゃないですよ?」


「金目的だったらさっき誘われたリエンツォ商会に残っているよー〜!」

 かなりの金額で雇ってくれると言ってくれたんだけど、僕は彼女の目の前でその申し出を断っているからね。

「僕の目的は、僕にかけられた呪いを解く事なんだよ」

「呪い?」


 アンジェラはその輝くような瞳で僕をジロジロと眺めると、

「呪いなんてかかっているようには見えないんですけど?」

と、言い出したので小さく肩をすくめてみせた。

「専門家にもそう言われたけど、確かに僕は呪いを受けているんだよ」

「ええー〜―?」


 彼女は僕が呪いをかけられているって事が信じられないみたいだな。

「聖地に行けば解けるんじゃないかと思って僕も聖地巡礼をしていたんだけど、幽霊が見えて話が聞ける君が近くにいれば、呪いを解く鍵を早めに手に入れる事が出来るかもしれないだろう?」


 彼女は幽霊を見る事が出来なくなる古代遺物を手に入れると言うのだから、是非とも、それがどんなものなんか見てみたいと思うしね。

 それに彼女といれば次々とオカルト体験が出来るわけだから、退屈そのものだった聖地巡礼の旅がエキサイティングなものになるだろう。


「ピンポイントで当たり幽霊を引ければいいですけど、保証はできないですよ」

「なんなの?その当たり幽霊って?」


「有象無象いる幽霊の中から、事情をよく知る幽霊を引き当てるのって、場合によっては滅茶苦茶難しかったりするんですよ。レオニダ君の場合は、強烈なおばあちゃんの霊がいたし、先祖や親族の霊が近くにゴロゴロいたので事情を把握するのに手間が掛からなかったんですけど、貴女の呪いについてはうまいこと出来るかどうかは分からないです」


「そんなの全然構わないよ!」

 僕は三度の飯よりもオカルトが好きなのだ。

 オカルト体験が出来るというのなら、正直に言って呪いからの解放は二の次、三の次だったりする。


「じゃあ、もし仮に一緒に行動したとして、貧相そのものの巡礼旅中の少女と護衛の女戦士って事になると思うんですけど、その巨乳、なんとかならないんですかね?」

「はい?」


 アンジェラはアンドリアの大通りに並んでいる洋服屋の方を眺めながら言い出した。

「ちょうど視線の先がお胸の位置なので、バインバイン揺れているのが気になって仕方がないし、男性の視線が一気に集まっていくその隣に居るのが嫌なんですよ」


 確かに僕は、たわわな胸を持つ、くびれまくった腰の下にはまろやかな尻を持つ、完璧ボディの持ち主だが、


「色々と試してみても結局は同じなんだよ。この胸を晒しで潰したところで大きさに大差はないし、どんな洋服を身に纏った所で完璧ボディを隠せない。結局、効率を重視して今の格好になったのだが、剣を使うには今の格好が丁度良いのだからここから変えるつもりは一切ないと言っておこう」


断言する僕に、アンジェラはうんざりしたような表情を浮かべた。


「それじゃあ、私は地味で目立たない巡礼旅の少女で、貴女はそんなか弱い少女が心配でついてくるオカン体質の女戦士、その設定で進みましょう」

「オカン体質ってなんなんだ?」


「お母さんみたいな庇護欲に溢れた女性の事を言うんですよ」

「僕が庇護欲?この僕が?ただ単に、今後もオカルト体験できたら面白いなあ程度でついて行く僕が庇護欲?」


「エリアさん、本音がダダ漏れになっていますよ」

 胡乱な眼差しを向けられながらも、僕はゆっくりと歩き出した。

「ようやっと巨乳戦士から名前呼びになったな、巨乳が気になりすぎて僕の名前なんて忘れてしまったのかと思ったんだが」

「巨乳は・・・巨乳は確かに気になりますけども」


 つまらない聖地巡礼はどうやら面白おかしいものになりそうだ。

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