第85話 フィオン・ミラー

 フィオン?


 「フィオン、こっち来て!」

 オスカーに呼ばれて、一人の男がこちらに向かってやってくるのが見えた。


 え・・・?


 ビビは目を見開く。

 遠目から見てもわかる長身で、陽によく焼けた肌に、がっしりした体躯。若草色の髪を短く刈り込んでいる髪型が、面長で端正な顔立ちによく似あっていた。少し釣り目の涼やかな青い瞳と目が合った瞬間、ビビの全身に衝撃が走る。


 フィオン・ミラー


 忘れようがない。

 かつて・・・オリエでPLAYしていた時の、ビビの幼馴染で婚約者であった、ヴァルカン山岳兵団の五大軍人貴族のひとつ、ミラー家の長子で・・・のちの兵団長になる男。

 婚約して15年も待たせて、やっと結婚できると決まった矢先、守護龍と母親に交わされた誓約のもと・・・時を遡りビビはこの時代のガドル王国へ転移した。《アドミニア》である、自身の意思を持ったまま。


 「フィオン・・・君?」


 つぶやいた声に、目の前の男・・・フィオンはえっ?と首を傾げた。

 オスカーも驚いたように、ビビを見返す。

 

 「あれ?知り合い??」

 「いや?初見のはず、なんだけど・・・」

 懐かしい声色に、ビビの視界がにじむ。

 間違いない。ビビの大切な幼馴染みで、婚約者だった、フィオンだ。

 16歳に戻ってしまったビビとは違い・・・何故かフィオンは・・・離れた時の、大人のおもかげのまま。

 

 そのまま涙があふれ、零れ落ちたビビに、目の前の男二人はびっくりして慌てふためいた。

 

 「え?え?どうしたの?ビビ!」

 「ビビって、オスカーさん、この娘・・・?」


 「あーっ!じっちゃん!フィオン!なにビビ泣かせているの?!」

 

 カルメンが割って入り、ビビを抱きしめる。

 「いや、泣かせていないって!」

 慌てるオスカーに、カルメンの腕の中でビビは首を振る。

 

 「ごっ、ごめんなさい!あの、知り合いに似ていて・・・っ、」

 

 必死に訴えるビビ。だが反して、思いがけない再会にあふれた涙はなかなか止まらなかった。


 *


 「改めて紹介するね?ビビ。軍人貴族ミラー家の長子、フィオン・ミラー」

 

 オスカーに紹介され、ビビは目の前の男に頭をさげる。

 「ビビ・ランドバルドです。ごめんなさい、取り乱しちゃって・・・」

 「いえいえ。落ち着いた?」

 言ってフィオンはにこり、と笑いかける。普段仕事モードの時は人をあまり寄せ付けない雰囲気を持つが、笑うと幼く見える。そのギャップが好きだったことを思い出し、ビビは赤くなってうつむく。

 

 「・・・えっと」

 オスカーはそんなビビを眺め、こりゃ・・・アウト、なの?とブツブツ言いながら頭をかく。

 

 「明日、ビビをダンジョンに案内してほしいんだよね。目的は鉱石の採集だから・・・そうだな。エセルの丘近くの初級坑道でいいと思う。問題ないようなら、フィオンの判断でその先の旧坑道跡まで連れて行ってくれても構わないよ。この子はベルド遺跡の探索経験者だから」

 ビビは驚いて顔をあげ、オスカーを見返した。

 ヴァルカン山脈の旧坑道跡のダンジョンは、カイザルック魔術師団管轄の、ベルド遺跡に該当する難易度を持つと言われている。

 ビビの視線に、オスカーはニヤリと・・・温和な雰囲気に似つかわしくない不敵な笑みを浮かべた。


 「フィオンはまだ兵団兵だけど・・・年内にはミラー一族の兵団長になる予定だし腕もたつ。ビビ一人くらいなら、余裕で護りながら闘えるから、心配しなくていい」

 ね?とフィオンを促すと、フィオンも頷きビビに手を差し出す。

 

 「ランドバルドさんの事は噂で色々聞いていたから、会って話してみたかったんだ。よろしくね」

 「あ、はい・・・よ、よろしくです」

 きゅ、と手を握られますます赤くなるビビ。それにつられたのか、戸惑うフィオンの顔もわずかに赤くなる。


 握手をしたままうつむき、赤くなっている二人を眺め。オスカーとカルメンは顔を見合わせた。

 「・・・なに、じっちゃん。この甘酸っぱさ。なんか居たたまれない」

 「ぬかったな。リュディガーに怒られる・・・」

 まぁ、フィオンは独身だけど同じ年ごろじゃないしな、ギリセーフかな、とブツブツ呟いていた。


 *


 ヴァルカン山岳兵団の拠点である岩の要塞エセルの砦は、ガドル王城のある城下町と比べてやや小規模であったが、そこでひとつの生活圏ができあがっていた。

 市場も宿も飲み屋もあり、どれもガドル城下町とは雰囲気も違う。

 食器や調理器具も全て、エセル高炉で作られたもので、鉄、銅、金、銀。天然の石を使われてデザインもお洒落である。

 建物の建材は、石や、熔岩を固めた煉瓦。どこか荒々しい造りが、山々の自然とマッチしていて、フィオンに案内してもらいながら、ビビのテンションはマックス状態。


 「エセルの高炉って、何でも作れちゃうんですね」

 「まぁ、実際形にするのは、職人なんだけどね」

 造形のスキル持ちは、兵団兵にはならず職人となり、店をかまえるのだという。

 真空パック・・・もとい、真空包装の魔具制作の話は昨夜のうちに、各軍人貴族の兵団長のもとに行き届いているらしく。協議の結果なんと、フィオンのミラー家が請け負うことになったそうだ。

 いつでもビビがこちらに来て打ち合わせができるよう、すでにミラー家の敷地には、テレストーンの魔法陣が設置されたそうだ。ビビ専用のテレストーンを手渡され、その仕事の早さにびっくりである。

 感心するビビに、オスカーの目が泳いでいたのは何故だろう?昨日の夜から挙動不審さを感じる。


 「これから、たびたび打ち合わせとかで会うことになるね」

 フィオンは笑う。

 

 「まぁ、打ち合わせとか実際設計するのは、父なんだけど。俺はそういうの、全然駄目だから」

 俺はあくまでも護衛!と言うフィオンに、ビビははにかんだ笑みを浮かべる。

 

 「でも、兵団管轄のダンジョンの生態調査は、前々から是非やりたかったので、助かります」

 「任せて。でもすごいね。ランドバルドさんは・・・もう廃墟の森や、ベルド遺跡には潜ったことがあるんでしょう?」

 「サポートですから。それに逃げ足には自信あるんです」

 フィオンは笑う。屋台で串に分厚い肉を刺したものを買い、ビビに手渡した。

 

 「はい、これ。イレーネ市場では売っていない、ここのオリジナルだから」

 「ありがとうございます!いただきます」

 はむっ、と頬張ると、肉汁と野菜ベースのソースの味が広がる。

 「美味しい!柔らかい!これ、二度焼きしているんですね」

 「へぇ~わかる?」

 「ええ。だってこれだけの塊肉、中まで火を通すとなると火力も必要ですけど、外側が固くなっちゃいますから。弱い火力で中まで通した後、外を一気に焼いているんじゃないかな」

 「さすが、正解」

 フィオンは感心したようにビビを見下ろす。

 

 「この温度が部位に合わせて二段階に自動調節する調理魔具は、父さんが考案したんだ。ソースは屋台ごとにブレンドが違って面白いよ?」

 「そうなんですか!すごい」

 こんな繊細な温度調理ができる魔具を考案した人なら、きっと真空包装の魔具もスムーズに設計できるだろう。GAME上のフィオンの両親の顔は覚えていないが・・・確か母親はミラー一族の兵団長を長年務めていて、アルコイリス杯にも出場していたと記憶している。


 ヴァルカン山岳兵団は、子供の頃はガドル王立学園でそれこそ普通の子供として生活をしているが、成人するとほとんどがエセルの砦へ戻り、兵団の兵士として修業をはじめ・・・年間行事以外はほぼ砦から降りてはこない。

 フィオンはそれに加え、軍人貴族ミラー家の長子であったため、将来の山岳兵団長目指してダンジョンにこもっていた。


 思い出す。

 フィオンの修業に付き合いたかったが、一般の国民はダンジョンには入れなかったから、ビビは修業を重ねハーキュレーズ王宮騎士団に入団したのだ、ということ。

 入団理由は不純であっても・・・ビビはフィオンの傍にいたかったし、力になりたかったのだと。


 大切だった。

 デートはダンジョンでの魔物討伐だったけど。

 世間一般の恋愛とはかけ離れていたけど。


 聞けば、フィオンは今年30歳の壮年を迎えたという。16歳のビビから見れば、歳の離れた妹、と思われても仕方なかったが、こんな風にまた二人で・・・一緒に肩を並べて歩いているのが夢みたいで。

 自然に笑みが浮かぶビビを、フィオンは目を細め、見つめ返すまなざしは優しい。

 

 そんな二人の後ろ姿を眺め、オスカーは密かに幼馴染みの男に心から謝罪するのだった。

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