第84話 ゲレスハイムの屋敷にて

 「・・・過保護すぎ、やばい!めちゃウケるんだけど!」

 

 2人が去った後、我慢の限界を越えたのか、ついにオスカーは爆笑し、のけぞった。

 「リュディガーやイヴァーノが、孫以外にあんな顔を見せるの、初めて見たよ」

 「リュディガー師団長はともかく、イヴァーノ総長に孫とは・・・」

 どう見てもまだ四十代前半のイヴァーノに孫?とビビが目を瞬かせると、顎に手をやりオスカーは肩をすくめてみせた。

 

 「あれ?知らなかった?イヴァーノ、ああ見えてじいじ、なんだよ?孫って確か5歳くらいじゃなかったかな」

 「えー???」

 「まぁ、ビビが親父キラーで天然の人タラシで、別な意味でヤバイのはわかったから」

 なお笑いながら、オスカーはビビを屋敷に案内する。

 ガドル王城城下の建物とは違い、ヴァルカン山脈に囲まれた山岳兵団の家々は、ほとんどが岩に沿って建てられた石造りである。兵団最高顧問であるオスカーの屋敷はその中でもひときわ大きく、岩間をくりぬき建材は石やレンガ、溶岩をふんだんに用いて荒々しい。贅をつくした煌びやかさはないが、同じガドル王国とは思えない異国情緒溢れる空間にきょろきょろしているビビの背中を、オスカーは軽く押す。

 

 「とりあえず、うちの孫娘と風呂入っておいで。案内させるから」

 「え?お風呂あるんですか?」

 ビビはびっくりして聞き返すと、オスカーはニヤリと得意気に笑った。

 「高炉の熱源を利用してね。ガドル城下のゲレルード大浴場までとはいかないけど。各家に温水引いているんだよね」



 「うっわぁ~露天風呂だぁ!」

 ビビは歓声をあげた。

 「ビビ、走ると危ないよ!気をつけて」

 

 後ろで声をかけるカルメンは、オスカーの孫娘にあたる。浅黒い肌に、真っ黒なストレートの髪を背までのばし、少し垂れぎみの瞳がチャーミングな美少女だ。歳を聞いたら丁度18歳らしい。

 ゲレスハイム家の今の兵団長は、オスカーの娘であるウシュエ・フォン・ゲレスハイム。カルメンはその娘で長子であるため、次代兵団長になるのだろう。鍛えぬかれ引き締まった綺麗な身体に、ビビは見とれてしまう。

 

 「ビビ、こっちきて!背中洗い合いっこしよう!」

 カルメンは手を振り、洗い場を指差した。


 「いいですよねぇ、こんな近くに露天風呂。冬でもぬくぬくポカポカ」

 

 カルメンに髪を洗ってもらいながら、ビビはため息をつく。ガドル王城城下には、ゲレルード大浴場という温泉施設があったが、聞けばローマのサウナ浴場のような造りらしく、サウナが苦手なビビは未だ一度も立ち入ったことはない。

 久々湯に浸かって、足をのばせて、鼻歌でも口にしたい心地よさだ。

 「問題は温度管理ができないんだよね。夏なんて高炉の蒸気が熱くて大変だよ?」

 カルメンは笑う。

 「ここは高炉の熱と山脈の火山の影響で、一年中気温が変わらないの。だから真冬とかにうっかり城下に降りると、もう寒くて一発で風邪引いちゃう」


 風呂からあがると、カルメンから着替えを渡される。


 「・・・あの、カルメンさん?これは・・・」

 

 「うふふ~ビビ、綺麗な脚しているんだから!厚手のタイツなんかで隠すのもったいないよ!」

 

 笑顔のカルメンに言われ、ビビはなめし革でできたミニスカートを目の前で掲げて眺める。

 腿にスリットが入っているそれは、マイクロミニとも言ってよいほど短い。もちろん、下はアンダースコート代わりのショートスパッツを着用するのだが。

 ニーハイソックスになめし革のショートブーツをはき、身体のラインが出る白いノースリーブのインナーと、防護を兼ねた革ベスト。若草色のジャケットに指先でカットされた皮手袋。

 かつて・・・山岳兵団の長子にあのまま嫁入りしていれば、着たであろう山岳兵団のラフな衣装。


 「わぁ・・・こんな感じなんだ」

 

 初めて身に着けた衣装に、ビビは落ち着かなげに、ミニスカートの裾を下に引いてみる。

 短すぎるので気恥ずかしいが・・・軽くて涼しくて、機能性抜群だった。

 「似合うねぇ、ビビ!髪が赤いから緑にも映えるね」

 

 カルメンはにこにこしながらビビの髪をゆるく三つ編みして、背中に垂らす。

 「うん、可愛いね~違和感ない?山岳兵団女子に見える?」

 

 照れたようにビビが尋ねると、見える見える!とカルメンは鏡に映るビビの肩に腕をまわし、笑いかけた。

 背丈も同じくらいなせいか、こうして同じ服を着て並んでいると姉妹のようだ。

 ハーキュレーズ王宮騎士団の女性陣はそろってビビよりも年上だし、体格も良い。カイザルック魔術師団には、そもそも若い女性がいない。


 ハーキュレーズ王宮騎士団

 カイザルック魔術師団

 ヴァルカン山岳兵団


 ガドル王国には、武術団といわれる職業が3つある。

 通常成人してから、一般国民に解放されている各ダンジョンでレベルを上げ、ある程度のレベルになったら、武術団新規入団試験を兼ねたトーナメントや討伐レースに参加する。それも一年かけて選抜するため、武術団駆け出しといわれる、近衛兵や魔銃兵の職業に就くまで、数年要する。

 

 一方、同じ武術団であっても、ヴァルカン山岳兵団に関しては・・・一般国民から山岳兵になるには、兵団の人間と結婚することが条件で。募集によるトーナメントや討伐レース形式をとっていない。このため、ヴァルカン山岳兵団のミッドガル街には、普通にビビと同じくらいの年齢の兵団姿の少女が大勢いる。

 逆に、山岳兵団から一般国民になるには、一般の人間と結婚すれば山岳兵団から籍は外されるそうだ。基本、一族直系の長子以外は選択肢がありながらも、山岳兵団を抜ける人間は少ない。ヴァルカン山岳兵団の結束は、他のハーキュレーズ王宮騎士団やカイザルック魔術師団と比べて強いのだ、とカルメンは自慢げに説明してくれた。


 GAMEをPLAYしている時は、就いた職業も魔銃士と騎士団どまりで、ヴァルカン山岳兵団には関わっていなかった。

 まだまだ、この国には知らないことがたくさんあるんだなぁ、とビビは思った。



 カイザルック魔術師団に保護されている娘が遊びに来ていると噂をきいて、他の軍人貴族の家族や、長老が大勢オスカーの屋敷に集まり、広い庭でガーデンパーティーが催された。


 窯焼きピザはもちろん、見たことのない肉料理や野菜や果物が並べられ、樽のワインがふるまわれる。

 さながら、ビアガーデンのような賑わいに、ビビは食べて飲んで音楽に合わせて踊って。カルメンの紹介で、同じ年ごろの少女たちとおしゃべりしたりして、大いに楽しんだ。


 「ビビ、楽しんでいる?」

 エールの入ったジョッキ片手のオスカーに聞かれ、ビビは笑顔で頷いた。

 

 「こんな笑っておしゃべりしたの、久しぶりです。すごく楽しいです!」

 「そう、良かった」

 オスカーも笑う。

 

 「リュディガーがね、どうせ留まるなら・・・帰りたくないと言わせるくらい楽しませてやってくれって」

 「リュディガー師団長が?」

 「うん。ビビはいつも研究室に閉じこもっているか、森やダンジョンで探索や採集ばかりして、年ごろの娘らしい楽しみ方を知らないからってさ。あの過保護かげんは、年ごろの娘をもった面倒くさい親父だな」


 "ただし!くれぐれも、年ごろの男を近づけるなよ!"


 と念押ししてきた、幼馴染の必死な形相を思い出し、オスカーは肩を震わせて笑う。

 「明日は兵団の街を案内するよ。鍛冶場や、高炉とか興味あるんでしょ?」

 「あ、はい!是非!」

 ビビは頷き、そしてふとオスカーを見上げる。

 

 「あと・・・できたらなんですけど。ヴァルカン山岳兵団管轄のダンジョンを案内してもらうことって、できますか?」

 オスカーは片眉をあげる。

 「ああ、鉱石とか採集したいのかな?」

 ビビは頷く。表向きはそうだが・・・できたら、他のダンジョンと同じように転移ゲートを設置できたらな、と思っていた。廃墟の森やベルド遺跡のダンジョンには既に数か所設置をしていて、討伐や探索に大いに貢献していると聞いている。

 ただ表向きにビビの存在は伏せられているので・・・設置するとなると、リュディガーやソルティア陛下の許可も必要になってくるのだろう。

 

 オスカーは、転移ゲートの話も聞いているようで、一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、思いとどまりにっこり笑った。


 「いいよ?うちもダンジョンの生態系を調べてもらって、把握したほうがいいし。同行者をつける条件で許可するよう、俺から陛下やリュディガーには話を通しておく。こちらこそ、よろしく頼むね」

 「ありがとうございます!」

 ビビはパアッと表情を明るくする。

 

 「うん。じゃあ、そうだな・・・あ、」

 ふいに顔をあげ、オスカーはビビの肩越しに視線を向けた。


 「ちょうど、同行させるのに適任がいるな。フィオン!」

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